第2話:インスタレーション≒短編集?

「インスタレーションは『キノの旅』だ!」

「……は?」

 角川運営のサイトならギリギリセーフであろう作品名を口にした俺に対し、突き刺さるのは鈴音の可愛らしいジト目と、疑問符付きの威圧の言葉である。

「何だ? 鈴音は読んだことないのか?『キノの旅』」

「え、いや、えっと」


 キノの旅はラノベ初心者にも、読書初心者にも安心して勧められる読みやすくて素敵な短編集だ。もちろんヘビィな純文学を読みまくってる読書ガチ勢でも楽しめるから、幅広い層に認知されていることだろう。

「私、読んだことないんだけど……」

「……な、おま、お前。鈴音ぇ、嘘は良くないぞ」

「いや、ホントに読んだことない」

「……」

 まじか。

 俺の渾身の分かりやすい例えが。


「まあ良い。そうだな、なんか無いか?短編集を読んだこと。そうだ、シャーロックホームズでも良い」

「ええっと、短編集? そうね、『人○は衰退しました』とかなら……」

「よりによってカドカワじゃないラノベを……」


 まあ良い。この際短編集ならなんでもいいのだ。メインの登場人物が同じで、だけど一つ一つの話を読んでもそれぞれ楽しめるようなヤツなら。


「例えばだが、例え一つ一つの話を楽しむことができたとしても、物語全体としての流れがあるだろう?」


 キノの旅なら、話が進むにつれて銃器が増えたり、キノの過去が明らかになったり、シズや師匠やフォトの話が出てきたり。

 ホームズなら、過去の回想グロリアスコット号とか恐怖の谷モリアーティとの決着とか。

 人類は衰○しましたなら、過去話や、Yの話や、プチモニの話とか。


「つまるところ、一つ一つの話ですでに作品として楽しめるけど、短編集としての全体の流れを知っていればより楽しめる……、いや、言い方が違うな」


 つまるところ、と俺は言う。

「短編集は、読む順序によって、その話から受ける印象が違うだろう?」

「それは当たり前じゃない?」

「そう、その「当たり前」がインスタレーションなんだ」

「……どういうこと?」


 例えば。と俺は続ける。

「何でも良い、今までに印象に残った絵を思い浮かべてみてほしい。ピカソでも良いし、シャガールでもセザンヌでもモネでもマネでもレンブラントでも良い。何なら彫刻でも良いぞ」

「ええっと、思い浮かべたわ」

「それは本当にその作品そのままの印象だろうか?」

「え?」

「たとえば、先日話題になった巡回展「モネ展」を覚えているか?」

 実際には先日というのは正しく無い。巡回展であり、東京での興行が終わった現在も未だに全国を巡回中だからだ。

「東京の美術館で見る「印象、日の出」や「睡蓮」と、実際に飛行機でパリまで行ってマルモッタン美術館で見る「印象、日の出」や「睡蓮」、それを見たときに感じる印象は絶対に違うはずじゃないか?」

「た、確かに……」

「ましてや、その辺のパンフレットや教科書で見た「印象、日の出」や「睡蓮」の絵から受けた印象なんて、本物を見たときに受ける感動とは絶対に違うはずだろう!」


 それだけじゃない。

 展示室の照明や、一緒に飾ってある作品。場所や時間帯、それを見るためにかけた労力、お金、作品を眺める順番に至るまで。そのどれが違っても、受ける印象は全く変わってくる。


「その作品単体でなく、という考え方。それがインスタレーションなんだ!」


 どうだ、分かったか。とドヤ顔で鈴音を見る。すると俺の思いとは裏腹に、難しい顔をしている彼女の顔があった。

「……どうした鈴音。何かわからないことでもあるのか?」

「えっと」

 鈴音は可愛らしく首をかしげ、指を唇に当てて言う。


「——って何?」

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