第15話「銀のエンブレム」

 「やったなアヤタカ! ストロ先生とオミクレイ国行けるんだ!」

 特徴的な声が、大講堂に響いていく。次の授業の場所である大講堂【森】にはまだ人があまり来ておらず、そのせいもあってかテッチの声はよく通った。

 アヤタカの元にその場にいた生徒たちが集まり、どうして行くの、いーなー、などの声が ぱらぱらとあがる。

 あれからラズィク校長の口添えもあり、アヤタカはストロ先生の出張に付いて行くことを許可してもらえた。

 テッチの声を聞いて、近づいてきたラムーンが口を開く。

 「へえ、オミクレイ国? オミクレイ国って、 確か美形びいきで有名の?」

 第一声が罵倒ではなかったため、アヤタカは拍子抜けした。しかし内容が頭に入って、え? と、アヤタカは思わず聞き返した。

 ラムーンが続きを話す。

 「オミクレイ国はね、貴族とかの支配層がほぼ全員美形なの。別にオミクレイ国自体、きれいな顔が特別多いってわけじゃないのよ。だから、あの国は顔で身分を決めているんじゃないかって噂なの。」

 うえー、と生徒たちから非難するような声があがった。ラムーンはそれに呼応するように、声をひそめて話を続ける。

 「それで、これは箝口令かんこうれいを敷かれた話らしいんだけどね……。実際に美しい子が産まれたら、噂を聞きつけた国の人が来て連れて行っちゃうんだって。そこで小さなうちから英才教育を受けてるって専らの噂よ。」

 ひぇー、と今度は恐れるような声があがった。テッチは腕を組み、机に肘をつける。

 「えー……。それは連れてかれる子も可哀想だしさあ、なんかとりあえず、嫌な国だね。」

 うんうん、と周りの生徒たちが頷く。それをラムーンはさらに畳み掛ける。

 「それで一番の根拠はね、王様なのよ。何でもあの国の王様は眩くほどの美しさらしくってね。それは周りの権力者と一線を引くくらいなんだって。」

 生徒らの関心や熱気が、いよいよ最高潮に達していた。そこで今までずっと口を開いていなかったアヤタカが、ラムーンに声をかけた。

 「へえ。確かめてきたいけど、そんな偉い人とは絶対に会わないし……。なあ、肖像画とか無いのかな?」

 ラムーンが、あ、と反応し、思い出したように情報を付け加える。

 「そう、そのことなんだけどね……。貴族とか、 その辺りの肖像画はたくさんあるのよ。でもね、 王様の姿だけは絶対に残させないの。もし王様の姿を絵や詩に残すような真似をしたら重罪にされて、殺されるか、一生牢屋に閉じ込められるらしいわよ。」

 そんな暴君がいる国に行くのか、ちょっとおれ向こう見ずだったなあ、とアヤタカは自分の行動を少し後悔した。

 テッチもそう思ったようで、申し訳なさそうにアヤタカの方を見ている。

 ラムーンはにんまりと笑って、最後にこう付け加えた。

 「情報料。お土産買ってきてね。」






 海を滑る風は水を身にまとい、海へ空へと翔けていく。心地良い風は船に掛けられた透明なヴェールのようで、太陽の熱を和らげる。

 今、アヤタカとストロ先生は大きな船の上にいた。

 二体は朝早く、それもまだ辺りに霧がかかる頃、船に乗った。今は霧もすっかり晴れ、昇りきった太陽が惜しげもなく光を放ってくる。アヤタカは飽きもせず、船が水を切る様を甲板から覗き込んでいた。

 周りの客は何をするでもなく、日傘の下で談笑したり、きれいな色の飲み物を飲んだりしている。

 ストロ先生は、仏頂面で木箱の上に座っていた。隣にいたアヤタカが振り向いて、ストロ先生に話しかける。

 「ストロ先生……他のお客さんが怖がってます。 もう機嫌を直してくださいよ。あ、飲み物持ってきましょうか?」

 ストロ先生は相変わらず険しい顔のまま黙っている。無理を言ってついてきた手前、先生が怒るのも無理はないか、どうしたものかとアヤタカが気疲れを感じた時。アヤタカはよく見ると、ストロ先生が先程から一心不乱に遠くを見ていることに気が付いた。

