第2話 思い出の賛美歌 その3
「アホかぁぁぁぁぁ!」
私が放った高スクリューパンチが黒スーツの顔面にめり込んで弧を描きながら、ベランダにかかっていた黒い布ごと引きずりながら倒れこんだ。
「あんたなにやっているの。人を散々待たせといて、それで開けたらなに! 辺り真っ暗にして訳分からないこと言って、なに考えているの」
「リ、リリティアさん、いくらなんでもいきなり殴らなくてもいいじゃないですか」
ベランダに出したベッドや机に遮られながらも入ってくる光を背に黒スーツの男、神山直哉はフラフラとした足つきで起き上がった。澄んだ黒髪、私がぶん殴ったせいで顔が変形しているが元々は容姿の整った二枚目の顔立ちの青年である。
十五のとき、情報屋を継ごうとしたが父親に強く反対されたため家を飛び出し独自で情報屋を始めてしまった。父親と親しかった私が子守役として頼まれた。いい迷惑である。
「ほう、まだ足りないみたいね」
私が少しずつ前に詰め寄ると直哉はそれに合わせて後ずさりし始めた。
「ちょっと待てください。リリティアさん、話を聞いてください」
「問答無用!」
直哉の背中に回りこむとすかさず卍固めをかけた。直哉はジタバタしながら技を外そうと試みたがその度に私がより強く締め上げ苦しそうな声をあげる。
「ギ、ギブ、ギブアップ!」
「まだ余裕がありそうね」
「どこにそんな余裕があるのですか」
「ほら、まだこんなに喋れるじゃない」
「ちょ、ちょっと待て! ウゲ」
更に力が加えられて、骨がひしめく音が鳴り響いた。
「ギ、ブウウウウウウウウウウウ!」
直哉の悲痛の叫びが当たり一面に轟いた。
さすがの私もちょっとやりすぎたかな。
「ダァズゥゲェデェェ!」
「仕方ないわね」
卍固めを外すと直哉は前のほうに倒れこみ、私は彼の頭部に近寄ってしゃがみこんだ。
「ねえ、大丈夫?」
「リリティアさんのせいじゃないですか」
直哉は頭だけ持ち上げてこちらを睨んだ。
「てへ」
「『てへ』じゃないでしょ『てへ』じゃ」
直哉は軽くため息をつくと向かいになるように座り込んだ。
「じゃあ、なんでこんなことしたのか話してくれる?」
「さっきのことがまだ……」
「次は逆えび固めがくらいたいみたいね」
「い、いえ、別に」
「じゃあ話して」
私の問いにしばらく直哉は黙っていたがなにか諦めがついたようにしゃべり始めた。
「最近、情報屋やっていて一つあることに気がついたのだけど自分自身、情報屋に見えないじゃないかと思ったわけで」
私は言っていることが理解できずに顔をしかめた。
「ほら昔からやばい情報をさばいている奴といえば地下に拠点に持っていたりするでしょ。やっぱこういうのは怪しさがあったほうがいいかなっと思って」
「あんたね。これのどこが少しなのよ。それに部屋を改装したって、私しか来ないでしょうが。それに情報屋と言うよりただの間抜けにしか見えないわよ」
「せっかく頑張ったのに」
「頑張りどころ思いっきり間違っている」
完全にくじけた直哉は肩を落とし、私も段々なんて言えばいいか分からなくなってきた。
「とりあえず、片づけましょう」
私の言葉に直哉は力なくうなずいた。
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