第23話「運命の定義」

 家来たちは、門の前で待ち構えていた。

 それどころか整列をして、不必要なほど大仰に待っていた。

 家来たちが構える杖。そこから飛び出す、無色透明な魔法。

 ずいぶん前から用意していたんだな、フレイヤはかけられた魔法から、そう悟った。

 かけられたのは、魔力を封じる魔法。長い詠唱と莫大な魔力を必要とするため、滅多なことでは使われない。かけてしまえば無敵となる魔法。

 馬車が止まる。家来に、引きずり出され

 アヤタカは、三体の家来に。自分は、グレーの瞳をした妙齢の家来に。それぞれが離れた場所で押さえつけられ、家来に囲まれていた。今の今まで馬車を操っていた御者は静かに目を伏していた。このことを、知っていたのだろう。

 グレーの瞳が近づく。荒れた声が耳に届く。

 「奴隷、フレイヤ。転生の儀式の日取りが決まった。来い。」

――転生、の――

 一瞬、何を言っているのか分からなかった。それは、貴族と姿形を入れ替える時が来た、自分の奴隷としての役目を果たす時が、来たこと。

 それがもうじきなことは分かっていたため、驚くことは無いはずなのに。それでも驚いてしまった。

――だって、何かがおかしい。今まで見た転生の儀式の迎えに、国王直属の家来たちなんて来なかった。こんな仰々しい迎えは無かった。

――まさか。

 フレイヤを捉える家来の男が、ゆっくりとそれを宣告した。

 「国王がお前の姿をご所望なさった。」

 まさか。

 紫色の瞳が、浮かび始めた空の星をうつして揺らいでいる。

 「国王に望まれる光栄に感謝せよ。」

 「……あり得ない……」

 フレイヤの口が勝手に動いた。

 「私の……私を買った貴族はどうした、私の主人はそっちだろう!」

 「貴族は王に仕える立場だ。王が欲しいと言えば、差し出すのが当然だろう。他国の学校に通うことが許された奴隷なんて珍しいからな。国王が興味を持たれたそうだ。そうして初めてお前の姿形を知り、いたく気に入った。今回お前を呼び戻したのも、国王の命によるものだ。お前はもう、あの貴族の所有物ではない。我らが主の所有物となったんだ。」

――そんな、ばかな……。違った、エンブレムじゃない、私の、迎えだった。王の、所有物……?

 フレイヤは、自分でも意識せず独り言をもらしていた。

 同じように驚き、そしてそのフレイヤの姿に、思わずアヤタカが吠えた。

 「フレイヤ!」

 帰ってきたのは、冷たいグレーの視線。灰の目をした男に掴まれたフレイヤは、まだ茫然と立っているだけだった。

 「やれ。」

 アヤタカを抑えていた三体の男のうち一体が、アヤタカの頭上に杖を振り下ろす。

 アヤタカの頭上で青い光の粒が現れた。その色は、宮殿で見たバラのような青。

 すると、自分の手の甲からも光が溢れた。それは自分の手に記された、銀に輝くエンブレム。それが青い光の粒をまとって、どんどんその形を崩していく。やがてその不明瞭な光は腕へと広がり、ぐんぐんと……。

 「フレ……!」

 そこで、アヤタカの意識は途切れた。

 意識が入れ替わるかのように、フレイヤが正気を取り戻した。倒れ伏すアヤタカを見て、直感する。

 「記憶を……!」

 フレイヤは思わず火を出そうとしていた。しかし体の中で何かがつっかえて、魔法が出ない。フレイヤが魔法を出そうとしているのを、背後で掴む男が気付いているのかいないのかは分からなかったが、その声には無力を笑う嘲りが含まれていた、フレイヤはそう思った。

 「ほお。奴隷のくせに、記憶のことまで知っているのか。そうだな、もう記憶の消去は完了した。」

 記憶の消去は、完了した。

 簡単な一言だった。簡単な手続きだった。

 倒れ伏す相手に何を言ったって、もう遅いだろうに。

 きっと吠える姿は、無様に映っただろうと思いながら。どうしようもなく、フレイヤは叫んでいた。

 「ばかもの……! どうして、どうして来てしまったんだ! あのまま会わなければ……見つけてくれたかもしれないのに! また、探してくれるって……探してくれるって信じてたのに!」

