第5話 岩の城1

 連なっていると思っていた岩山の間には、馬二頭が並んで通り抜けられる道が開かれていた。

 岩山に挟まれた細い道を、コウノ、メルベ、ミヤギを乗せた馬はゆっくり進んで行く。

 そしてその先。

 岩山が切り開かれた先には、平らな皿の底のように広がる窪地が見え始めていた。


 目標にして歩いていた岩山の向こう側に、とうとうミヤギは辿り着いた。

 しかし、道はまだ長く長く続いているようだった。

 

 窪地を見はるかす。

 新たに足を踏み入れた平らな地平は、向こう側でぐるりと岩山に囲まれていた。

 しかし、分かるのはその向こう側というのがとにかく遠くに見えるということだ。

 

 砲音が響く。乾いてきた平地の空気を震わせて。


 いまだにミヤギは荒涼とした景色の中にいた。

 荒野と大差ない枯れた景色の中に。

 草も生えない赤い岩肌と、それによく似た地平。

 さっきまでと違うのは立ち並ぶ岩山が影を落としているかいないかぐらいのものだ。


 しかしそんな荒れ地を、馬は迷うことなく歩を進める。

 開けた雲の隙間から差し込む日差しが強くなってきた。しかしだんだん陽が傾いてきたのか、荒野で倒れていたときほど暑くは感じなかった。


 馬は平地へは出ず、岩山のふちを歩いていく。岩壁を伝うように、日陰を進んで。

 そしてまた、岩山と岩山の間に入っていく。

 窪地を囲む岩山の隙間には、その麓を伝うように、狭く複雑な道が続いていた。赤い岩肌が一行の間近に迫る。

 馬はしばらくそこを進んだ。

 

 そして歩を進めるうち、ミヤギは不思議な場所へと連れられたのだ。


 その場所は突然姿を現した。

 岩山に囲まれた、集落のような場所。

 なぜ集落かと思ったかというと。

 側面の傾斜のついた岩肌。そこに間隔をあけて窓のような穴が空いているのだ。


 岩を掘って造られた、家だろうか。

 それが岩山の上まで高く高く重なるように続いていた。

 大きさからして人が通るのにちょうどの、出入り口のような穴も空いている。

 よく見れば石作りの家の前には、水汲み用か食料の備蓄用か、いくつか木樽が積み上げられていた。なかには洗濯物だろうか、軒に何枚か布を干している家もある。

 

 人の住居だとすれば、ざっと見てかなり大きな集落のようだが、今はそこを静寂が包んでいた。

 穴ぐらはすべて無人のようで、人の姿はない。

 うっすらと生活感が残っているものの、どこまで行っても人の気配はなかった。

 不思議な光景に、ミヤギは思わず首を巡らす。

 しかしそこがどういう場所なのか、コウノもメルベも最後まで口には出さなかった。


 一行は静かなまま集落を抜け、再び岩肌に囲まれた道を歩き出す。

 

 歩き続けて、どれくらい経った頃だろう。


 最初そこが行き止まりだと思ったのは、目の前に巨大な岩山が迫ってきていたからだった。

 しかし二頭の馬は、その山すそに向かってそのまままっすぐ進んで行く。


 近付いていくうちに、その巨大な岩山が、何故か人の背丈の倍はある外壁に囲まれていることに気付いた。

 その外壁の切れ目。門のようになっている所に向かって、馬が歩いていることにも。

 

 やがて馬達は、その門の真ん前までたどり着いた。

 外壁は、どうやって築いたのか知らないが周りの岩山と同じような質の岩でできていて、それが左右にどこまでも伸びていた。

 そこに造られた木製の門扉に、先頭のコウノはそっと手を触れる。


「待ってね。今開けるから」


 そう言うと、彼は自らの懐から細長い笛のようなものを取り出し、口に当てた。

 甲高い、鳥笛のような音が辺りに響く。

 荒野で聞いたのと同じ音だったが、あれはどうやらこの笛の音だったらしい。


 そして鳥笛の音が響いてわずか三秒後。


 木製の門扉はぎしぎしと砂ぼこりを舞い立てながら、ゆっくりと左右に開き始めた。

 コウノは馬に一つ手綱を打つと、開いたその隙間を門の内側へと入りこんでいく。

 メルベの馬もそれに続いた。


 そうして進んだ門の先には、驚くことに人が数人、頭を下げて待っていた。


「お帰りなさいませ、コウノ様」


 頭を下げるのはコウノとメルベと同じような襟の付いた服を着た男性三人。

 軍服、で合っているだろう。三人とも赤褐色の軍服姿で、頭には制帽か、軍服とそろいの色をした四角い帽子を被っていた。

 まるで昔話に出てくる兵士たちのような格好だった。


「ああ、ありがとう。見張りご苦労様」


 コウノは馬上から彼らに声をかけると、その脇を抜けていく。

 メルベは無言のまま、並ぶ兵士には一瞥もくれず馬を進めた。


 後ろですぐさま門が閉まる音がする。


 どうやらここはあまりおおっぴらになっている入口ではないらしい。

 控えた兵士たちは、二頭が通り抜けると即座に門をふさいだ。

 何となく、何かを警戒しているのだと、それは分かったが。

 

