第4話「星っこゲーム」

 ボワ〜〜〜ン。

 ドラのような音が広間を突き抜け、教室に浮かぶ埃を揺らす。

 バン、バン、バン! 

 歯切れ良い音をたてて、教室の全ての窓がひとりでに開いた。

 開け放たれた細い窓。光の粒が撒かれ、きらきら輝く風が滑り込んでくる。

 それと同時にくうに漂っていた埃もぶわ――っと飛び去る。そうやって、埃が生まれた場所を巣立っていく。埃のかわりに光の粒が漂い出した教室。生徒たちは当てつけてでもいるのか、とても嬉しそうな歓声を上げ始めた。

 ほこりが、私の集めたほこりがぁ! とかつらの先生が嘆いている。

 しかしそれをかき消すような大きな声が、またもや教室に滑り込んできた。

 『新入生の皆さん、今日一日お疲れ様でした。最後は僕ら先輩たちとゲームをしよう!』

 異常なほど大きな声。アヤタカたち新入生の目では見えないものの、その相手は音を大きく響かせることができる、とある鉱石を口に当てて喋っている。生徒たちが開け放たれた窓から身を乗り出すと、教室から見える広場には、たくさんの精霊体たちが集まっていた。


 学校の敷地内にある広場の床は、真っ白な大理石でできている。そこに美しい貝殻がまるで魔法陣を描くように埋め込まれている。そしてそれは、風に流れる花びらのように流麗な軌道を描き、大理石を彩っていた。

 新入生たちが広場に集まった時には、先輩たちはいつの間にか、広場にある柱の上に登っていた。

 柱は広場を囲うようにして建っているため、新入生たちから見れば、先輩たちは天井に描かれた宗教画のようになっている。

 先輩たちのにこにこした顔を見上げ、次の言葉を待つ新入生たち。先輩たちの中から、何やら太陽のように光り輝いている先輩が出てきた。

 ちなみに、本当に光っているわけではなく、表現としての輝きだった。

 見えはしないオーラというものなのか、まるで光の塊だ。

 その先輩は新入生たちに、気さくそうな眩しい笑顔を向けて話しだした。

 『やあ! 皆こんにちは。今から、この学園伝統のゲームをしようと思います。これは新しく入学してきた子たちと必ず遊ぶ、一種の通過儀礼みたいなものなんだ! でも、それをやるにはちょこっと物体浮遊術を学ばないと面白くなくてね。だから初日なのにちょこっと授業があったんだよ!』

 するとおもむろに、柱の上の精霊体たちが天高く両手を挙げた。新入生たちが、元気でも集めるのかな? と思ったのも束の間。新入生たちの目に、空を切るような一筋の光が走った。

 陽が傾き始めた薄青色の空に、次々と流れ星が疾駆しては失墜していく。新入生たちが息を飲む。大理石の床に落ちた星が当たっては、しゃらんという音を立てて優しく砕ける。宝石のような星の欠片を撒き散らし、きらきらとくうに漂い続ける。

 言葉も無くしている新入生たち。星を流し続ける先輩たちの中から、またあの声が新入生たちに呼びかける。

 『これは〈星っこ〉といってといって、パーティのショーとかでもよく使われる道具なんだ! でも、僕たちはお店のそれをちょこっと改造して、とあるゲームに使っているんだよ! 名前は〈星っこゲーム〉!』

 しゃらん。しゃらんと地面に当たる星っこが光の音を奏でる。


 『君たちは僕たちの操る星っこにあたっちゃだめ! 鬼ごっこみたいなものだけど当たっても終わりじゃないよ。でも逃げるだけじゃ狙われたまんまだから、君たちの学んだ物体浮遊術で星っこを叩きおとす! 一度落ちた星っこは光の粒になって消えるから、うまく地面まで誘導してね!」


 答えるように新入生たちが歓声をあげる。先輩たちから見える新入生たちの顔にはいずれも、満面の笑みと羨望の眼差しが輝いていた。

 役者も舞台も揃った。一声かければ、不思議なゲームが幕を上げる。

 司会者が、息を吸う。

 『じゃあ行くよ!よーい…スタート!』



 ズドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド。


 次の瞬間。速度も威力もそれは段違いに増した。

 星っこたちは、まるで特攻隊のように地面へと身投げしたのだ。

 新入生たちの顔が、笑顔のままで固まる。
 しかもそのうちの何名かは、もうすでに星っこの特攻を食らっている。痛みが身体を突き抜けてくや否や、新入生は崩れ落ち、その場に膝をついた。