 アヤタカは見間違いでないかもう一度確認し、恐る恐る声をかけてみた。

 「もしかして先生、船酔い……?」

 ストロ先生は乱暴に首を前に倒し、再び動かなくなった。

 アヤタカは、今のは頷いたんだ、と数秒経ってから気が付いた。ストロ先生は表情があまり変わらないためよく分からなかったが、今になってみると顔色が悪い。息も少し荒いのではないか。アヤタカは、先程から感じていた様々な違和感が腑に落ち始めた。気が付いた理由はあの遠くを見る目。あれには見覚えがあった。あれは故郷で、乗り物酔いをした精霊体が見せていた挙動。遠くを見る民間療法だった。

 「く、薬持ってきますね。あと横になった方がいいです。歩けますか?」

 聞いてはみたが、一向に動かないストロ先生を見て、これは相当酔っているなとアヤタカは確信した。いよいよ顔色が悪くなっていくストロ先生をアヤタカは急いでおぶり、船の休憩室まで連れて行った。おぶっている間、何度かストロ先生が背中から落ちそうになって、その度にかなり肝を冷やした。






 海に囲まれた国、オミクレイ国。道も建物も全て白で統一されているこの国は、そこを彩る木や花の色を尚美しく輝かせた。海の青と地上の白が手を取り合うこの景色に魅せられた者は多い。それだけこの国の美しさは、他と比べて群を抜いていた。

 その国でアヤタカは独り、似顔絵を描いてもらっていた。

 何故彼が暇を持て余しているのか、時間を遡ること一時間。アヤタカはぐったりしたストロ先生、自分の荷物、かなり多いストロ先生の荷物を苦労して船から降ろした。ようやく着いたオミクレイ国は美しく、たくさんの観光客で溢れかえっていた。

 ストロ先生の具合はまだ悪そうだったため、木陰に連れて行き休ませることにした。アヤタカは船で配っていたうちわで、ストロ先生を扇いであげていた。

 ふいに、誰かが近付いてくる気配がした。

 「ストロ殿と、その付き添いですか?」

 振り返ると、そこには大柄な男と枯れ枝のような老人が立っていた。知らない大人に声をかけられ、アヤタカは口ごもる。

 「え、えっと……。」

 ストロ先生にこの方誰ですかと聞こうにも、まだかなりぐったりしている。

 「如何にも。今回の依頼を承ったストロです。 早速ですが、依頼の方に移ってもよろしいでしょうか。」

 ぐったりしていなかった。立った。

 一瞬前までぐったりしていたストロ先生が、アヤタカの隣で平然と立っていた。隣で唖然としているアヤタカに目もくれず、ストロ先生は依頼人の方へと歩み寄った。

 彼女の人生、彼女はどんな時も、辛さや弱さを見せることは許されなかった。いかなる時も厳格に、凛とした指導者であり続けること。それが彼女の信念であり、誇りだった。内心どれ程苦痛にのたうち回ろうとも、表の顔は涼やかに。

 厳格な彼女に男二体は、さすが噂に違わぬお方だ、なんて頼り甲斐のある方なんだ、と褒め称えた。アヤタカは先程まで扇いでいたうちわを見て、ストロ先生を見てもう一度うちわを見た。

 「え? 先生、まだ船酔……。」

 「世話になったな。先に宿に帰っていろ。したいならば観光をしていても良い。ただし、逢魔の星が見えてくる頃には帰ってこいよ、分かったか。」

 「え、いや、おれもついていきますよ。それより先生、まだそうとう具合悪、」

 「世話になった。分かったか。」

 「……はい。」

 ストロ先生は去っていった。依然として厳格な姿のままで。

 独りになったアヤタカ。観光も良かったが、実は先日の授業で魔法式の書き取りやら実践の感想など、かなり面倒な宿題が出ていた。アヤタカはそれをやってしまいたかったが、それらの荷物は宿に運んでもらった方のバッグに入っていた。観光する場所も分からない、終わらせたいことさえもできない。途方に暮れたアヤタカは、白い街並みを彷徨っていた。

 そうしているうちに大通りから外れたらしく、閑散とした少し広い道に辿り着いた。左側には背中を向けた白い建物が立ち並んでおり、右側には濃紺の海が広がっていた。かつてラピスラズリの海と謳われたほど深い青。その海に揺らぐ光が辺りの壁に映って、くらげのように揺らめいている。

