第3話3.

3.




 ――そんなトラブルもあったけど、私は元気です。

 全人類を影から統治する『組織』の頂点として、私は『転生』を続け、順調に拡大と発展を継続させていった。

 あの後リザがどうなったのかは知らない。あんなことは二度とごめんなので、とりあえず私は部下に対する警戒を強めるようにした。



 ◆



 『直感』の導きにより、私が積極的に働きかけを行った結果、人類は続々と宇宙という新たな舞台に進出した。

 二十世紀末には火星への大規模移民船が出発し、その二百年後には地球外人口が地球人口を超えた。

 二十四世紀にもなると、太陽系の広い範囲に人類が移住するようになった。

 初の地球外生命体の発見は、初歩的な超光速移動が実現した二十五世紀のことだった。外星系への調査隊が水の海のある惑星から採ってきた。白く小さなエビのような生き物で、私は焼いて食べてみた。柔らかかったけど、別においしくはなかった。



 ◆



 そうこうしている内に、私が『転生』した回数も二十回を超えた。何度も転生を繰り返すうちに、私が死んだ後に『転生』する対象には一定の傾向があることも見えてきた。『転生先』はヒト社会における重要職ばかりだったけれど、時の大国の宰相とか、元首とか、そういう存在になることはまずなかった。そういう表立った人間として転生すると、私が、本来の私の役割――『人類史に裏から介入して文明を発展させる』ことを効率的に果たせなくなるからだと推測できた。

 私の能力の正体は未だに分からなかったけど、力のもたらす、そういった『配慮』が、私にはとても嬉しかった。簡潔に言えば、私は「縁の下の力持ち」って奴を任されているわけだ。なんとも大変な立場だよ。楽しいけどね。



 ◆



 かつて、一九世紀後半に活動した『四代目』の時に、有り余る財力と権力の一部を用いて、密かにある調査を命じたことがある。

 『私のような者』が、この世界の他にいるのかどうか、について。

 『転生』と『直感』の力を、あるいはそれに近い特殊能力を有する者だ。

 私は自分の能力に単純に興味があったし、もしそういった人間が存在するのであれば、お茶でも飲みながらお話でもしようと思った。

 しかし、心躍るような解答は得られなかった。世界中から収集された大量の情報の中に、そういった『奇妙な事例』が皆無だったという訳ではない。しかし、いずれも私よりもずっと微弱で、確証もできないようなものばかりだった。

 つまり、私のような存在は、どうやらこの世界で私だけしかいないのだった。

 そうなると、当然の疑問が湧き上がる。

 ――どうして、私が選ばれたのだろう。

 この、他にない『直感』と『転生』の力は、何故この私のみに宿ったのだろう。

 隠れた『何者か』が私に力を植えつけたのだとしたら、『そいつ』は誰なのか、何故こんなことをしているのか。私は決して信心深くはない人間だが、『そいつ』は、多くの人々が唱える神という概念なのだろうか。

 私自身も単に不思議だったし、一時はそれなりに考えて調査したりもした。けれど、最終的には、「まっ、いっか」と思った。

 私に力を与えた存在の正体にはさほど興味もないし、『そいつ』はこの私を介して人類文明を大きく進展させようとしているのは明白で、私もそれを望んでいるのだ。つまり我々の目的は一致している。

 なんといっても、私はこの状況がとても面白かった。だから二十二世紀頃からは、ほとんど調べるようなこともしなくなった。この調子で人類の技術が発達して、私が『転生』を繰り返せば、その内分かるだろう、位の心持ちになっていった。

 もしかしたら、こういう私の鈍感なところが、『そいつ』の選考基準になったのかもしれない。



 ◆



 人類が初めて地球外知的生命体と呼べる種族とコンタクトを取ったのは三十三世紀ごろ、資源獲得を主な目的とした超光速移動が頻繁に行われ、人類による太陽系支配が確立された辺りだった。

