異世界に来たら何故か会話が出来るだけで大任を与えられたのだが

@tamutamu81

第1話 プロローグ

(あれ……? もしかして、これが最近よくアニメ化されている異世界転生って奴なのか……?)


 藤森誠(ふじもりまこと)は特に問題を起こすような生徒でもない、ごく普通の高校三年生だった。

 高校卒業後は進学はせず、年間休日が非常に多い水産加工会社で働く予定だったのだが、それはもはや過去の事。

 彼はある日、いつも通り自宅で寝ていたのだが、いつものように目を覚ますと、何も無い野原の中心に放り出されていた。

 マコトは夢では無いかと何度も頬をつねって確認をしたものの、現実と同じように痛覚を感じハッキリと意識がある。

 見渡せば野原、そして見渡せばどう見ても相見える事の無いであろう異形の生物たち。

 どうやら、マコトは受け入れる他に無かった。見知らぬ世界にへと転送させられてしまったという、この現実を。

 マコトは寝間着姿のまま、裸足のままで逃げる様に駆け巡った。安息の地を追い求めて――。


「で、ここに来たという訳ね……」


 そしてマコトが命からがらやっとの思いで辿り着いた町、アリアント城下町。

 初めに出会い、マコトから事情を聞いた城下町の門番から案内され、辿り着いた役所の窓口で応対する男性は、呆れたような口ぶりを見せながら寝間着姿のマコトを見つめる。

 寝間着姿のまま外に出ているというのが少し恥ずかしかったからなのか、マコトは少し恥ずかしそうに俯いていた。


「えとさ、ここまで自力で来たって事は、君はこの国の言葉は分かるんだよね?」

「あ、はい……」


 怪訝な表情で見つめてくる男性の問いに対し、マコトは申し訳なさそうに頷くばかり。

 傍から見れば、いきなり違う世界からやって来た等と宣う人物等、胡散臭いにも程がある。

 マコト自身もそう思われても仕方ないと思っていたのだが、窓口の男性は神妙な面持ちを浮かべながらこう語る。


「いや、なぜか最近多いんですよ。別の世界から来た、って人がね……」

「えっ、そうなんすか?」

「そうなのよ、でも大抵はどの子もこの国の言語技能を持ってないみたいだからさ、応対しようにも応対できないんだよね」


 予想外の言葉にマコトは素直に驚く。

 なんと、別の世界からやって来ているのは自分だけではないらしい。

 しかも割と多いという事を聞いてか、後先見えず絶望の淵に立っていたマコトの表情も少しずつ和らいでいく。

 しかし聞きなれない単語が一つ。どういう事か分からずにいたマコトは、思わずその場で男性に訊き返す。


「げ、言語技能って何ですか?」

「ああ、そうだった。君には技能という制度がよく分からないんだったね」


 窓口の男は苦笑いを浮かべると、理解が追いついていないマコトに対し優しく説明する。


「この世界では大体の技能を経験値って言うのを消費して覚えるようになってるのさ、この履歴書(スキルカード)ってやつでね!」

「ス、スキルカード?」


 突如、窓口の男性が何もない所から取り出した書類は、マコトも身に覚えがある現実世界の履歴書に酷似したものであった。

 名前、住所、年齢、写真や職歴や学歴、免許資格の項目。

 いくつか現実世界の物とは違う点もあったものの、それはまさしくマコトの世界でいう履歴書そのものであった。

 男性はそのスキルカードと呼ばれている履歴書の免許資格部分を指示しながら、マコトについてスキル制の説明を簡単に纏める。


「この世界では一歳になるとこの履歴書ってのが自動的に生成されるようになっていてな、生きている内に得る"経験値(キャリア)"ってのを消費して様々な技能(スキル)を得ることができるんだ」

「へぇ……、じゃあ自分もその経験値ってのを消費して今、この国の言葉を喋れているって事なのかな」

「そういう事だ、履歴書は念じればいつでも取り出せるから確認してみてくれ」


 どうやら言語技能以外にも、この履歴書というものを使うといろんな技能を習得できるとの事だ。

 窓口の男曰く、マコト以外の人物は言語を理解する事も話す事も出来ない状況でこの街にやって来ているらしい。

 何故自分だけが言語技能というものを習得して、こうして人と会話する事が出来るのかは分からなかったマコト。

 自分はどのような技能を持っているのだろうかと、不安を感じながらもマコトは窓口の男に言われた通り念じてみる。

 すると、彼の手からは窓口の男が取り出した履歴書とほぼ同じものが突如現れ出す。


(うわ、本当に出た……)


