第40話 襲撃 3

「ミヤギ、どう思う? これって……」

「うん。向こう側から落ちてる。これは……」


 落ちた吊橋を前に、三人の異界人は立ち尽くしていた。


 暗黒をためる谷底に落ちる、吊橋を支えていた大縄。

 向こう岸に、先端が断ち切られたそれが数本垂れ下がっていた。


 そしてこちら側には木製の橋だったものが、梯子のようにだらりと崖の下を目指している。


 それが向こう側――逃げていく村人たちの方から切り離されたことを示していることは、三人ともすぐに飲み込めた。


 あの橋は果たして誰が落としたのか。

 村人だとしたら、ミヤギたちが残っていると知りながら橋を落としたのか、それとも……。


 落ちた橋を、皆しばらく呆然と見下ろした。

 それを現実へと戻したのは、いち早く理性を回復したリツミだった。


「細かいこと気にしてる場合じゃないわ。みんなは橋を渡りきれたみたいだし。あっちはあたしたちがいなくても大丈夫だから、とにかく向こうに渡る方法を考えましょう」

 

 悪い空気を振り払うように、彼女はそう言った。

 それは窮地を抜ける術を知った者ができる冷静な発言だったが、同時に何かの予感を断ち切るようでもあった。

 それを知ってか、ルイもつとめて気丈に笑うとリツミに同意する。


「そうだな、レンの姉ちゃんも付いてるし。あの村人たちなら大丈夫だろ」


 二人の様子を見やって、ミヤギもまた目の前のことに集中することにした。


「橋が落ちて逆に良かったのかも知れない。追っ手を僕たちだけでければ」


 橋は落ちてしまったが、村人を光領の追っ手と切り離すことができたのも事実だ。あとは自分たちがここで踏ん張ればいい。

 となりでルイが苦笑いする。


「……お前意外と大胆だな、ミヤギ。まあ、異界人が三人なら後はなんとか、」


 逃げ切れば、と言葉を続けようとした彼は、何かを視界に入れて固まった。


「 バク!?」

「……ごめん、兄ちゃん」


 三人の近くの茂みがガサガサ音を立てる。

 そして草葉の影からおずおず姿を現したのは、申し訳なさそうに縮こまるバクだった。


 これにはさすがに驚いたのか、リツミも目を丸くする。


「バク、あなたどうしてここに?」

「みんなと一緒に逃げなかったのか?」


 リツミとルイの矢継ぎ早な問いに、バクはますます小さくなった。

 絞り出すような声で呟く。


「ごめん。兄ちゃんたちが気になって……」

「なんだよ、心配して来てくれたのか。でもどんだけの勇気で引き返してきてんだよ、お前は」

「兄ちゃん達、荷物全部置いていってたから」


 バクが小声で言う通り、三人は三人とも荷物など忘れて暗殺者達を追ってきてしまった。

 リツミは武器の棍だけ。ミヤギはポケットの中にハトムギ。ルイは完全に手ぶらだ。


 バクが背に負ったリュックを差し出す。

 その中には少しだが水と食料が入っていた。


「ごめんな、バク」

「ううん。おれも橋が落ちるなんて思わなかったけど、持ってきてよかった」

「そう、それだよ! こっちにはまだ敵がうようよしてるかも知れないのに、お前向こうに帰れないじゃん」


 ルイが声をつまらせる。

 光領はいまだその全貌を現したとは言えない。暗殺者はまだこちら側に残っているかも知れないのだ。

 しかしバクを村人達のもとに帰そうにも、そのための橋が落ちてしまった。


「いいよ、兄ちゃん。このまま向こう岸に渡る方法を探そう。おれ、大丈夫だから」


 うつむくルイに向けて、気丈にバクが言う。


 ミヤギも思うがその通りだった。

 とにかく今は村人達と合流する術を見つけなければいけない。

 光領の追っ手を避けるため、ここで立ち止まっているわけにもいかなかった。


「そうだな。とりあえずこの谷を渡らないと。でも……」

 

 架かっていた吊橋以外に、谷を渡れる場所は見当たらない。

 そして残念ながら、谷を下りられる場所も登れる場所もなさそうだった。

 底を見はるかすほどの垂直の崖が、前にも後ろにもずっと遠くまで続いている。


 それを見て悩んでしまったルイとミヤギ二人を見やって、ふっとリツミがつぶやいた。


「……一つだけ、この谷を渡れる場所に心当たりがあるわ。このままこの先にある貯水池まで行きましょう。ダムのつつみから、向こう岸に渡れるかもしれない」






「やつらの姿は見えませんね」


 小型の望遠鏡を覗きながら、ユシカが呟く。

 木々の隙間から、森の中に夜明けの光が射し始めていた。

 しかし吊橋が落ちた地点の付近に、取り残されたはずの標的達の姿は見えなかった。


「橋が落ちたのはやつらが斥候の兵士達を倒す前。ならば向こう岸に渡る術がないはず。……一体どこへ行ったのか」

「いや、一つだけ向こう側へ渡れる場所がある。この先にある貯水池のダムの堤だ」


 木陰にたたずんでいたコウノは、目の前にある谷のずっと先に目をやる。


「向こう側に渡るにはそこに行くしかない。さすがにあの崖は異界人でも上り下りは無理だ」

「崖にくっついてねえ、ってことはダムだろ。さっさと行って片付けちまおうぜ」


 いまだ使う機会のない自慢の刃を陽の光にさらしながら、ハクメはコウノの見ている方へ足を踏み出した。


「――いよいよ追いつめたな、コウノ。邪魔なネズミどもを」

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