 彼らの唯一の言語における『我ら』という表現に合わせて、私たちは彼らを「レトト星人」と呼ぶことにした。彼らは宇宙から来たエイリアンである我々に興味を注がないわけではなかったけれど、自分たちの文明を維持することの方がずっと大切のようだった。職人気質というか、ストイックな方々だった。

 レトト星は全面が水の海に覆われており、彼らはその海中深くに住む種族だった。外見は地球の生物で言うとタコとかイカに似ている。まさか本当に初接触した知的生命体がタコのような姿だとは思わなかったので少し笑った。身体のほぼ中央にある脳を介して七本の発達した脚を器用に動かすことができる。彼らの星の海中生物たちは皆が単性生殖形態で、じゃあどうやって進化するのかというと、低レベルの記憶情報が遺伝情報物質と一部を共有するみたいで……その辺は、まっ、いっか。

 彼らの建造物や街は複雑な海流に合わせて常に動いている。その為、レトト星人の世界には私たちの知るような地図は存在しなかった。流動的な世界に対応して彼らの脳は発達しており、次やその次に、どの『地域』と自らの住む『地域』がどのような形で接続されるのかを容易に把握できるらしい。また、彼らは海底の鉱石や火山を用いた単純なエネルギー機関を有していた。初歩的な電波通信も開始しており、我々はそれをキャッチして彼らを発見したのだった。そういったレトト星人の文明形態に対してとてもユニークだと私は驚いたものだけど、後から考えてみると別にそうでもないや。

 彼らはとても信心深い種族で、上部の海面周辺及びその先の大気空間に挑むことは、『暗黒の神』の怒りに触れる――という信仰に基づいて、海中世界から出ようとしなかった。故に、レトト星人の文明はそこでストップを余儀なくされていたのだ。私は、もったいないなあと思った。私たち人間のように神を殺す気概が彼らにもあればよかったのに。もっと効率が良かったのに。

 私たちは、とりあえずレトト星人に仲間になってくれと告げた。彼らの文明は人類より遅れていて、それほどめぼしいものがある訳でもなかったし、かといって滅亡させるメリットもなかったので、穏便な形を選んだのだ。彼らは無関心気味にそれに応じた。

 そして、私たち人類とレトト星人にとっての、初の他星系種族間知的生命体同盟が成立した。



 ◆



 レトト星人を皮切りに、人類は銀河系内の知的生命体と接触していった。

 レトト星人のように簡単に行くケースばかりだったら良かったんだけど、そうでもないことも多々あった。そういった残念な場合は、局面に合わせて対応を考えて実行していった。私が一番『直感』を駆使したのがこの時期かもしれない。

 ヒトが宇宙に出てから二千年が経過した。人類文明が順調に発展していくと同時に、銀河系における私たちの『同盟』は、少しずつ拡大していった。



 ◆



 銀河系は広いなあ、と思った。

 我々が作った同盟の他にも、他の星系種族やそれらを束ねたグループが、天の川銀河には無数に存在していた。それらとコンタクトした際には、時には戦争して叩き潰したり、時には和解して合流したりした。そして徐々地球人類を含む知的生命体の集合体は更にその版図を広げていった。その途中で興味深い現象が起こる星や、稀少資源が大量に得られる星も見つかり、調査したり支配したりした。そして私たちの技術は更に進展した。

 人類文明でいうところの五十世紀代初頭には、他の銀河にも簡単に行けるようになった。それらにはやはりユニークな星や生命体が存在したが、天の川銀河を進めるのと特に変わりはなかった。ということで、同じような感じで叩き潰したり合流したりして同盟を進展させていった。そのうち、『同盟』は『銀河複合体連盟』へと名を変えた。『全宇宙知的生命体ネットワーク』と表現されることもあり、後に正確性からそちらが主流になった。

 私は、『転生』を繰り返して時の連盟の支配者の座を維持しながら、なるべく地球人類が生き延びる道を探って管理を進めていった。種として比較的脆かったこともあって、宇宙の多くの種族に触れるにつれて人類への興味が薄れていったのは確かだけど、せっかく私が昔から伸ばしてきた文明だから滅ぶのはもったいないと思ったのだ。あと故郷だし。

