第17話 村へ3

「やっぱり上はあっついな」


 久しぶりに顔を出した外の空気に、ルイがぼやく。

 三人は長かった地下道を抜け、地上へと出てきていた。


 遠くに、丸く砂壁に囲まれた街が豆粒のように見えた。どうやら洞窟は街を巡る堀よりも深い所にあったらしい。

 街の壁も堀も越えて、少年が教えてくれた道は確かに三人を外まで運んでくれた。


 しかも、地下を通ってずいぶん遠い場所まで来られたようだ。

 

 赤く焼けた砂を、乾いた風が吹いていく。目の前に広がるのは、数時間ぶりの荒野の景色だった。


 遠ざかった街を背にして、ルイがしんみりつぶやく。


「外から見るとあんなんだったんだな、あの街……」


 しかし、彼が気になっているのは街の外観ではなく中にいる子ども達のことだろう。

 察したレンが彼の肩に手を置く。


「そんな顔しないの。あたしもあの子達のことは気になる。心配なら、後で一緒に戻ってきてあげるから」

「あ、僕も一緒に。大したことはできないと思うけど」


 ミヤギも、あのとき井戸で見上げたバクの顔がどうしても頭を離れなかった。

 戻ってこれるものならもう一度戻って、街の子ども達の様子を確かめたい。


 レンと、その言葉に賛同したミヤギを見つめて、ルイは何度目か二人に頭を下げた。


「その、二人とも本当に悪いな。……ありがとよ」


 どうやら彼はとことん情に厚い人柄の持ち主であるらしい。

 腕組みしながらレンがニッと笑い、ミヤギは何だか申し訳なくなって思わず両手を上げた。


「ふむふむ。街の中でも思ったけど、あんたもお礼はちゃんと言えるみたいだね」

「そんな、僕はまだ何もしてないよ。顔を上げて」

「……。取りあえず、ミヤギ、お前はいいやつだな。イテッ」

「だ、大丈夫?」

「さ、行こう。早く山に入ってしまわないと、ここじゃ光領軍にも盗賊にも見つかり放題だ」

 

 ルイの額に強烈なデコピンを見舞ったレンの声は、しかしもはや心底呆れたふうではなかった。

 ミヤギも、ルイのまっすぐなたちには何も言えない。

 そうだ。子ども達が心配ならあの街に三人一緒に戻ってくればいい。


 今は先を急がなければならない。


 レンの話通りなら、ここまで来たら警戒しなければならないのはこの辺りをうろつく光領の偵察兵だ。

 偵察のために潜んでいる兵士とはいえ、彼らは銃器で武装しているらしい。見つかればただでは済むまい。

 

 さっきはずいぶん締まりのない形で光領の話が終わってしまったが、彼らが笑っていられるような相手ではないことはよく分かっている。

 何もない荒野がいつ戦場になってもおかしくはないのだ。

 ここから先は、心して行かなければならない。


 レンが先頭に立って、行くべき道を示す。


 街に背を向けて歩き出せば、荒野の端の赤い山すそが徐々に目の前に迫ってきていた。


 そう。目指す村は人里離れた山の中にあるのだ。

 レンが向かっているのがそれなのだろう。


 改めて、ミヤギはその村を擁しているらしい山を見上げる。

 山は一つではない。荒野を囲む赤い山の連なり。そのどれかに、目的の村があるようだ。

 

 一行はこれからあの山の中に分け入るのだ。

 幸運なことに、ここまで警戒していた光領の偵察兵との遭遇はなかった。


 しかし見上げながら思うが、これが本当にレンの言う、人の足で往復半日の山だろうか。

 岩肌がむき出しの山は、ろくに人が通った跡もない。


 赤い土に針のような短い植物がわずかに生える山には、道らしい道も見当たらなかった。

 先へ進むなら本格的な登山になりそうだ。


 だが険しい山登りの行程を往復半日にする方法は、レンがよく心得ているようだった。


「あたしに離れず付いてきてね。この山で迷うと、さすがに帰ってこれなくなるかも知れないから」


 先を行く彼女に、ルイとミヤギは間を開けぬよう従った。


 しばらく道は人間の足でも歩ける単調な登りを続けたが、問題はその後だった。

 

