べ、別にインスタレーションを知らないんじゃないんだからね!
山田病太郎
第1話:インスタレーションって何なんだ!?
ぼろアパートでカスタムマシンの前に座り込み、aftereffect(アドビ社製の映像編集ソフト)をいじくっているのが俺である。某美大で映像デザインを専攻する俺は提出する課題を作成していた。
「終わらん……」
つぶやくが終わらんものは終わらん。ぼうっとプレビューを見るが妙に画面がかくつく。グラボをケチったのが悪かったかもしれない。映像系をやるときはCPUやRAMよりもグラフィックボードの性能がものをいう。(ネトゲなんかもそうだ)
最近は一人で画面と向き合うことが多くなった。デザイナーを志す者として見聞が狭まるのは避けたいが、どうも時間が無い。
教授なら「時間が無いというのは時間を作れない者の言い訳だ」と一喝するだろうが。
ピンポーン、と呼び鈴。
ふと時計を見るがまだ日は高い。誰だろう。アマゾンかな。
「はーい」
俺は重い腰を上げて玄関を開ける。
「どちら様……」
ドアの向こうに立っていたのはつり目に黒髪のショートカット、ニーソックスに包まれた脚線美が眩しい美少女である。
「……よう、鈴音」
「えへへ、来ちゃった。久しぶり、クロ!」
俺をクロと呼ぶ彼女は鈴音。
俺の幼馴染だ。
◇◇◇
「……で、何の用だ? 鈴音」
俺はお茶を用意して、ちゃぶ台の前にちょこんと座った鈴音の前に差し出す。こいつがしおらしいということは、どうやらロクデモナイ案件には違いないのだが。
出されたお茶にも手をつけず、俯き加減で縮こまっている鈴音。
ぼそりと漏らす。
「実は……」
しばらく口ごもった後、鈴音は意を決した様子で口を開いた。
「インスタレーションって何なのか、教えて欲しいの」
「……な、お前」
インスタレーション。おおよそ美術に興味のないものならば一生耳にしないだろう言葉だ。それがまさか、「ピカソってあれでしょ、あの落書きを描く人でしょ!」と言っていたあの鈴音の口から飛び出すだと……。
俺は戦慄を隠しきれない。
「おい鈴音、お前、わかって言っているのか……?」
「べ、べつに、インスタレーションの意味がわからないわけじゃないんだからね! ただ、クロの意見も聞きたいかなーって、ただそれだけ! それだけよ!」
俺は考える。インスタレーションは現代美術には必要不可欠な考え方だが、その考え方が広まったのは1970代以降。長い美術の歴史の中では随分最近のことだと言ってもいい。
未だ研究途上の考え方であり、あまりにも多岐にわたるため、専門家ですらあまり詳しく語りたがらない考え方だ。
それを、こともあろうにあの鈴音が、いち美大生に過ぎない俺に聞こうというのか!
いいや落ち着け。たしかにインスタレーションっていうのは初心者には難しい考え方かもしれない。鈴音も頼れる相手が俺しかいなくて、仕方がないから恥を忍んで聞きに来たのかもしれない。
だとしたら、なんだ。そう、ええと。
可愛いじゃないか。
「良いだろう。優しく、解りやすく、インスタレーションについて説明してやろう」
「だ、だから別に、わからないわけじゃない……」
「ほう……? 無理をしなくてもいいんだぞ? 何なら鈴音のインスタレーションに対する所感を聞いても良いぞ?」
「わ、私のことは良いでしょ! ほら、早く説明しなさいよ!」
真っ赤になって慌てる鈴音を眺めているのも良いが、それではなんとも可哀想だ。ここいらで、美大生らしくスタイリッシュに説明してやらねばなるまい。
そうだな。解りやすく言うと……。
「インスタレーションは、『キノの旅』だ!」
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