 暇を持て余していたアヤタカはふらふらと、観光地でよく見かける、地べたに布をひいただけの露店へ立ち寄っていた。

 そしてただそこが似顔絵屋だったのだ。アヤタカは今、簡易的な椅子に座って似顔絵を描いてもらっている。

 「へぇ、はるばる外国までついてきたのに、置いてかれちゃったのかい。」

 「おじさん、分かってくれる?」

 「置いてくなんてひどいなあ、せっかく頑張って介抱してやったのに。……どれ、できたぞ。 」

 「わあ、ありがとう! やっぱおじさん上手!」

 アヤタカはスケッチブックの切れ端に描かれた自分の似顔絵を受け取り、嬉しそうにその絵を見た。気を良くしたらしい似顔絵屋が、白髪混じりの黒い髪を乱暴にさする。

 「いや、おれも外国の若い兄さんと話せて楽しかったよ。せっかくの記念だ。この国ならではの格好良い模様でも腕に描いてやるよ。」

 「え! いいの?」

 すると似顔絵屋はおもむろに杖を取り出した。学校で配られるような形式的な造りの杖で、この国の紋章が浮き彫りにされている。

 似顔絵屋は、今度は魔法で絵を描くつもりらしい。何かをぶつぶつと唱えている。似顔絵屋のひび割れた指に くっと力が入り、銀色の閃光が杖の先に宿る。そして、ぱしゅっという軽やかな音を立て、その光はアヤタカの手の甲に飛び込んだ。アヤタカの手の甲に光の残滓がきらきらと漂い、残滓は煙のように渦を巻いて消えていった。見ると、手には銀に輝く複雑な模様が記されていた。

 「かっこいい! おじさんありがとう!」

 「まあ、すぐ消えちまうけどな。」

 アヤタカは満足げに手を眺めては、意味もなく手を掲げてみたり、 ひらひらと動かして模様が太陽にきらめく様を楽しんでいた。

 その時、アヤタカの来た方向から、馬車の音と何やら言い争うかのような声がさわさわと聞こえた。

 その時アヤタカは、ほんの少し。その声に聞き覚えがある気がした。

 がしゃん!

 後ろで唐突に大きな音が鳴り、アヤタカが振り返る。見ると、似顔絵屋が血相を変えて画材道具を掻き集めていた。呆然と見ているアヤタカと、似顔絵の目が合う。似顔絵屋の細い目は、大きく見開かれていた。そして声が近づくや否や、布や椅子を置き去りにして画材道具を抱え走り去って行った。

 その様に反応できなかったアヤタカは、ひらけた路地に独り、店の前で立ち竦んだ。

 さっきまで似顔絵屋が座っていた場所に目をやる。

 店主の居なくなった店はひどく小ざっぱりとしていた。店というそれは、布の上に椅子や幾つかの絵が乗っかっているだけだ。まるで魔法が解けたかのようで、今となってみるととても店だとは思えない程単純な造りだった。

 困惑したままのアヤタカに、カツカツという足音が近づいてくる。

 おれも逃げた方がいいのかな、まあいいか。そんなことを思いながら、アヤタカはなるべくそこから来る誰かから目を合わせないように視線をずらした。

 声の主が曲がり角を曲がってきた。そして彼は、アヤタカを見て ぴたりと立ち止まる。

 「え……? お、お前何でここに……。」

 「えっ? そっちこそ……なんでここに、フレイヤ。」

 そこに居たのはフレイヤ、アヤタカが入った学校で最初に会話をした、炎の子供であった。

 そしてアヤタカが、フレイヤの姿を上から下まで見る。

 彼はこの国の衣装を身に包んでいた。口元や頭、左半身が、光の間の布に似たヴェールで覆われている。きめ細やかなヴェールは、エメラルドを紡いだように美しい青と翠の輝きを放っている。

 よく見ると腕や衣服に華奢な装飾品も身につけていた。布や造りは見た限りでは一級品だ。この国の衣装に身を包んだ彼の姿は、まるで一枚の絵画のようでもあった。

 アヤタカはその絵画の前で、今しがた描いてもらった安い似顔絵を嬉しそうに掲げる。

 「ほら見てこれ。描いてもらっちゃった。似てる? ところで、フレイヤは何でここに? おれはストロ先生が仕事でこっちに来てて、その付き添い。」

 フレイヤは似顔絵をじろりと一瞥し、くだらないと言わんばかりにその絵を手の甲で押し除けた。

 そしてヴェールで隠された唇を歪めながら言葉を発した。

 「ああそうか。私は母国に帰ってきただけだ。言っておくが、私はもうあの学園の生徒では無い。退学した。では返事はしたことだし、私はこれで失礼していいか。」

 淡々と述べるフレイヤの言葉を、アヤタカは頭の中でもう一度反芻した。時間をかけて練られたアヤタカなりの返答は、えっ!? の一言だった。

 フレイヤは相変わらず、素っ気ないすまし顔で違う方向を見ている。

 なんで、とアヤタカが聞こうとした矢先、フレイヤの来た方向から馬車とその御者らしき精霊体が現れた。先ほどフレイヤが言い争っていたらしい相手、その御者を見たフレイヤが苦い顔をした。

