第43話 水の関所 3
「さあて、一人ずつこの池に沈めてやるよ。誰からがいい?」
やはりハクメとコウノ、そしてユシカなる男は、村に付いた異界人……ミヤギ達を抹殺するためここまで追ってきたようだ。
先頭にいるハクメなる異界人の殺気は凄まじい。
ミヤギはちらりと視線を後ろにやった。
そこにいる青年……コウノは何も言わない。起こることをただ静かに見守っているだけだ。
この状況を止めてくれる者はない。
倒すか倒されるかそれを避けるか、選ばなければいけない。
コウノのさらに向こう、過去の戦いによる砲撃か何かで開いた溝に目をやる。
道を横切るようにその端は五メートルほど。
少しずつ足を滑らせないように進めば渡りきれない亀裂ではない。しかし、異界人三人を相手取りながら通り抜けることは不可能だろう。
こちらにはバクもいる。庇いながら進むことはなおさら無理だ。
溝を背ににやつくハクメ。嫌な感じがした。
「じゃまずは、お前らが想像もしなかったやつからだ!」
男のとがったブーツが地面を蹴る。
その行く先を悟ったルイが叫ぶ。
「バク!」
バクをかばって、青年は前に出る。
少年を抱きかかえて、横っ飛びに攻撃をかわした。
そのまま地面に突っ込んだハクメの短剣が堤を裂く。そこに穴が開いた。
完全に命を取るための攻撃だった。
起き上がったハクメの瞳は笑っていた。
ルイの瞳が血走るのを、目の前の男は狂喜の顔で見ていた。
「てんめえ、子どもになんてこと……!」
「なんてことないんだよ、オレにとっては。この世界のガキがどうなろうが」
再びハクメの二刀がひらめく。
怒りで震えるルイはすんでのところでかわした。
しかし素手ではかわすのが精いっぱい。
間断なく襲うハクメの短刀にルイの体勢が崩れる。
「ルイ! ……っ」
見かねたリツミが前に出る。
しかしその足下に、一瞬でくぼみが開いた。
ハクメの後ろに立つ異界人……ユシカの手に握られた長銃から発された光。
それがリツミの足下を撃ち抜いたのだ。
彼女の口元が苦々しく歪む。
「光線銃……!」
それでもリツミは次々と放たれるユシカの攻撃を躱しざま、剣劇に襲われるルイに向けて自分の武器を投じた。
彼女の棍はくるくると弧を描きながら、ルイの方へ飛んでいく。
「ルイ! それを使って!」
「させるか!」
ハクメの反応は、ルイより数段速かった。
ルイに届く手前で、棍が叩き落とされる。それでも、
「ルイ!」
諦めじとミヤギは棍を拾い上げ、ルイへと放った。
しかしリツミのようには上手くいかず、それは若干見当違いの方向へと飛ぶ。
だが、それが功を奏したらしい。
「チッ、どこに投げてんだ」
予測しなかった軌道に飛んだそれを、今度はハクメも叩き落とせなかった。
「サンキュー、ミヤギ」
ハクメから距離を取ったルイが、すかさずリツミの棍を受け取る。
二人の間に火花が散った。
ハクメの振り下ろした短刀を、受け取った棍でルイが防いだのだ。
重い一撃にルイはがくがくと膝を曲げたが、何とか踏みとどまった。
しかし相手は二刀流。
棍を押さえる左手を外すと、無防備なルイの胴に向けて斜めに振りかざした。
それでもその後ろから、
「させない!」
振り上げられたハクメの手を取る、リツミの手。そして彼女はそのままハクメの腕を抱えて、その体を一気にユシカとコウノのほうに投げ飛ばす。
油断を見せていた二人は飛んできたハクメを受け止めきれなかった。
「逃げましょう!」
リツミの言葉を合図に、ルイ、ミヤギ、バクは、全員もと来たほうへと駆け出す。
先頭を走るリツミは、貯水池の奥に架かる連絡橋を見やった。
「こうなった以上、この先へは進めない。向こう岸へはあの連絡橋を渡るしかないわ」
「この状況で逃げ切れたらな……」
「兄ちゃん、そういうこと言わないでよ」
ルイに手を引かれるバクが真顔で呟く。
「ああ、悪い……」
ルイは少年に謝ったが、その顔にはまだ不安の影が残されていた。
コウノ。そしてハクメとユシカ。あの二人も本物の軍人だ。
ミヤギ達に手を下すことに、何の躊躇もない。
そんな異界人三名から逃げなければならないのだ。生きた心地がしないのも無理はなかった。
そして、
「撃たれてる!」
バクが叫ぶ。
後ろから放たれた光の束が、ミヤギ達の足下に次々と穴を開けていた。
「ユシカが持っていたのはやっぱり光線銃だったのね」
「光線銃? そんな武器があるのかこの世界」
「ええ。街を撃ち抜いたものをもっと小さくしたものだと思っていいわ。弾を込めずに何発も撃ち続けることができる……厄介ね」
冷静だがどこか緊張ぎみに呟くリツミに、返す言葉もなかった。
事態が難しくても、とりあえず今は前に進むことしかできない。
一行はそのまま堤を戻りきり、貯水池の岸を連絡橋へ向けてひた走る。
しかし行く手に霞んで見える遠い目的地に、青年は焦りを吐き捨てた。
「くそっ、連絡橋までけっこうあるぞ! それに、」
「ええ。向こうもあたしたちが橋を渡ると心得てる。……急ぐしかないわね」
目指す橋は遠く、後ろからの脅威は徐々に一行の背に迫り始めていた。
「どうしたハクメ。さんざん吠えたと思ったらこのザマか」
「へ……嫌味かよ」
投げ飛ばされ、同僚二人を巻き込んで地面に伏せた男は、忌ま忌ましげに地面に唾を吐いた。
目の前には徐々に遠ざかっていく異界人三人と一人の子どもの背。
それを目で追うユシカは、自身の銃にスコープを装着して言った。
「このまま異界人同士で追いかけっこを続けるのも面倒です。橋を渡るのを待って、狙撃します。それくらいならこいつの射程内だ」
「面倒なことを……このまま追いかけりゃ子連れの集団なんてすぐに捕まるだろ」
「さっきみたいな油断をしてもう一度投げ飛ばされなければな」
「なにを……!」
静かに服の埃を払うコウノに、ハクメの視線が刺さる。
それも意に介さないように、青年は遠く貯水池に架かる連絡橋を見た。
「俺は連絡橋の先へ回る。お前はさっき自分が言った通りにすればいい」
「けっ、オレがあいつらを橋の向こうに渡らせるって言うのかよ」
「万が一のこともある。備えておくに越したことはない」
「いいじゃないかハクメ。うまくすれば連絡橋の上で彼らを挟み撃ちにできる」
ユシカの言葉に頷くと、コウノはさっさと自分の持ち場に向けて歩き出した。
「そういうことだ。せいぜい彼らを逃がさないよう頑張るんだな」
涼しく去っていく背に、狂気の男はしばらく剣先のような眼光を送っていた。
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