 最後の言葉は、まるで自分の言葉では無いかのようだった。






 ろうそくがぼんやりと、暗闇で揺れている。

 小さなろうそくひとつしか灯りの無い、小さな部屋で。フレイヤはベッドの上にただただ座っていた。

 炎から生まれてきた子どもとして、この世界に生を受けて。

 売られてきた時のことは覚えている。生まれた小さく寂れた山村が、売り物ができたと喜んでいる。

 私は、美しい子どもがいると聞きつけて、家来が連れ出しに来るような経緯でここに来たのではない。同郷の者が私を商品にできそうだと踏んで売りに出したに過ぎなかった。

 だから、あの宮殿では他の者よりも随分と幼かった。

 しかしそれにも関わらず、貴族たちは私の容姿を欲しがった。それもあってか、他の奴隷たちからは随分反感を買った。私はそれを煩わしいなと子供心ながらに思い、しかしそれ以上に、私に価値があると踏んだらしい他の奴隷たちが、妙に優しくし始めたことに煩わしさを通り越して嫌悪を覚えた。その時から片鱗が見え始めていた、付き合いを面倒に思う気性。話しかけられるのは面倒くさくて、懐かれるのはもっと面倒だった。

 ここでの育ての親からは何故周りと仲良くしないのかとよく聞かれたが、私としては理由を求められても困るだけだった。

 だから、今どうすればいいのか分からない。

 どう消化すればいいのか、分からない。

 今この部屋に灯るろうそくの炎は、灯りとしてはあまりにも頼りなかった。灯しているだけの価値はなさそうなほど、それは弱々しかった。

 自嘲気味にその姿を笑い、フレイヤはそれでも、その炎を見つめ続けていた。

 すると炎が、唐突にぼぼぼっ、ぼぼぼぼっ、と激しく揺らぎ出した。

 炎の背が高くなり、低くなり。それを一瞬で繰り返す。

 その異変に、フレイヤは首をかしげ、訝しげな顔で見た。顔を、少し近づけてみる。

 ぱうっ。

 次の瞬間、軽い破裂音とともに、部屋に淡い光の塊が現れた。

――転生の儀を前にして移された部屋は、魔法の使えない特別な空間なはず。そのはずなのに、これはどう見ても魔法だ。どうして、それほど強い魔力が近くに? 

 フレイヤは思わずベッドから腰を浮かし、その白く優しい光に見入った。

 ひとの形をした半透明の光。そしてそのシルエットには見覚えが……

 「おじゃまするね、フレイヤくん。」

 白い光から、水を通したかのように揺らいだ声が溢れた。

 「校長先生……!」

 その声の主は、フレイヤの通っていた魔法学校ラピス・ラズィクの校長、ラズィク・レマンネ。

 彼の姿をかたどる不思議な光が、小さな部屋を優しく包んでいた。

 フレイヤは座っているベッドから立とうとしたが、そのままでいい、と校長先生は手で制した。校長先生はゆっくりと部屋を見まわす。その、光でできた体を動かすたびに、鱗粉のような白い光がくうに舞い、消える。

 校長先生は光の粒を浮かせて、フレイヤに優しく微笑みかけてきた。

 「こうしていると、初めて会った時のことを思い出すね。」

 フレイヤは、気が動転していたせいか、返事をすることも忘れた。そして、今するべき話では無いと分かっていたものの、口は無意識にある尋ねごとをしていた。

 「……校長先生。あの時……どうしてあなたは、私を、ただの奴隷を。あの学校に誘ってくださったのですか。そして何故あなたはあの時に、こんな宮殿にわざわざ足を踏み入れていたのですか。」

