第4話 遭遇

 今度もまた、遠くからでもよくその姿がうかがえた。

 砂埃を蹴立ててやって来るのはかなり立派な二頭の馬。

 さっきの盗賊が乗っていた馬よりずっと体格もよく、毛並みも黒々と輝く駿馬だ。

 そしてそれに乗る二人の人間。

 二人とも日避けか砂避けか、頭の先から腰の辺りまでローブですっぽりと体を覆ってしまっていた。そのため顔は見えないが、乗り慣れた様子で、体躯のいい馬を飛ばしてやってくる。


 今度もミヤギは、立ち尽くすほかできることもなかった。

 間もなく、迫った二頭の馬影はミヤギの目の前で止まった。


 今度の馬は装甲は付けていない。代わりにがっしりした背に立派な鞍が乗っている。

 そこに座る長いローブ姿の人物たちは、馬から降りることなく、静かにミヤギのほうを向いていた。

 ローブが彼らの顔に影を落として、相変わらず人相はよく分からない。 

 しかし、その首元からわずかにのぞく、隙なくしまった詰め襟は、荒野にあっても彼らの品格を保証するようだった。

 詳しくはないが、昔の軍服の襟のようだ。


 そしてミヤギの視線の先で、馬上の二人は一斉にローブの頭の部分をおろした。

 曇り空の下に、彼らの顔がさらされる。


 一人は、若い男性。ミヤギと同じくらいの歳で、細面の、顔立ちの整った青年だった。

 そしてもう一人は、険のある目つきでこっちを睨む女性。

 こちらもミヤギと同じか少し上くらいの歳だろう。

 高く結い上げた淡い色の髪は、先端が優美に巻いている。

 かなり整った切れ長の瞳で、警戒心むき出しでミヤギを見つめていた。


 これも現実だろうか。

 先ほどまで盗賊を相手にしていたことを除いても、この荒野で出会うはずもなかろう洗練された美男と美女の二人組だ。


 しかし、安全かどうかはまだ分からない。

 ローブの上から、彼らが腰の辺りに何らかの柄の長いものを差していることが分かるからだ。

 そしてやはり、ミヤギが今まで目にしてきたどんな若者とも、彼らは異なっていた。


 ふと、馬の上の青年がミヤギを一瞥いちべつして、わずかに目を見張った。……ように見えた。ミヤギの勘違いかもしれないが、それはまるで何かに気付いたときのように。

 女性のほうは相変わらず、ミヤギの姿を厳しい視線で捉えている。


 怪しいのは当然だ。

 ――荒野の真ん中で一人、荷物もなく砂避けも身に着けず、ただネズミを抱えてたたずむ青年。怪しくなくて何なのだろう。

 しかも盗賊に襲われた後で平然と立っているミヤギを、女性はしばらく測るように見やっていた。

 しかしもう一人の青年のほうは、観察するような顔は最初の一瞬だけで、すぐに穏やかな視線を向けてきた。


「怪我はないかい?」


 優しげな言葉が、馬上から注いだ。

 さっき盗賊たちと言葉を交わしたというのに、久しぶりに人の声を聞いたような気がする。こちらと会話しようとしてくれているのだ。

 