 「フレイヤ様!」

 「さま?」

 「勝手な行動は慎んでください。そろそろ宮殿へ戻りましょう。」

 「宮殿?」

 「さあ!」

 「……だってフレイヤ様。宮殿にお戻りになったら?」

 即座にアヤタカの足めがけてフレイヤは足を振り下ろした。

 がすっと、思い切り入った音がした。

 無言で二、三歩後ろへ下がるアヤタカに、若いというよりは幼い御者が、しかめっ面で睨みつける。

 「何だ、お前。オウム返しなんかして……馬鹿にしているのか?」

 御者は顎をしゃくって、大股でアヤタカに近づく。目線を上へ下へと動かして、アヤタカをじろじろと見る姿はまるで値踏みをしているかのようだ。下へと下げていた御者の目が、ある箇所で突然その動きを止めた。そしてわなわなと瞳を動かしたのち、御者は突然気をつけをして声を張った。

 「失礼しました! 自分、新参者でして、まだ全員の顔を把握しておりませんでした!」

 「え? な、なんの話……?」

 アヤタカは目をぱちくりさせ、答えを求めてフレイヤを見る。フレイヤは首を傾げて、御者が見たらしきアヤタカの何かに目をやった。

 途端、氷の彫像のように整った顔が、 睨む以外の表情に変わった。蛇が巣穴から飛び出すが如く、エメラルド色の布に隠れていた彼の左手がアヤタカの右手を捕らえる。アヤタカは掴まれた右手首を、そのまま顔の高さまで持ち上げられた。なんだなんだと目を瞬かせるアヤタカ、アヤタカの動揺など意にも介さず、彼の手の甲を真剣な眼差しで見つめるフレイヤ。捻り上げる形で掴まれアヤタカの右手、そのうち痛い痛いと か細い声が漏れ出てきた。アヤタカの手を凝視していたフレイヤが、ふと目を上げる。紫の光が揺らぐ瞳で、じっとアヤタカを見つめる。

 「お前……どこで、これを。」

 「……え?」

 彼の声はあまりにもか細く、アヤタカの耳に全ては届かなかった。

 彼の目は、アヤタカの手に印された銀色に輝く紋様に向けられている。

 ああこれ、さっき路上のおじさんが描いてくれたんだよ、とアヤタカが言いかけた直前で、二体のやり取りを首を傾げながら見ていた御者が声をかけた。

 「あの、今我々は丁度帰ろうとしていた所なのですよ。宜しければ宮殿まで送って差し上げましょうか? もしフレイヤ様とお話があるのであれば、馬車の中や宮殿の方が宜しいのではないでしょうか。」

 笑顔とともに目を輝かせるアヤタカ、今までに無いほど顔を強張らせるフレイヤ。

 フレイヤは、アヤタカを掴んでいる手を力任せに前へと押しつける。いきなり急立てられてバランスを崩したアヤタカが、おっとと後ろによろけた。フレイヤはそのまま、ずいと距離を詰めた。

 今、場所的に御者から二体の表情は見えない。

 フレイヤは怒気を含んだような声で囁く。

 「何でそれを、とか聞きたいことはたくさんあるが、今は聞かない……。とにかく、今すぐこの国から出ていけ! 」

 「な、何で……。それにおれ、何が何だか分かんないんだけど!」

 「いいから! とにかくここから消え失せろ!」

 「あの、ちなみに……どなたのバディーでいらっしゃいますか? 一応、報告義務がありますので……。」

 急に御者が会話に入ってきて、二体のやり取りがせき止められた。

 アヤタカは何も言わず、フレイヤの方をひたと見た。

――バディー? 何の話? ……でも、さっきのフレイヤの深刻な顔……。

――わかんない。もういいや、任せよ。

 アヤタカはそう判断した。フレイヤは御者からの質問に一瞬戸惑う素振りを見せ、アヤタカの方をちらりと見た。するとそこにあった任せたといわんばかりの真っ直ぐなアヤタカの瞳を見て、心の中で舌打ちし御者に視線を戻した。一瞬の沈黙の後、ため息交じりに呟く。