 ちらちらと、賑やかなほど舞っていた燐光が、少しだけその動きを静めた。向こうを透かす校長先生の仮初めの姿を、水晶のようだとフレイヤは思った。また燐光がくうに舞い揺らぎ、校長先生は遠い目をして話し出した。

 「私の魔法学校とこの国とは、貿易相手であったりして割と関わりがあるんだよ。私は、ある日聞いたんだ。『この国には、教育を受けることのできない奴隷がいる』……って。

 学校の名前から分かる通り、私は自分で自分の学校を作った。

 私が学校を作った理由はね、ふたつあるんだ。

 ひとつは、子供たちの知らないこと、本来なら一生知ることのできない広い世界のことを教えてあげること。

 広い知識は、武器になる。逆に狭い知識は生きることの邪魔になる。私はそう思っている。そして子どもたち自身でしか学べないこともある。学校で違う種族と一緒になることで、生徒たちは様々な相手がいることや、色んな価値観を自分たちでぶつかり合いながら学ぶ。私は学校という場所で、本を揃え、知識を揃え、人材を揃え……。本で学べること、本では学べないことを学んでもらうための場所を用意したかったんだ。

 そして学校を作った理由のもうひとつは、助けを求めている子の居場所を作ってあげること。

 私は子どもを、その場所だけかもしれない片寄った倫理や思想から守り、連れ出すための場所と口実を作りたかった。

 だからだね。私はそこに、助けを求めている子はいないか。奴隷から抜け出したい子はいないかって探しに来たんだよ。

 でも、行ってみればそんなことは無かった。君を除いて、になるけどね。」

 校長先生が、おどけるように笑ってみせる。

 「私はね、ここにいる一体一体の精霊体たちと話をさせてもらったんだ。でも、みんな助けを求めていなかった。この現状に満足しているんだ。彼らの待つ運命を教えることは……こんな言葉は使いたくないけれども、私の立場からは不可能だった。

 助けを求めていない子を、無理やりどうにかしようなんて私にはできない。何故ならそれは、私が外からの、私の価値観を押し付けているにすぎないことだからね。私にとっては助けるつもりであろうとも、無理やりそれを押し付ければ、今度は私の理念に反してしまう。……難しい、ね。

 そうして、君の番になった。君は周りの子と少し雰囲気が違って、ここを嫌っているのもよく分かった。君は一番最初に、ここから出たい、と言ったね。」

 あの時フレイヤが、面談として与えられていた小さな部屋。

 不審だらけの気持ちで、その部屋で待ってたはずなのに、校長先生の顔を見た瞬間、つい少しだけ安心してしまったことを覚えている。

 学校へ行ってみないかい。学校って何だ。勉強をする所さ。わざわざそれだけのため? まあ、正直に言って、私にとってそれは言い訳に過ぎない、本当は先生という立場で、そんなこと言っちゃだめなんだけどね。じゃあ、何のために? 幸せになるために大事なことを、学ぶためさ。どうやって? それを学ぶために、この学校はあるんだよ。

――君が望んでくれるのなら、私はこの手を打つことができる。しかるべき年齢が来た時、君を学校に受け入れるというね。奴隷の身分? なぁに、私がちょっと駄々をこねれば、学校に通うことくらい許してくれる。

 あの時の優しい穏やかな顔を、荒んだ自分は信じることができなかった。なのに今は、ほんの数時間前まで自分に向けられていたあの笑顔と、この優しい顔が重なってしまった。

 今目の前にいる、光にかたどられた校長先生が手を広げる。動かした軌道にそって、袖のあたりから美しい燐光がこぼれ落ちる。

 「君が望んでくれるのなら、私は君をここから連れ出すための手を打つことができる。」

 あの時と同じ、運命が分かれる柏手の音。

 彼ならば、手の鳴る方へ導いてくれる。

 フレイヤは言葉をこぼした。

 「分からないのです……。」

 なのに今の自分には、そうする気持ちが湧かなかった。

 「うん?」

 今、自分の中に刺さっている棘。

 校長先生ならば、引き抜いてくれるだろうか。

 「私たちは……どこにでもいる、有象無象にすぎないのに。替えが効くのに。なのにその相手に固執するなんて……。そういう相手が気に入ったなら、関係が駄目になっても似たやつを選べばいいのに。なのに、辛い思いまでしてどうして、その相手を取り戻そうと思うのか……。」