 辺りに蔓延るうめき声。痛みに悶える生徒――痛そうに抑えている、星っこが当たったらしい箇所――からは、薄っすらと煙が上がっている。


 次の瞬間、新入生たちはクモの子を散らしたように逃げ出した。


 先輩たちが上に登って見下ろしていたのはこのためだったらしい。自分たちに当たらないためと、見やすいから。


 自爆を前提として地面へ特攻する星っこに、新入生らが覚えたての物体浮遊術を使う暇は無かった。何体かは術を試みて必死に念じてみたものの、星っこたちは素知らぬ顔で彼らを努力ごと糾弾する。今星っこを操っている全ての先輩たちが、かつて同じ場所で逃げ惑っていた。


 今の新入生たちも、きっとこの洗礼を行う。


 混沌の中茫然と立っているきゃしゃな人影。

 桜色の肌は、今だけ血の気が失せて真っ白だ。

 一見、美しい女性と勘違いさせるその姿の正体は先ほど先生のかつらを燃やしたばかりの少年、炎の子どもである精霊体。フレイヤ。

 あまりのことに空を見るしかなく、その場から動きもせずに立ちすくんでいた。

 足元から聞こえたうめき声によって我に帰り、身をよじらせている被弾者から距離をとる。

 しかしそこでふっと、被弾者の異変に目が行った。星っこの当たった箇所からぷるぷるぷるっ……と何かが顔を出している。

 そしてそれは、ぽんっ! と音をたててはじけた。

 何かと思えば、当たった場所に芽吹いたのは、一輪のお花。


 フレイヤは、頭にまるで落書きのような、粗末で間抜けなお花が咲いた間抜けな男を見下ろした。嫌な予感が胸を掠める。司会をしていた男が喋り出す。


  『ちなみに、この星っこが生き物に当たると、そこからお花が咲くように改造してあるからね! ちょっとしたペナルティみたいなものだよ!』


 フレイヤの顔から更に血の気が引いた。

――冗談じゃない!

 指を鳴らし、ルールを無視した魔法を呼ぶ。


 ほぅっ! という透明な音と共に、朝焼けのような桃色の炎が、彼の周りを飛び交った。

 夕暮れ時の空気を吸い込み、朝焼け色の光で辺りを煌々と照らす炎。

 それはフレイヤの近くに落ちる星っこを難なく迎え撃った。へろへろと燃えかすになって床に落ちる星っこを見て、フレイヤは気持ち唇を吊り上げた。

 ブ――――――ッ!!

 『はい、反則――――っ!』

 どこからともなく発せられた大音量の音。フレイヤの炎が、握りつぶされるようにきゅうぅっと小さな悲鳴を上げて消えた。びくりと体を震わせる。

 『星っこゲームでは、物体浮遊術以外の能力を使ってはいけません! 罰として、星っこ集中放火!』


 フシャ――――――ッ!!

 無数の星っこがフレイヤを狙って降り注ぐ。

 「わぁっ!」

 ぱん、ぱん、ぱん。

 星っこたちは物凄い数と勢いでフレイヤめがけて突っ込んだ。狙いはかなり適当で、フレイヤの周りにいた生徒たちもかなりの巻き添えをくった。

 フレイヤの体のあちこちから薄い煙が上がる。膝をついて、唇から痛そうな声が漏れている。

 煙の根元がぷるぷるっと震えだす。ぽんっ! お花も咲いた。

 痛みが少しだけ引いてきて、フレイヤはやっと瞑っていた目が開いた。床に手をついていたため、目の前には鏡のように磨き込まれた大理石が待っていた。

 「っえ…………!?」

 フレイヤは目を見開いて、ばん! ともう一度強く床に手を叩きつけた。

 咲いたのは落書きのようなお花ではない。桃色や蜂蜜色の小さな花が、彼の髪にまるで髪飾りのようにくっついている。散りばめられた花は、まるで童話に出てくるお姫様の飾りのようで、間抜けというよりもその姿は……。

 「……かっわいいじゃん」


 アヤタカが背中越しにボソッと呟き、フレイヤに裏拳で殴られた。


 いよいよ出番は、アヤタカに。左の頬骨に赤紫の斑点を浮かべながら、直立不動で空を仰ぎ見ている。フレイヤの裏拳が思ったよりも良いところに入ったため、もう痣になった皮膚の下に、毒々しい斑点が浮かんでいた。手が頬骨に当たってしまったフレイヤも痛かったが、顔面を殴られたアヤタカはもっと痛かった。