 「……私だ。」

 御者の喉から、えっという声が漏れる。

 「え、そのような報告は、」

 「つい先日まで行っていた学校でできたバディーだ! 伝達が行き通ってないのか? 疑うなら私たちの絆親に聞いてみろ、印を結んだ張本人だからな。」

 状況が掴めないアヤタカを置き去りにして、フレイヤはまくしたてた。呆気にとられた御者は、はぁ、という空返事をし、思い出したように言葉を付け加えた。

 「あっ! それでは、尚更一緒に宮殿へお送りしなくては! 」

 「……それはいい。こいつは信用を置かれているから、自由に外を歩く権利を貰っているんだ。こいつはこいつで、好きな時に帰る。な?」

 話を振られたアヤタカは、聞き流していたやり取りに、反射的に うん、と元気よく頷いた。フレイヤの爪が、アヤタカの手首の動脈に食い込んできたのだ。意思の疎通を図れたことが確認できたフレイヤは、アヤタカの手を乱暴に振り払って御者の方へ向き直る。

 御者は怪訝な顔をしているものの、ひとまずここは引き下がった。

 「……分かりました。では、報告義務がありますので、エンブレムの確認だけ……。」

 「私のバディーだと言っている! バディーが分かっているのだから、必要ないだろう。」

 「す、すみません。ですが……。」

 やり取りはしばらく続き、遠巻きに見ているアヤタカは、頭の中を整理していた。

――つまりここオミクレイ国はフレイヤの故郷で、学校を辞めたフレイヤは帰ってきた。何だか、誰かから管理されているような状態だ。それで二体はこの銀の模様を見た瞬間から様子が変わって……。何だか、様子を見るに身分証みたいな模様なのかな。てことは、勝手に付けちゃ駄目な物じゃ……。だって、さっきからフレイヤが何とかしておれのエンブレムの確認? を、取らせないようにしてる。これは似顔絵屋が付けてくれたものだって言った方が……。あれ? そういえば、あのおじさんは何で逃げた? もし、この役人みたいな相手から逃げるためだったら……。あれ、これ結構、おれ面倒なことに巻き込まれてる……?

 そこまで考えた所で、唐突に大きな音が体を揺るがした。

 それは、どこからか鐘の音だった。

 重々しいその音は、まるでひれ伏せと言わんばかりに厳粛に白い街を鳴り響いた。それこそ、王の声がそのまま鐘へと変わり、民に命令を告げているかのように。

 御者が鐘の音に負けないくらい声を張り上げる。

 「大変です! 門限の鐘が鳴りました! 御二方、早く馬車に乗って! 帰りますよ!」

 「えっ……。」

 御者は二体を追い立てる。アヤタカは御者の剣幕に気圧され、促されるまま馬車に乗ってしまった。先に乗っていたフレイヤが、驚いたような、責めるような表情でアヤタカを見る。

 座らされた弾みでフレイヤとどん! とぶつかた。そのまま馬車の扉が ばん! と閉められ、がしゃんと鍵が閉められた。

 そのまま馬車は、パカラパカラと走ってしまった。

 外の音と明かりがやんわり遮られ、お互いの存在と沈黙が際立つ。アヤタカは隣を見るのが少し怖かったが、取り敢えず機嫌を損ねないよう、まずは端に寄った。そしてフレイヤにおずおずと話しかける。

 「……何でこうなったの?」

 「黙れ」

 「はい……。や、じゃなくて。何でおれは連れて来られて痛い痛い痛い」

 馬の挙動に合わせ、がたんごとんと椅子は揺れる。

 アヤタカの眉間を思い切りつねるフレイヤが、厳しい顔のまま俯いた。

――どうする、まとめ役に真実を言うか、それとも嘘を貫き通すか。大体、何でこいつがエンブレムを付けているんだ。いやこの際それはどうでもいい。こいつが本当に誰かのバディーになったのであれば何も問題は無い。問題はこのエンブレムの真偽だ。エンブレムの偽造は重罪……。とにかく、ここは下手なことをするよりも、私のバディーとして振る舞ってもらった方が良い。私のバディーならば、数日もすれば解放されるのだから。

 フレイヤの冷たく厳しい横顔は、アヤタカと最初に会った時を思い出させた。馬車に取り付けられた小窓から、ふいに海にきらめく夕暮れの光が差し込む。

 長い睫毛に、光の粒が降りつもった。金の光に包まれたフレイヤはあまりにも美しく、 金の光に透けたヴェールといい、女神様のように神々しかった。

 アヤタカは自分が置かれた状況も忘れ、すごい、とその奇跡のような美しさに感動していた。

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