 校長先生の顔を、フレイヤは見ることができなかった。見ていたらどうしても、彼、と対峙しているかのような気になってしまうから。

 ふわっと、白い光の粒が目の前を舞った。

 顔を上げると校長先生が自分のそばで膝をついていた。

 神秘的な瞳が、真っすぐ自分を射抜いてくる。

 「どうしたんだい、アヤタカ君と、けんかをしちゃったのかい?」

 その言葉に、何故か目の奥が熱くなった。

 フレイヤはたまらず、また校長先生から目をそらした。そして下を向いたまま、ぽつりぽつりと話し出した。

 「喧嘩……とは、違う気もしますけど……。 私は、彼を傷つけたんだと思います。」

――この宮殿に居た者や役人たち、別の環境に行けば同じような特徴を持った相手はたくさんいて、多少の違いはあれどほとんどが似たようなもの。

――ここでのこいつと仲良くならなくても他の場所にこいつはいる。わざわざ仲良くなっても替えがきくから一生懸命仲良くなろうと思えない。

 今まで自分はそう思っていた。誰かに対して、そうとしか思えなかった。

 フレイヤのその言葉を、校長先生は静かに聞いていた。

 「……あいつみたいな奴は、どこにでもいます。 私のような者も……数え切れないくらい。 その中で、 どこにでもいる替えの聞くような相手と、 どうしたら関係を取り戻したいと思えるか、 仲良くなりたいと思うようになれるのか、 分からないのです。」

 苦しそうに、告白するフレイヤ。それを見て、校長先生はぽつりと呟いてみせた。

 「君は、彼と仲直りがしたいんだね。」

 汚泥のようなものが、フレイヤの胸の中でうごめく感覚がした。

 「そうでしょうか……。そうだとしても、どうすれば替えの聞く相手に固執できるようになるのか、分からないのです。」

 そこまで言って、フレイヤは言葉を切った。

―― どうして私は、こんな恥を上塗りするような真似ばかりしているんだ。どうせ忘れてしまうからと、投げやりになっているのか? どうせ誰も私を探し出せない。顔が変わり、記憶も失った私を誰も探せない。もうこの人生は、終わりになる。

 校長先生は、さらに姿勢を低くして、フレイヤの顔を覗き込んだ。フレイヤの手を取り、両手でぎゅっと握る。

 光でできた手は、まるで絹で撫でられたかのように優しく、心地よい感触だった。

 「君は今、きっと色々なことを考えてるんだね。私はその端っこをちょっと見せてもらっただけだから、今から言うことは君にとって、そういうことを言ってるんじゃないと思う話かもしれない。単なる言葉の揚げ足にとっているだけかもしれない。」

 校長先生はそう前置きして、光の手でぽんぽん、とフレイヤの手を優しく叩いた。

 「そうだね、その通りだ。私のような者もたくさんいるし、私が駄目なら他の私でいい。アヤタカくんと仲直りせずとも、彼のような相手と親しくなりたいならば、他のアヤタカくんを選べば良い。この世界は、替えが効いてしまう。だけどね、フレイヤくん。」

 校長先生が、フレイヤの手を優しく握った。

 「思い出だけは替えが効かないんだ。」

 澄み渡った瞳は、優しく笑っている。

 「君はアヤタカくんとこの国で、この特殊な状況で同じ時を過ごした。それも、君にとっては人生が変わる局面の時に。こんな思い出を他の時に、他の場所でそう簡単には作れるだろうか。

 君が仲良くする気のなかった彼と、ああやって一緒に遊び歩くことができたのは何故だい? それは、この時に偶然彼と過ごすことになったからじゃないのかい。じゃあそうなると君は果たして、他のアヤタカくんと出会ったとしても、そのアヤタカくんとは仲良くなれたのかな。