 『直感』は、はっきりしている時もあれば曖昧な時もあり、総合的にはかなり不安定な存在に思えたけど、それでも何らかの指向性が内在しているのは間違いないように思えた。私はそれに従い、知的生命体ネットワークの管理を進めていった。



 ◆



 宇宙中の無数の銀河に存在する無数の知的生命体種族の管理を執り行う組織。そしてそれを影から支配する組織。そしてその長である、私。

 訪れる一個体としての死と、新たなる管理者への『転生』。

 知的生命体ネットワークの拡大。技術と文明の進展。『直感』が導く、私の管理者としての力の行使。

 それを延々と繰り返しながら、私は今までどおりに管理を続けていた。おおむね、順調に進んでいた。

 地球人類の宇宙への進出や、レトト星人とのファースト・コンタクトから、人類の表現でおよそ二十万年が経った頃だった。ここでちょっとしたイベントが発生した。

 人類が滅んだのだ。

 細かく言えば、地球(テラ)を元星とする哺乳網霊長類ホモ・サピエンスのことだ。私が影から支配している銀河複合体連盟において、いくつかの星系に分散し生き延びていた知的生命体種族の一つである。

 それが、一個体残らず絶滅したという情報が入ったのだ。

 入力されたそのデータを認識した、私の反応は。

 ――まっ、いっか。

 という程度のものだった。

 ここで改めて感じたのは、私は、地球人類という種に対して、さほど強い感情は抱いていなかったのだなあ――ということだ。それなりに守ろうとしていた時期もあったけど、いつのまにかその思いも失せてしまった。忘れてしまった。

 この広い銀河には、地球人類よりも遥かに美しい種族も、賢い種族も存在する。なにしろ今の『私』自身も、そういった種族の一個体として『転生』しているのだ。何度も。

 その事実は、私に宿る『転生』の力が、地球人類に限らず、宇宙に存在するあらゆる知的生命体の管理を私に任せようとしていることを意味していた。

 人類の終わり。それは一つの弱い種族が、宇宙というフィールドにおける生存競争を突破できなかった。それだけの話だった。

 もちろん、少し残念だなあという印象は否めない。私自身のオリジナルである『ウィリアム・グッドマン』には結構思い入れはあるし。最近は、等身大の像を作ってたまに眺めたりしている。

 人類が発生してから五十万年くらいになるのかな。意外に長く保ったような気がするし、そうでもないような感じでもある。

 ついでに言うと、地球自体は太陽系を含めて既に銀河間戦争のとばっちりで消滅してる。その時も、「まっ、いっか」と思ったんだっけ……もう、忘れちゃった。



 ◆



 宇宙には、沢山のユニークな知的生命体が存在した。

 その中でもとりわけユニークと言えるのが、地球を出てから地球単位で六百八十万年ほどが経過した時に私が出会った、「ニャントコ星人」という星系種族だろう。会った時はびっくりしたな。

 ニャントコ星人は丸っこい姿形の二足歩行種だった。個体によって様々な色の体毛に覆われていて、頭の上の大きな耳と臀部から生えた二本の尾が特徴的だった。懐かしの地球人類の感性で見るなら、「可愛い」という感情を抱くんじゃないかなあ。確か地球の「ネコ」っていう種に似ていたような気がするけど、よく思い出せないや。

 私はその時、ある宇宙基地の部屋の椅子に座って、透明素材の向こうで繰り広げられる小規模な銀河間戦争を眺めていた。全感覚レベルで遠方の現象を認識する技術はありふれているけど、やっぱり直接見るのが一番楽しいと思うんだよね。