「僕は大丈夫です。危ないところを、ありがとうございました」


 恐らく彼らがやってきたから盗賊は走り去ってしまったのだろう。

 ミヤギがそう答えると、馬上の青年は穏やかに微笑んだ。


「いや、礼を言われることじゃないよ。危害を加えられる前に出会えてよかった」


 どうやら盗賊に襲われた後で、やっと話の分かる人間に出会えたらしい。

 しかし、穏やかな表情の中にも、この二人は先ほどの盗賊よりよっぽど――。


「追いますか?」


 盗賊が去って行った方角を見ながら女性が言う。

 すでに彼らの背は、地平線の彼方に消えていた。

 同じ方向を見ながら、青年は女性の言葉に首を振った。


「いや、いい。もうすぐ陽が出る。深追いしては馬がもたない」

「あいつら、目ざとい上に逃げ足まで速い。……まるで禿鷹ですね」


 いまいましげに吐き捨てる女性。

 青年のほうはミヤギに向き直ると、また穏やかな笑みを浮かべた。


「災難だったね。残党と言えど、彼らはタチが悪い。君がうまく立ち回っていなければ、今頃は命がなかったかも」

「……うまく立ち回った?」

「ああ。俺たちが来るまで、なんとか彼らと渡り合ってたんだろう? 武器も持たずにすごいね」 


 なおもミヤギが呆然としているのを見ると、青年は話を先に進めた。


「雨上がりで、彼らも活動が活発になっている。ここにいるのは危険だ。俺たちが保護するから、基地ベースまで付いてきて」

基地ベース……?」


 女性が一瞬、青年のほうに、本当に連れ帰るんですか、とでも言うような視線を向けた。しかし青年は何も言わず馬のきびすを返す。彼らがやって来た岩山のほうへと。


「俺はコウノ。そっちはメルベ。怪しい者じゃないよ」


 自らの身元を保証するように、コウノというらしい青年はミヤギに微笑みかけた。


「メルベ、後ろに乗せてやってくれ」


 そしてコウノは女性――メルベというらしい――にそう指示を出す。

 しぶしぶといった顔で、メルベは馬上からミヤギに手を差し伸べた。

 どうやら彼女の馬に乗せてもらえるらしい。


 差し伸べられた手とコウノの笑顔を見ながら、しばらくミヤギは逡巡した。


 この荒野で、やっと話の通じる人に出会えた。

 このまま一人でいては、どこへ行けばいいかも分からない。


 何より、コウノは見知らぬミヤギに手を差し伸べようとしてくれている。

 荒野に一人ぼっちの人間に、選択肢は一つだけだろう。


 しかしこの二人から感じるある雰囲気に、ミヤギの足がすくむのだ。


 ミヤギはメルベの手を見つめた。


 警戒心はあっても、この二人にはミヤギを害そうとする気配はない。無理矢理追いはぎするつもりなら丸腰の相手をとっくに襲っていることだろう。


 それにここにいるのはミヤギだけではないのだ。

 ミヤギはネズミを、自分の上着のポケットにそっと入れ込んだ。かすかだが、まだ体は暖かい。彼はミヤギのポケットの中で、再び細い息を始めた。

 一緒に連れて行ってどうなる訳でもないだろうが、今さら地べたには返せない。ここに放っておけば、かなりの確率で猛禽のエサになってしまうだろう。

 だから自分に何がしてやれるでもないが、とりあえず基地とやらまで一緒に行こうと思ったのだ。


 コウノがその様子を不思議そうに見つめる。


「その……ネズミのような生き物は? ケガをしているようだけど」

「ここで拾ったんです」


 そう言いながら、肌に加わった暖かさをポケットの上からそっと撫でた。

 メルベが嫌悪の表情で見つめていたが、それも意に介さずに。


「よし、じゃあ基地に戻ろうか」


 コウノの馬が歩き出す。


「ほら、つかまって」


 すみませんと言いながら、ミヤギはメルベの手をとった。

 しかし彼女の力を借りずとも、乗馬などしたことのない体はすんなりと馬上へ上がった。意外な運動神経の良さに驚いたのか、メルベが目を見張る。

 本当に、雨の後から体が軽かった。


 そうして、二頭の馬は走り出した。


 走っている間中、ミヤギは鞍の端にかじりついていたが、振り落とされたりはしなかった。

 馬は一路、コウノとメルベが来たほうへとひた走る。ミヤギが歩いた何倍もの速さで、荒野の景色を飛ばしていく。


 ミヤギがあてもなく目指していたはるか遠い岩山は、今や眼前にまで迫りつつあった。


 そしてとうとう、ミヤギはそれを越えたのだ。


 群れをなす岩山を越えて、その先には見はるかすほどの窪地が広がっていた。

 再び差し込み始めた日差しと、再び鳴り渡り始めた砲弾の音を聞きながら、ミヤギは土煙で霞む、その窪地へと降りていった。

 荒野で出会った、二人の不思議な若者と共に。

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