 そして門と兵士ばかりに視線が行っていたミヤギは、次の瞬間、その先にあった景色に目を向けて思わず息を飲んでいた。


「ここが俺達の基地だよ」


 唖然とするミヤギに、コウノが笑いかける。

 笑われてしまうほど、驚きの表情を浮かべてしまっていたのかも知れない。

 

 最初それが、巨大な岩山だと思っていた。


 しかし間近で見ると分かった。


 岩山ではなく、突き出るように天を指すいくつもの岩の塔が連なっているのだ。

 見はるかすほど高く、一つの岩山に見えるほど何十本も何百本も並び立って。

 しかもその姿は均整がとれてまるで一個の芸術品のようで、石の尖塔を持った巨大な城のようにも見えた。

 その尖塔には所々に窓が開いていて、人の手が入っているのがうかがえる。


 まさに圧巻だった。

 見上げればこちらは豆粒ほどに小さい。

 本当に岩山を一つ作ってしまっているようだった。

 

 ミヤギが顔を上げて呆気にとられていると、コウノが笑みを深めた。


「テウバ族の技師が造った要塞なんだ。……と言っても、君にはなんのことだか分からないだろうけど。野盗はこの要塞に荷を下ろしに来る商人を襲うんだよ。岩山の日陰に隠れながらね」


 野盗というのは荒野で出会ったあの物取り二人組のことらしい。

 どうやらこの要塞へは人の行き来があり、盗賊も度々現れるらしかった。

 そんなことも知らずあの場所をさまよっていたのだ。コウノとメルベに助けられたのは運が良かったといえるかも知れない。


 ミヤギが岩の塔の群れを見上げてそんなことを思っているうちに、二頭の馬は塔の手前にある木造の館へと入りこんだ。

 そこは岩肌に沿って建てられた巨大なうまやだった。

 風通しよく造られた厩舎には、馬が数頭両脇に並んで、入ってきたばかりのコウノたちを見ている。


 そして中に入るとすぐに、脇に控えていた人物が手綱を引き取って、コウノとメルベの馬をいた。

 彼もまた、門の所にいた三人と同じ軍服姿だった。


 コウノが馬を降りる。どうやら馬で行く道はここまでのようだ。

 続いて颯爽と馬から降りるメルベ。

 ミヤギもメルベに続いて軽やかに――驚くほどに軽やかに――馬から降りた。


 青年たちが馬から降りると、すぐに馬を牽く兵士がコウノとメルベの外套を受け取った。

 そのままコウノが一言二言何かを告げると、兵士は外套を持ったまま馬を牽いて行ってしまった。

 それにしてもここまで出会ったどの人物も、コウノとメルベの二人に対して終始頭が低く、恭しい。歳のほどから言えば、彼らよりコウノとメルベのほうがよっぽど若く見えるが。


 その件の二人が外套を脱ぐと、ミヤギの予想通り、今まで会った兵士達と同じ褐色の軍服が顔をのぞかせた。

 しかし一つだけ。コウノとメルベの軍服には他の兵士と違うところがあった。

 胸に輝く銀色の徽章。何を表しているのか、細密な模様が刻まれたそれは、八角形の形を描いている。

 そして腰には、二人とも同じような意匠の細い剣をはいていた。ローブの上から見えていた柄の長いものはこれだろう。


「お疲れ様。ここに来たからにはもう安全だよ。さあ、『城』に行って少し休もう。君からは色々と聞きたいこともあるから」


 コウノとメルベの背が厩舎の奥に進む。

 ミヤギは慌ててその後を追った。

 ずんずんと歩いて、厩の奥まで進んでいく。

 しかし二人は厩舎の外に出るわけではなかった。


 たどり着いたのは厩の中ほど。わら束が積み上げられたすぐ脇に、下へと降りていく小さな階段が付いていた。


 その狭い階段を、迷うことなくコウノとメルベは下っていく。

 薄暗いその先は地下に続いていた。

 天井が丸く掘られた、人一人分の幅の地下道が口を開けている。

 側面には等間隔で発光する水晶のようなランプが取り付けられ、行く先を照らしていた。


 その地下道をするすると歩いていく二人に、ミヤギは急いで付いて行く。


 本当に不思議なこと続きだ。

 地下道の壁に触れる手が、冷たい石の感触を伝える。

 

 暑さに倒れ伏した荒野から、ずいぶんと遠い所に来た。

 要塞とコウノは言ったが、ここは一体何なのだろうか。

 基地ということは、何か戦いに備えているのだろうか。


 しかし三人の靴音が響く以外この場所は静かだった。静かだが、同時に……。


 ミヤギの思考を遮るように、地下道は終わりを告げて、行き止まりに掛かった梯子をコウノは上っていった。

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