 現実世界ではあり得なかった不可思議な現象を前にするも、マコトはやや冷えた反応をし、この世界に適応する素振りを見せた。

 取り出した書類の免許資格の項目には、ズラリと沢山の文字が並んでいる。

 文字は現実世界で使用している日本語では無かったものの、文字を目の当たりにするとマコトの脳裏に直接文字の意味が浮かび上がってくるようになっていた。


「どれどれ、見せてくれ」

「あっ……」


 しかし、書かれていた文字を理解する間もなく、窓口の男に履歴書を取られてしまうマコト。

 一体どんな技能を覚えているのだろうか、というよりもどんな技能が良いのだろうか。

 ここに来る道中、得体のしれない幻想生物のようなものを見て来たのだが、そんな生物と対峙するのにふさわしいスキル等があるのだろうか。

 せっかく異世界転生したのだから、何か特別な技で表舞台で喝采を浴びるような活躍をしてみたい。そんな欲を少しだけ彼は表情に出していた。

 けれど、突きつけられたのはマコトの思っていた事とは全然違う内容だった。

 

「こ、これは凄い……! この年齢で言語技能を全部踏破している……、だと……!?」

「言語技能……?」

「おいおい、ウソだろ……? 全地方の方言や古文まで全部習得してるとか俺でもこの国の一般的な言語しか理解できないのに、……これは凄い!」


 一人勝手に盛り上がる窓口の男に、困惑するマコト。

 よくロールプレイングゲームをしていると、見知らぬ土地の石碑や看板を読んだり、何処の国に行っても普通に会話出来るのが当たり前である。

 何を今更そんな事で驚いているのだろうか程度にしか、言語技能に魅力を感じていないマコト。

 もしかしたらこれ以外に能がないのかと嫌な予感を感じていたのだが、突如窓口の男に肩を左右両手でがっちりと掴まれると、男は嬉しそうにこう言い切った。


「こんなマルチリンガル見たのは生まれて初めてだよ! 君は間違いなく国を動かせる人間になれるはずだ!」

「ちょっとちょっと、落ち着いて下さいよ……。言語技能以外には何があるんですか?」


 どうやら、窓口の男は言語の事でマコトに転生の才、もとい天性の才を感じているようだが。相変わらず冷めた反応を見せるマコト。

 マコトは言語技能よりももっと華やかな技能に期待をしていたのだが、窓口の男は首を横に振りながら、満面の笑みを浮かべさらりと流す。


「言語技能しかないみたいだよ? 身体能力も子供並みたいだから肉体労働系は難しそうだけど」

「そ、そんな……」

「だけど君の言語技能は才能だよ! このご時世、力よりも知力だからねぇ!」


 どうやら、マコトにとっては当たり前のように感じていた事は、この世界においてはとんでもなく重宝されている様であった。

 考えてみると、これは現実世界で言えばどの国に言っても会話に困らないのだから、この能力は凄いものなのかもしれない。

 それにマコトはこれまで生きて来た中で、何かと命がけで戦った事など一度もない。

 故に戦闘の技能を覚えていて戦場に駆け出されるよりも、こういった役に立つ技能を覚えていて安定した生活を送れる方が都合が良いのかもしれないと彼はすぐ様納得する。

 終始暗かったマコトの表情が、窓口の男に持ち上げられた事により少しだけ明るくなると。窓口の男はマコトに対しある提案を持ちかけた。


「もしよかったら、俺から大臣に推挙してあげるけど、どう? この国でその才能を生かした仕事についてみないか?」

「俺の才能を……?」


 実感の湧いていないマコトに対し、窓口の男は矢継ぎ早にマコトの事を褒めちぎる。


「ああ、もしかしたら国際会議の通訳やら任せられるかもしれない。いや君の能力なら間違いなく抜粋される筈だ!」

「へぇ……、そこまで言うなら……、やらせて頂きます!」

「よし、じゃあ早速手続きを済ませよう! 君をこの国の国民として大臣に迎えてもらえるように俺が言っておくから!」


 目の前にいる男に将来を約束され、安堵の表情を浮かべるマコト。

 水産加工会社で働くはずだった男は何故か、異世界で国家に属する、謂わば公務員として迎え入れられることとなった。

 しかしその仕事は、安定とは程遠いものである事を彼はこの時は知る由も無かったのである。

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