 これは確かにただの偶然だったのかもしれない。だけどそういう出会いがあるから、人はそれを、運命と呼ぶんじゃないかな。」

 静かに二体は、見つめ合う。光り輝く校長先生の姿を、フレイヤは神様のようだと思った。

 フレイヤは聞く。

 「境目は……あるのですか。替えがきく者と、きかない者。」

 校長先生は、目をぱちくりさせた。

 「……ええと、難しいところだけど……。強いて言うなら、こんなところかな。

 失った信頼は、簡単には取り戻せない。自分を信頼していた相手を失望させた代償は、とてつもなく大きい。だけどね、それでも君のことを慕ってくれる相手がいるなら、その手を決して離しちゃいけないよ。そうして、手放したことを後悔できる相手もね。」

 校長先生は、まっすぐな目でフレイヤを見つめた。今度は、フレイヤも目をそらさなかった。

 そしてフレイヤは、最後にひとつだけ聞きたかったことを聞いた。

 「校長先生は、私を助けるための手が打てると仰っていましたが……どうやって?」

 「ああ、大したことでは無いんだよ。今この国には、ストロ先生がいるだろう? 彼女にこの場所へ侵入してもらい、君たちを連れ去ってもらう。

 元はと言えば、ストロ先生にこの国に来てもらったのも君を連れ出すため、そして、君の居場所を特定して、この魔法を送るためだったからね。依頼というのは口実さ。前々から知っていたあの国の困りごとに、もしよければうちが対処しますよ、という連絡をしたから、今回の依頼という形になったんだ。

 おっとそうそう、逃げた後の話だったね。それなら追っ手に捕まるまでに、他の国に逃げてしまえば問題無い。領事裁判権というものがオミクレイ国には無いからね。オミクレイ国で罪人になっても、国の外へ逃げてしまえば、その罪人をオミクレイ国は裁くことはできない。裁けるのは、その逃げ込んでしまった他国だ。魔法学校はね、ある意味ひとつの国なんだ。だから……ね。そういうことだよ。」

 校長先生は、ほっ、ほっとお茶目に笑ってみせた。

 フレイヤはそれをぽかんと聞いていた。そして思わず、その乱暴な解決法に苦笑いをした。確かにそれで自分とストロ先生は罪に問われない。しかし横暴とも言えるその行いに、責任者となる校長先生は、他国からどれだけの制裁を受けるのだろう。

 フレイヤはそれを考え、空恐ろしくなった。

 懸念を表に出さないように気を付けながらフレイヤは聞いてみた。心配そうにして聞いたら、恐らく校長先生は無理に平気そうな振りをしてしまう、と思ったから。

 「……それを行なったとしてどうなるのですか、校長先生。貿易のような真似もなさっていたのでしょう。たった一生徒のせいで、築いた物が崩れるのではないでしょうか。私には……責任が取れるだけの力も、利用価値もありません。」

 ほっ、ほっ。と、また校長先生は穏やかに笑ってみせてくれた。

 「気にしなくていいんだよ。元はと言えば、私は助けを求めている子どもを助けたくて、助ける力が欲しくて学校を作り、校長になったんだから。

 人脈も地位も、今みたいに大きな力で縛られている子を助けるためには必要だっただけなんだ。そのために築きあげたものなんだ。

 だからそんなこと、気にしなくていい。

 こういう時にそれを使わなければ、私が何のために校長になったのかが分からなくなってしまうよ。」

 そう言って、校長先生は片目をぱちっと閉じてみせた。

 それを見ていたフレイヤは、握られている手に目を落とした。校長先生の手に、自分の手をそっと乗せる。

――あなたは、すごい方ですね。

 そう、心の中で伝えた。

 「ありがとうございます……校長先生。私は、あなたの生徒であれたことを誇りに思います。」

 フレイヤは目を伏せた。そして微笑を浮かべながら、校長先生を真っ直ぐ見た。

 「でも私は、奴隷としての責務を全うしたいと思います。」

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