 宇宙の暗黒を背景として、時折きらきらとしたものが溢れたかと思うと、それらはすべて虚空へと消えていった。NL爆弾かな。やってるなあ。

 この時私は、『ウィリアム・グッドマン』の外装を装着していた。工場長だった一人目の、いわばオリジナルの容姿だ。二百万年ほど前から、なんだかんだでこれが一番落ち着くなあと思って、必要のない時以外はこの姿を維持するようになっていた。中身は全然違うし、様々な環境で正常に動作するための特性を加えているけれど。服装はもちろん、右脚の怪我も再現してるし、杖も持ってるよ。

 ニャントコ星人は、天体ショーを眺めていた私の背中に、彼ら独自の言語で語りかけてきた。

「えっと、はじめまして」

 一瞬で言語分析は終了し、私の情報処理臓器にインプリントされていた。私は振り返り、彼らの言葉で語りかけた。へえ、音声言語なんだ。

 私の前に、三名のニャントコ星人がいた。皆、私より背丈はかなり小さい。

 灰色の体毛の個体が前に出ていて、私に話しかけてきた。

「我々はニャントコ星人です。私はその代表のシベリです。あなたが銀河複合体連盟の影の支配者であるグッドマンさんですね」

「はい、そうです」

 ……それにしても、おかしいな。私がそう思いながら部屋を見回していると、シベリは冷静な口調で教えてくれた。

「どうやってこの部屋に我々が入ったのか、という疑問があるのですね。回答します。我々の目的を第一義とし、この基地とその周囲に存在する防衛装置及び、あなた以外の生命体は全て排除しました」

「なるほどー」

 へえ。面白いなあ、と私は思った。『こういう態度』で接触する種族は久しぶりだったからだ。

「ところであなたたちの目的は? 私の誘拐?」

「はい」

 とシベリは即答し、続けて、私にあることを伝えた。

 それには、流石に私もびっくりした。

 灰色のシベリは、

「実はあなたという存在は、あなたの故郷である地球単位における約六百八十万年の間、我々ニャントコ星人が操っていたのです」

 ――と、言ったのだった。



 ◆



 私はニャントコ星人三名に連れられて、基地のドックに停まっている彼らの船まで移動した。

 道中、シベリは、私がかつて『ウィリアム・グッドマン』というヒトの一個体だったこと、『転生』を繰り返しながら『直感』に従って裏から人類文明を推し進め、様々な宇宙の知的生命体種族を管理し、結果的に銀河複合体連盟の影の支配者となった――という事実を告げた。私は素直に驚いた。

「私の力のことは過去を遡ってもほとんど誰も知らないのに。よく知ってるなあ」

「操っていましたから」

 シベリは当然のように答えると、私の肩の上にいる紅い機構生命体を見る。

「これはなんですか」

「私の服装の一部だよ」

「そうですか。入ってください」

 うーん。分かっているのかいないのか、どうでもいいのかな。

 私は、自分の左肩に『グリーン』を止めていた。かつて地球に存在した鳥類の一種、紅いインコ――の姿を模した、機構生命体だった。オリジナル・グッドマンはこういう生物を飼っていたよなあと思い出して、私も飼うことにしたのだ。ただ、今は籠には入れていない。籠には勝手に移動されると困るから入れていたのであり、自在にコントロールできる今はこうして肩に止めたりしている。ある程度のランダマイズド行動もするように設計していた。そういうのがないと面白くないし。多少の言語発声能力があったことは覚えているので、私に情報を教えるナビゲーション役にもしている。

『キィ、キィ、危険度、タカイ。ワカッテル、ウィル?』

「うん、判ってるよ」

 私が指先を添えると、グリーンは頭部を六百度ほど回転させた。確かオリジナルの私たちもこんな感じでコミュニケーションしていたと思うので、導入した機能だった。



 ◆



 ニャントコ星にはすぐに到着して、観光する間もなく私は『手術室』なる場所に連行された。

「ウィリアム・グッドマン。あなたという存在は、銀河複合体連盟のような組織を効率的に発展させ維持するために我々が造り出したものです。そして今、その期限が来ました。これより、私たちが与えたあなたの『直感』と『転生』の能力を完全に消去し、連盟の支配権は我々が引き継ぎます」