 アヤタカの頭上には、第二陣となる星を核にした光の雨が降り始めていた。

 微動だにせずそれを見つめる。

 そしてアヤタカの髪の毛が、魔力をまといゆらりと揺れた。

 くんっと、アヤタカめがけて飛んで来ていたはずの星っこが唐突に軌道を変えた。

 ぱん、ぱん、しゃらん。

 軌道をそらされた星っこは、アヤタカを掠めては足元の床に当たって砕けた。物体浮遊術の別名は、念力。念力という名の目では見えない手のひらで、アヤタカは星っこたちを叩き落とす。星っこたちは、従順にアヤタカを避け、抵抗もせずに地面へと叩き落とされていく。

 周りが、わぁ……! と、自分を見て感心する空気を肌に感じる。ひけらかしたりせず、さりげなく、慎ましい自慢をする。


 バシンッ。


 良い気になっていたアヤタカへ、いきなり横っ腹目掛けた星っこが飛んできた。急な衝撃に、アヤタカは一瞬また誰かから殴られたのかと思った。


 何故なら、星っこはすべて上空から狙ってきているため、本来横からぶつかってくることは無いはずだから。変だなー、おかしいなー、と、アヤタカは心の中で敢えて呟く。そして星っこが飛んできた方向には、いくつかのお花を体に咲かせた女の子。金髪のひとつ縛り。ネームプレート「ラムーン」。

――ざまあみろ。

 彼女の顔がそう言っている。心の静寂しじまに耳を澄ましていなくても、分かるものは分かる。

 そもそも、彼女の手はアヤタカの方に向けられている。

 「きゃあぁっ!」

 ぱしゅん ぱしゅん ぱしゅん。

 アヤタカは、自分の上空にあった星っこを全てラムーンに撃ち込んだ。

 ラムーンも軌道を逸らそうと努力したものの、実力的にはアヤタカの方が頭ひとつ上。力尽くで彼女の魔法を押し返した。ラムーンの右肩と耳から煙が上がる。

 またもやアヤタカの髪の毛が揺らぐ。目の色が変わり、アヤタカの追随が始まろうとした瞬間、先ほど彼が星っこを当てられた場所からぽんっとお花が咲いた。

 「がっ!!!」

 アヤタカが、突然のけ反った。

 そのまま体をよじらせ、もがき出す。まるで降霊でも始まったかのように、彼の動きはだんだんと激しくなっていく。アヤタカの側にいれば安心だ、と辺りに寄り集まっていた新入生たちが、手のひらを返したようにささーっと距離をとり始める。ラムーンが眉をひそめると、同時にねじ込むように強い匂いが前から漂ってきた。

 アヤタカの体に咲いたお花はラフレシア。臭い臭いお花。

 先輩たちの改良によって、その花の匂いはさらに強く、えぐりこむような悪臭になっていた。アヤタカは涙目になりながら、無理やり物体浮遊術を試みる。が、ラムーンの元へ届く前に星っこはへろへろと力を無くし、床に当たって息絶えた。

 ラムーンの目が怪しく光る。

 虫の息となりながら向かってくる星っこを、自分の物体浮遊術で押し返し、アヤタカに向かって吹っ飛ばす。

 ぱしゅん、ぱしゅん。アヤタカの眉間で星っこが砕ける。もう一発、眉間で砕ける。

 もうアヤタカは、匂いと痛みで何が夢で何が現実だか分からない。ただラムーンに星っこを当てなくてはならないことだけは分かる。

 アヤタカは向かってくる星っこを防ぎもせず、ただラムーンに星っこを当て続けた。ラムーンも、もはや向かってくる星っこを防ぎはせず、ただアヤタカの眉間を狙い続けた。


 やがて地上には、花を咲かせた新入生たちの屍が続いた。それはきっと、どこまでも続く花畑。

 とある有名な壁画に、戦いによって死んだ者たちの屍、そしてそこにたくさんの花が咲き誇っているという絵がある。

 この花畑は、その壁画を模したかのようだ。

 その絵には様々な説があり、かつて悲惨な殺戮があった地でも平和を築くことができる。または争いなど考えられない地でさえ、殺されて捨てられた者たちの屍でできている、などの説がある。


 今ここに広がる光景は、前者と後者、どちらに当てはまるのだろうか。

 空には美しい流星群がきらめいている。


 きっと、また来年もここで花畑が見れる。

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