第28話「魔力無効化」

 家来による、魔力無効化の魔法の詠唱が終了した。

 家来の杖に魔法の塊がまとわりつき始めるのを、アヤタカの目が捉える。無色透明なそれは、確かな恐ろしさを秘めながら、そこに控えている。

 魔力無効化は数発。当たれば終わり。

 「サイオウ、どうする!」

 向かい合わせのようにして座っているフレイヤが叫ぶ。

 前に座りながら家来たちへの迎撃のため後ろを向いているアヤタカに、後ろに座りながら槍の操縦のため前を向いているフレイヤ。向かい合わせの気まずさに、本当は逆に座れたらよかったのに、とお互いに思わずにはいられなかった。見えないなりに、フレイヤも後ろの状況を察したらしい。

 額に汗をにじませながら、アヤタカは必死になって考えた。

――どうする、地道に避けるか、それとも。

 アヤタカの、魔力の光が宿っている若葉色の目が、鋭くなる。

――勝負に出るか。

 そのアヤタカの目が見えていたのかいないのか、家来のうちの一体がその目に対抗するかのように杖を構えた。

 一つの杖から、魔力無効化の魔法が放たれる。

 それは真っ直ぐ、空気を切り裂きながら伸びてくる。

 アヤタカは咄嗟に全ての剣を、自分とその魔法の間に移動させた。

 剣が銀光を放ちながら飛んでくる。カシャン、カシャンと合わさり、盾のようにアヤタカたちを守る。

 ばしゅっ、という音を立てて、魔力無効化が剣に当たった。すると剣はまるで魂を抜かれたかのように、力なく落ちていった。

 外からの反射光をばら撒きながら、剣は硬質な音を立てて床に当たった。

 アヤタカのこめかみに汗が流れる。

 そしてフレイヤにだけ聞こえる声でこう伝えた。

 「フレイヤ、速度落として。」

 低めた声に、抗いもせずフレイヤは従った。

 家来たちの目の色が変わる。

 一斉に打て。

 そう命令が下された。

 杖が一斉に構えられる。透明な魔法が杖から飛び出し、唸りを上げて四方八方から襲いかかる。

 アヤタカは静かな目でそれを見ていた。

――できる!

 アヤタカは目を見開いた。彼を中心に、爆発するようにして魔力が放たれる。

 渦を巻き、それは家来たちの放つ魔法を飲み込む。その途端、アヤタカの魔法は光を増した。

 放った魔法は。

――宿題で出た魔法!

 アヤタカの耳に残るウフフウフフという笑い声。思い出されるのはあの先生のつまらない授業。果てに蘇るのは、あの先生の声。

 『そうそうこの呪文はね、そのままお返しするの相手の魔法を。』

 宿題に出されて、この旅行中必死にやっていたあの魔法。

 アヤタカはとりあえず、やり返し魔法、と呼んでいた。

 やり返し魔法は、魔力無効化の効果を帯びながら、爆風のように広範囲へ広がっていく。

 全ては防げなかった。いくつかはやり返し魔法の壁を突き破って、アヤタカとフレイヤに襲いかかってきた。

 魔法にかけられ、フレイヤ操る乗り物の槍が、ガシャンという派手な音を立ててその場に落ちた。二体は投げ出されるようにして、床に激突する。

 「かはっ!」

 背中を打ち、アヤタカは思わず息が漏れ出た。肘も擦ったらしい、起き上がる際に、つきんと痛みが走った。

 上に乗っているフレイヤごと、痛む腕で体を起き上がらせる。そして、体の奥がつっかえるようなあの感覚を覚えた瞬間、確信した。

 自分たちの魔法は、封じられたと。

 しかしアヤタカは、急いで起き上がることはしなかった。

 何故なら目の前で同じように、家来たちが動かなくなった乗り物に投げ出され、地べたに手をついていたから。

 自分に被さったヴェールをどかしながら、フレイヤが後ろを向いて呟いた。

 「どうしたんだ、これ……」

 アヤタカは震えそうな声で、なんとか答えた。

 「あの、昨日の馬車でフレイヤにも教えてもらってた、やり返し魔法……やった……。あっちも今、魔法を使えなくしました……。」

 はは、と意味のない笑いをアヤタカがこぼす。

 フレイヤは床にしなだれたまま、茫然とそれを聞いていた。

――すごい。

 そんなことを思いながら。


 「魔法が使えません!」

 「あいつ、絶対になんかやった!」

 「ひるむな! 手で捕まえろ!」

 家来たちが体制を整えるまで、時間はかからなかった。すぐに足で走り、二体の元へ突撃する。

 「フレイヤ、走ろう!」

 アヤタカの声に従い、フレイヤも走り出す。

 ざっざっ。

 ざっざっ。

 ぜえ、はあという息がすぐに後ろから上がった。アヤタカにとっては少し走っただけで、フレイヤは完全に息が上がっていた。

 アヤタカは後ろを見て吠える。

 「フレイヤ! 追いつかれちゃ……追いつかれ……」

 アヤタカの口が止まった。視界に入ったのはヴェールをドレスのようにはためかせながら、汗の雫を流し走るフレイヤと、そのはるか後ろで、同じようによろよろと苦しそうに走る家来たちだったから。