「あ、そう。どうも」

 私はシベリたちに言いながら、丸っこい手術室を二つの目で見回していた。部屋も中の装置も、ニャントコ星人には大きすぎるサイズだ。私に合わせて作ってくれたのだろう。ありがたいものだ。

 私の体がちょうど収まる装置を見てから、シベリは告げた。

「この装置により、あなたの脳に適切な処置を施します。それであなたという存在に固有の特殊能力は消失し、あなたは完全に絶命します」

 早速、私は装置へと導かれた。私を固定するための手枷と足枷がある。自分で付けるから大丈夫だよと彼らに告げて、私は足を進めた。

 割と大胆な装置だった。前にある金属の回転刃を操作して、動けなくなった私の頭部を直接切り開くらしい。

「それにしても、すごいねえ。君たちのそれ」

 と、抹殺装置の手枷を自分の左手首に付けながら、私は言った。

「……?」

 ニャントコ星人の一団は、憮然としている。

 言葉の意味が分からないようだったので、私は続けた。

「すごいリーディング能力だよね。会ったこともない私に気付かれることもなく、遠方から記憶を読み取るなんて。私は宇宙の色んな種族に会ったし、そういう特殊能力を持つ者も大勢見たけれど、君たちの力はその中でも一抜けている。興味深い進化をしたものだ」

(……どうして、それを)

 私は、目の前のシベリが考えたことを、そのまま声に出してみた。

「どうして、それを、って思ったね」

 シベリが、眼を一回瞬いた。

(なぜだ。どうして、心が読めない)

「なぜだ。どうして、心が読めない、って思ったね。心理障壁のレベルを一つ上げたことにも気付かないなんて。それは怠慢だと思う」

 ニャントコ星人たちは、明確に狼狽し始めた。黒い眼をぱちくりさせながら、手術室の仲間たちと顔を合わせる。おいおい、可愛らしい反応だなあ。

 私を殺す予定だった装置の足枷を自分で嵌めながら、彼らに言った。

「君たちの計画はさっきからバレてるよ。私の力を取り去ることなんて最初から君たちには不可能だから、私を意思のない人形にして君たちが連盟の主導権を握るみたいだけど、それは無理だろうね。連盟の管理は君たちが思うより難しいんだよ」

(……ど、どうして、貴様が我らの心を読める)

 ニャントコ星人が必死で疑問に思っていたので、私は淡々と答えた。

「えっと。今言ったように、私はリーディング能力を持つ種族にも沢山会ったけど、彼らのそれは君たちニャントコ星人が生来から持ってるほどの力ではなかった。でも、彼らの力を解析してモジュール化、こうして私の道具として用いることは容易だ。サイコシールドとかもね。さて、問題です。その道具はどこにあるでしょうか?」

(そこか!)

 シベリが思考したと同時に、私の左肩で何かが弾ける音がした。肩に止めたままだったインコのグリーンが爆散したのだ。彼もなるべくオリジナルの姿に近づけて造っていた。機構生命体の赤黒い擬似血液が、私の服やら顔やらに付着した。

 ……あれ。

 少し、腹が立つな。

「ぶぶー。間違い。正解は亜空間だよ。君たちはサイコキネシスも持ってるんだねえ」

 私は、部屋の隅に置かれた杖を、私のサイコキネシスで右手に引き寄せて。

 ニャントコ星人どもに告げた。

「では死ね」

 三回。

 こん、こん、こん。

 と、私は杖の底で手術室の床を叩いた。

 次の瞬間には、その信号に反応、宇宙における連盟の支配領域に張り巡らされた端末群が同時に、ニャントコ星とその系列星の全てに対してある種の負荷を掛けた。それは通常惑星にとっては強すぎるものだったので、中心核を異常状態にしてしまう。