 やがてたどり着いた切り立った崖の群れ。元は木造の橋が架かっていたようだが、今はそれが所々崩れ落ちて、下に断崖絶壁を見せている。

 それを、大剣を背負ったレンは向こう岸へとぽんぽん飛び越えて渡っていった。

 ルイとミヤギもそれに続く。


「うわっと! くう……やっぱり山はきついぜ」


 足場を捉えそこねたルイが、後ろ向きに体勢を崩しかける。

 彼の足元でわずかに崩れた橋の木片が崖下へ消えた。


「ほらみたことか、だね。一か月水だけなんて、よく体力がもったよ」

「うるせえ……」


 先頭のレンは、慣れた道なのかすいすいと前を行く。

 しかし一度踏み外した以外、ルイもしっかりとした足取りで彼女に付いていった。


 彼の肩には、街の子ども達がくれた水の袋が担がれている。

 ミヤギが代わりに担ぐことを提案したが、ルイは自分で持つと言って聞かなかったのだ。


 栄養不足で弱った体で荷物を背負って山登り出来るのだから、彼はもともと相当いい運動神経の持ち主なのかも知れない。

 そういえば最初に会ったときも、薄い体で強力な横蹴りを水商人に見舞っていた。


 先を行く二人の背中を見ながら、こんなときだが、ミヤギは改めて自分以外の異界人と一緒にいることに感慨を覚える。

 この二人がいなければ、自分一人で山登りなど無理だったかも知れない。


 見知らぬ土地で彼らに出会えたのは、本当に運がよかったと言えるだろう。

 そしてミヤギにとって何より救いだったのは、二人が気のいい人間だったということだ。


 初めて山を登るルイとミヤギを置いて行かぬよう、憎まれ口を叩きながらもレンは後ろを振り返りつつ先を進んでいく。


 そしてルイは、道中レンとミヤギに惜しむことなく水を分け与えてくれた。

 レンはずだ袋から取り出した自分の水筒に、ミヤギは光領の基地でもらった小瓶にそれぞれ水を汲ませてもらう。

 そうして三人、まだ熱い太陽の照らす山登りを耐えた。


 最初は今まで見慣れたむき出しの赤い岩肌が続いていた道も、山の中腹にいたる頃には、足元にだんだんと草が生い茂り、山の緑が濃くなってきていた。


 そして陽が傾く頃には、三人は完全に山の中にいた。

 周りは連なる山に囲まれ、もう荒野の景色も見えない。


 ここでレンとはぐれれば遭難は必至だろう。


「ほんとにこの先に村なんてあるのかよ」

「あるよ。あの街よりよっぽどいいところがね。……でも普通に探したら絶対見つからない」


 そう言ってレンは、いきなりすぐとなりの芝の中に突っ込んだ。


「お、おい!」


 ルイが慌てて後を追う。

 そして芝の向こう側には、人一人がやっと通れるような狭い洞窟が開いていた。

 唖然とするルイと後から顔を出したミヤギに、若干得意げなレンが声をかける。


「村の人間だけが知ってる、秘密の抜け道だよ。こういうのがまだ何個かあるから、しっかりあたしに付いてきてね」


 それから彼女は、先程のような抜け穴を何を基準に探しているのか五つほど通り抜け、道とは思えない急斜面をこれまた見ている方には適当に選んでいるとしか思えないタイミングで登り、草のトゲだらけの斜面を前触れも躊躇いもなく滑り降りた。


「ちょ、ホントにこれで道あってるのかよ」

「大丈夫。あたしたちにしか分からない目印があるの」

「それにしたって荒っぽ過ぎるだろ、この道。てゆうか道なのか、これ」

「文句言わなーい。普通に上り下りしたら行きは五時間はくだらないよ。この抜け穴のお陰で それが三時間になるんだから」

「そ、そんなに?」

「さ、もうすぐだよ」


 レンが先頭きって洞窟を抜けていく。その先には今までにはなかった、平坦な草原が広がっていた。


「あと一息。村はこの先だよ」


 レンの足が早まる。

 村まではもう迷うことはなく、ここをまっすぐ行くらしい。


「この辺にもこんな所があるんだな……」


 木々に囲まれた原っぱを見渡し、ルイが感心したように息を漏らす。

 ミヤギもまた、この世界にきて初めて目にする緑の光景にしばし感激していた。

 カバンのポケットから顔を出して、ネズミも何となく嬉しげに空気の匂いをかいでいる。


 その様子を見て、ルイがミヤギに声をかけた。


「緑の多いとこに来られて、そいつも嬉しいんじゃねえか? もしかしたら、この辺が元の住みかだったのかも」

「うーん。住みかはまだ先かな……。彼はきっとこの近くの、でももっと水の豊かなところに住んでいたんだと思うから」

「? どうしてそんなこと……」


「あった。あそこだよ」


 不意に先の方から聞こえたレンの声に、二人は思わず顔を上げる。

 ルイの問いが終わる前に、その村はミヤギ達の目の前に姿を現した。

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