 アヤタカは、それが見事な連携をとって高度な魔法を操っていた集団だと思えない、そう思った。

――あの家来さんたち、体力なさすぎじゃない?

――いや違う、おれが体力ついたのか!?

 「アヤタカ、もう、だめ……」

 フレイヤがとうとう限界を口にした。手を がっしと掴んで、引きずるようにして走ってもみた。が。

 フレイヤに思ったよりも体力がなく、じわじわと家来たちとの距離が縮まっていった。

 アヤタカは前を見る。まだ先は長い。そもそも、どこまで先があるのか見えなかった。

――このままじゃどっちにしろまずい!

 「フレイヤ!」

 アヤタカは腹を決めた。

 「先に行って! 足止めするから、その間に距離を稼いどいて!」

 もう考える気力もないのか、フレイヤは何も言わず、よろよろと先へ走って行った。

 アヤタカはスピードを落としながら、その後ろ姿を見送った。

――ふざけるな、とか、どうやって足止めする気だ、とか聞いてくると思ったけど……まあいいや……。

 少しだけ寂しいアヤタカは、下に小石や痛そうなものがないことを確認してから、うわーと言ってその場で転んだ。

 しばらく突っ伏した後、今度は生まれたての子鹿のごとく、立てそうだけど立てませんを繰り返した。

 アヤタカのその様に、しめしめと家来たちの顔が悪く染まる。

 しかし生まれたての子鹿を演じるアヤタカの顔はさらに悪かった。誰からも見えない角度で、とても悪い顔をしていた。

 家来がアヤタカに追いつく。首根っこを家来に掴まれたその時。

 アヤタカはその腕を素早く掴み、そのまま背負って、投げた。ぶわっと相手の体が浮かぶ。ばん! と大きな音を立てて、家来が体を床に打つ。受け身が取れておらず、家来は頭も床に打っていた。顔が苦悶の表情に歪んでいる。

 アヤタカは心の中で叫んだ。

――やっててよかった、武術の領域!

 正直アヤタカは、道場の子たち相手では一度も投げ飛ばせたことがなかった。しかし目の前の家来たちは隙だらけで、面白いくらいに簡単に投げ飛ばせた。

 慌てふためく家来たちの口から、今何した、魔法か、という声が上がっていた。

 アヤタカが、一歩、と前に出る。

 家来たちが、半歩後ずさった。

――よし、十分にこけ脅せたみたいだ。

 それでもアヤタカをかいくぐってフレイヤの元に進もうとする家来には、首根っこを掴んで足払いをかけてやる。

――体育が根付いてなくて、本当に良かった!

 アヤタカは体育のマイナーぶりに感謝を捧げながら、向かってくる家来、進もうとする家来に対してちぎっては投げを繰り返した。

――もう十分引き離したかな。じゃあ、俺もそろそろ追いかけに……!

 どかっ。

 唐突に背中に、強い衝撃を感じた。

 痛みを感じる暇もなく、床に投げ出される。

 後から痛みが襲ってくる。そこでようやくアヤタカは、自分が何かに攻撃されたということに気が付いた。

 そして衝撃を感じる直前に見えた、白い光。

――今のは、魔法……

 痛みで視界が定まらない。息ができない。

 フレイヤが進んで行った方向から、ぞろぞろとたくさ足音が聞こえてきた。

 それは第二陣の家来たち。

 中心にいる男は、片手でフレイヤの両手を掴み上げている。そして余ったもう片方の手には杖を構えて。

 アヤタカは痛みで軋む体に鞭打って、床に頬をこすりながら懸命に振り向いた。

 「フレ、イヤ……」

 フレイヤはこうべを垂れ、自分で立ってはいるものの、気絶しているのか起きているのか分からない。

 フレイヤを捕まえている男が喋る。見たことのあるその顔は、フレイヤの転生の儀を伝えにきたあの男だった。

 「やれ。」

 低く放たれたその言葉には、殺意がこもっていた。

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