 ニャントコ星人の住まう星たちは同時に核から爆発し、塵となって消滅した。



 ◆



「やれやれ。困っちゃうなあ」

 私は両足と左腕に付いた枷を眺めながら、呟いた。枷だけ残している。

 宇宙空間だった。私が監禁されたニャントコ星から三光年ほど離れた位置に転移している。崩壊した星たちの仄かな煙じみた残滓が、宇宙の暗黒の中で良く映えた。

 私の左手は二本の尻尾を掴んでいる。シベリだった。とても苦しげに蠢いている。ニャントコ星人の肉体は宇宙空間に適応できるものではなかったけど、私の肉声が聞こえる程度に周囲の環境を変化させている。

「君たちニャントコ星人は」

 私はシベリに言った。発狂したのか、変な思念波が彼から漏れている。聞こえているかなあ。私は続けた。

「類稀な特殊能力を自然的に獲得していて、それなりに高レベルな文明も築くことができた。しかし、そこで満足してしまった。それが君たちという種の限界だった。“脆い”よ。君たちの管理システムは『不足感』のコントロールはしていなかったの? 文明を発展させる最低条件だよ。私の座を乗っ取るなんて、虫が良すぎる。――あ、来た」

 ニャントコ星人が支配していた領域の周囲に、僅かな生き残りがいることは把握している。私は目を凝らして、彼らが放った超光速ビームの色を見ていた。ああいう系統かあ。

「遅いなあ。精度も悪い」

 ビームが私の位置に到達した時には、もう既に私は彼らから完全に逆方向の位置に転移していた。

「さようなら」

 右手の黒杖を前に掲げて、ニャントコ星人の残党がいる宇宙空間の景色を、すっ、と横に撫でた。

 連盟の支配領域にある端末たちが私の動作と意思にあわせて起動、その辺りに存在するあらゆる物質を完全に消滅させた。

 代わり映えのしない宇宙空間の中で。

 私は左手に持っていたシベリに向けて、言った。

「戦闘能力もてんで駄目じゃないか。ありふれてるし。もっとユニークなものを期待してたのに。銀河間レベルでの争いにはとても対応できたものじゃない」

 シベリの丸い体は、尾を持つ私の左手を軸として浮かんでいる。もうもがくのもやめていた。諦めたのかな。そういえば、これで唯一生き残ったニャントコ星人個体ということになるね。

「興味深い新種を発見、捕獲したよ。極めて高いテレパシー能力を持っている。徹底的に調査して。期限はなし、レベルは最大で」

 私は、私が支配する組織の中央ラボに向けて言った。私が意識しているので、その言葉はラボへの通信となる。

 次の瞬間、左手に持っていたシベリが跡形もなく消失した。ラボに転送されたのだ。

 シベリは、これからラボの研究対象として、死ぬこともなく延々と傷めつけられては再生され実験材料として扱われることになる。光栄に思ってね。私たちの連盟の発展に寄与できるんだから。

