第2話 思い出の賛美歌 その6
「どっちも調べものか。ねえ、直ちゃんはどっちがいいと思う?」
「別にどっちでもいいと思いますよ。でも国相手にするよりもマフィア相手のほうが リスクは少ないと思いますけど」
「だけど国のほうが高いのでしょ」
私はパソコンに表示された賞金を指差した。そこには目玉が飛び出すほどの金額が書かれていたが、国のほうが少し高めの金額が書き込まれていた。
「リリティアさん、賞金よりも命のほうが大事だと思いますよ」
「どうせマフィアって大体が麻薬とかの工場なのでしょう。やっぱり国が秘密に開発しているといえば、核とか細菌兵器とかじゃない」
「リリティアさん、そういうので盛り上がったりするのはやめましょう」
弱々しく直哉は答えたが私はその反応にニヤリと笑みをこぼして軽く手を叩いた
「よし決めた。国で行こう」
「何でそうなるのですか。命のほうが大事じゃないのですか」
「だって、面白そうじゃない」
直哉はしばらく頭を抱えたがなにか諦めがついたように口を開いた。
「分かりました。なんか話しても無駄そうですね。それじゃ一つだけ、確かグロッセル王国には父の友人がいます。その人に一度あたってみるのもいいと思いますよ。そう言えば、リリティアさんに一度会ったって聞きましたよ」
「そんなところに知り合い、いたっけ?」
「向こうはリリティアさんのこと良くご存知ですよ。赤毛で体の大きいあの人ですよ」
「全然知らない」
悪気のない反応に直哉は再び頭を抱えたがさっきよりも早めに立ち直ってきた。
「俺も父から聞いた話ですけど、俺が産まれる前に一度会ったって言っていましたよ」
「いいじゃないの。どうせ会えば思い出すかもしれないし、気にしない気にしない」
直哉は私の言葉に愕然とした表情を見せ、小声でブツブツと独り言を呟いてしまった。
私はさすがにまずかったと思って話題を切り替えることにした。
「そういや、さっきから妙に嫌そうな顔ばっかりしているけど、どうしたの直ちゃん」
「リリティアさん、ずっと前から言いたかったのですけど」
「なにかな」
「直ちゃんって呼ぶのをやめてくれませんか」
「えぇ、なんでよ」
「もう十六になるのですよ。いつまでの直ちゃんって言われていると恥ずかしいです」
「別にいいじゃない。私から見たらまだまだお子様よ」
「そりゃあリリティアさんとは九十歳近く離れていますけど、俺は高校生なのですよ」
「直ちゃん、それ言わない」
心の中にある怒りをグッとこらえ笑顔で抗議した。多少は顔が引きつってはいたけどね。
その姿を見て直哉はここだと言わん限りに私を睨んだ。
「リリティアさんみたいな百六歳の『おばあちゃん』にはわからない話なのでしょうけどね。俺にとっては大事なことなのです」
「私のどこがおばあちゃんなのよ」
私は完全に頭にきてベッドの上に登り自分の若さを見せつけた。十六のままの可愛げのある顔、胸は大きすぎず小さすぎずのCカップ、細く括れた腰にキュッと引き締まった小ぶりのお尻、まさに完璧な若さがそこにあった。十六のときの遺伝情報を元に肉体を復元させて昔の姿をキープしているのだ。おばあちゃんって言われる由縁なんてどこにもない。
「若作りクソババア」
直哉の心無い一言についに切れた。
向かいのビル三階。直哉君がずっと好きで追いかけてここまで来た。最近私のやっていることは、ストーカーではないかと薄々気がついている。でも、止めることができずに窓の向こうに映る直哉君を見つめる日々……ああ、そして今日もまた。
ストーカー歴三年、同級生の綾香は窓からそれを見た。真っ逆様に落ちる直哉の姿を。
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