『キィッ、キィッ! 少シ、ヤリスギデハ、ウィル?』

「えっと。君は何号だっけ?」

 私は、左肩に転送されていた紅いインコの『グリーン』に訊ねた。彼は、独特の声音で回答した。

『ぷろとたいぷモ含メルト、六千三百三十八号ダヨ、ウィル。キィッ』

「そっか」

 私は頷いた。お互い、結構転生したものだね。やり方は違えど。

 ふと、頬に付着した液体を左手の指先で拭って、見つめる。擬似血液だった。さっきまで生きていた、インコ型機構生命体の。

「前の六千三百三十七号は一緒にいる期間も長かったし、お気に入りだったんだ。代わりがいくらでもいるにしたって、それをああやって殺されると、ちょっと怒っちゃうよ」

 私に反応して、六千三百三十八号グリーンは。

 思いもがけない、ランダマイズド発言をしてくれた。

『マルデ人間ミタイダネ、ウィル』

 そうだねえ、と私は答えた。



 ◆



 改めて思ってみれば、『直感』がニャントコ星人に付いていくことを私に許したのは、私に彼らのような輩の存在を把握させるためだったのだ。

 彼らとの接触で、私も少し気を使うようになった。

 ニャントコ星人のような、私を騙して利用するのが目的と思われる連中と接触した場合、私は無数の別次元領域に確保した演算装置に相手について計算させる。

 敵性を有しているか。虚偽か否か。そうであると解釈可能か。

 そして、計算結果として、私の肩の上のグリーンが答えてくれるようにした。

『解釈可能』と。

 あとは煮るなり焼くなり好きにすればいいだけの話だった。

 何回かそういった手合いが現れ、何回かそういった処理を行った後。

 私を騙そうとする生命体も、いなくなった。



 ◆



 およそ二十億年で、私の生まれた一つの宇宙の、私のシステムへの取り込みが完了した。



 ◆



 今まで通り、私は拡大と管理を続けていった。

 持続的な研究と改良の結果、もう私の個体が死ぬことも珍しくなった。『転生』と『直感』の力の正体は未だに不明だったが、その特性を計算することは容易だった。『転生先』は、要は知的生命体ネットワークの管理者になりさえすればいいのだ。演算結果として導き出した私の次の『転生先』を大量に生成して亜空間に保管し、私が死んだ場合は同じ位置に転送させるシステムを構築した。これで妙な生命体として転生する可能性は激減した。

 私は極力『ウィリアム・グッドマン』の姿でありつづけながら、別次元の宇宙や、並行宇宙にも手を伸ばしていった。

 並行宇宙の処理は今までとさほど変わらない。システムに統合し、その生命体たちを管理するだけだ。

 不思議だったのは、並行宇宙にも『私』のような存在がいないことだった。残念だった。いると思ったんだけどなあ。『私』が存在しないために、並行宇宙における知的生命体の管理は明らかに効率の面で劣っていた。技術面でも『私のいる宇宙』が最も先行している。なので、それらを統合するのは容易なことだった。

 少し変わっているのは別次元だ。五次元時空を超える宇宙にも、もちろん生命体は存在していた。私は彼らの正体を『直感』の力で把握し組織の一部への統合を始めた。まあ、次元の数字が多いからってどうというわけではない。ちょっと認識のパターンを変えるだけで対等になれるし、高次元知的生命体が優勢である面もさほど見られなかった。

 高次元時空生物が本質的に内包してしまう弱点として、環境による諸要素が複雑化するほど、生存するための最終的な構造が単調になってしまう傾向が挙げられる。

 彼らを御するのは、巨体だけが自慢の宇宙種族をそうするのに似ていた。単純な力任せに誤った進化をしてしまった彼らは、我々が知性と技術を用いれば容易に制圧可能な存在だった。もちろん、高次元宇宙における知的生物のすべてがそのような訳には行かなかったが、全体的な傾向は確かにそうだった。彼らは、自らのいる次元の高さそのものに胡座をかいてのぼせていたのだ。いつも通り、私は着実に高次元世界における版図を広げ、彼らをネットワーク内に組み込んでいった。

 後に分かったことなのだが、どうやら我々四次元宇宙生物こそが、もっとも適度な段階に制限された環境において、宇宙中に多種多様な特性を有して出現したことで、結果的に現状のような高度な知的発達を促す環境に置かれているようだった。彼ら高次元生命体からではなく、我々から向こうへの介入が始まったのがその証左と言えるだろう。もちろん私の力もあるけど。

 また、同時に進められていた低次元時空とその文明への探索においても、我々の優位性が際立つ形となった。二次元、一次元空間に発生した奇妙な生物たちはその発生原理こそ面白かったが、本質的には知性獲得には程遠い原始的生物と変わりなかった。彼らとその世界を理解し、掌握するのは高次元のそれに比べて実に簡単なことだった。率直に、複雑性に欠けた。そして彼ら低次元時空生命体も、私の管理する知的生命体ネットワークの末端となった。




 こうして、軽く六十億年ほどを掛けて、私が観察可能な全ての並行宇宙と別次元空間の知的生命体の管理が可能になった。

 一つの宇宙を管理するまでの、それまでの工程よりも簡単だった。

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