きおく

 食堂に到着すると、すでに慶二と茜がテーブルに座っていた。 

「いつもありがとう」

 慶二はいつも僕たちの分の席を確保してくれるのだ。

「気にするな。 それより、早く食おうぜ」

「だね。 あ、凪も来ていたんだね」

 茜の隣には小さな少女が椅子に座っていた。 座っているといういより、乗っかっている、という表現の方が似合うぐらいだ。

「……うん」

 ショートヘア―の寡黙な少女は必要以上の言葉を話さない。 いつものことだが、彼女は人とコミュニケーションをとる時、最低限の言葉とやりとりしかしないのだ。

「体調は?」

 僕は昼休みに茜が言っていたことを思い出した。

「大丈夫」

「そっかそっか」

 僕は安心した。

「悪い悪い! ちょっとカウンターが混んでてよ!」

 遅れてやって来たのは裕樹だった。 裕樹はカレーをお盆に乗せ、僕たちのテーブルにやって来た。

「さぁてどこに座るかな」

「こっち来なよ」

 僕は隣の椅子を引き、裕樹を呼んだ。

「いや、たまには――ここだな!」

 裕樹は近くにある椅子を手に持つと、無理やり茜と凪の間に割って入ろうとした。

「わわっ! ちょっと邪魔だよ~」

「いいじゃんかたまには!」

 嫌がる茜のことなんかお構いなしになおも無理やり割り込もうとしている。

「……殺すぞ」

 低く唸るような声は凪の声だった。

「え……」

「ここは私と茜の席。 邪魔、するな」

「す、すみませんっした!」

 裕樹は慌てて僕の椅子に腰を下ろした。 最初からそうしていればよかったものを、毎回余計なことをするから凪の怒りを買うのだ。 

「ちっ、どんだけ茜が好きなんだよ……。 お前らレーズンかよ!」

「レズね」

「あ……。 レーズン!」

「おぉ、自分の意思を曲げないその強さ、尊敬するよ」

 だが間違っている。

「へへー! 凪は私の妹みたいなもんだからね! どんどん甘えていいんだよ~」

 そう言って茜は凪の頭を何度か優しく叩いた。

「……うん」

「なんで凪もうっとりしてんのさ……」

「うれしい」

「ははっ! お前ら、相思相愛だな」

 それまで僕たちのやりとりを父親のように見守っていた慶二が笑いながらそう言った。

「けっ」

 僕は思う。 

 いつまでもこんな時間が続けばいいのに、と。 転生もせず、転生官にもならず、この世界でゆっくりと楽しい時間を過ごしていけたらどれだけ楽だろう。 もしも世界が許すのであればそうしたいと僕は思った。


「あーあ。 なんかおもしろいことないかな」

 寮に帰ると、裕樹が退屈そうにそう言った。 裕樹と僕はルームメートで、僕はいつも裕樹の退屈しのぎの相手をしている。

「カルタでもする?」

「いや……もっと刺激がほしい……。 こう、心をえぐるような刺激がほしい!」

「ナイフでえぐろうか?」

「本当にえぐってどうすんだよ!」

「じゃあ女子寮にでも忍び込む?」

 当たり前と言えば当たり前だが、ここの学園寮は、一階の男子フロアと二階の女子フロアに分けられている。 何度も僕たちは女子寮への侵入を試みたが、毎回見つかり、反省文を書かされている。

「今日こそはうまくいくような気がする……」

「それ、毎回言っているよね。 もうフラグだよそれ、フラグ」

「おもしろいな」

 いつの間にか現れたのか、いつの間にか慶二が僕たちの背後立っていた。

「今回は俺も手伝おう」

「マジかよ! 心強いぜ!」

「俺も女子には興味がある。 女子寮の匂い、きっとそれはフローラルな匂いだ」

「フローラル? あぁ、トイレの匂いってことか」

「イメージを損なうようなことを言うな!」

「裕樹って本当にデリカシーがないよね」

「デリカシー? なんか運んでくれるのか?」

「それはデリバリー」

 究極に横文字に弱いようだ。

「よし、作戦会議を行う!」

 慶二はそう言って、テーブルの周りに僕たちを座らせた。

「この作戦、全員が全員、生き残ることは考えるな」

「おいおい、誰かが犠牲になる前提かよ!」

「それはお前ら次第だ。 一緒に女子寮を目指すが、俺はお前らを犠牲にしてでも女子寮へ忍び込むぞ。 そこでキャッキャッウフフするためにな!」

「よくもそこまで下衆なことを堂々と言えるな」

「そもそも、消灯時間が近付いている。 シキ、消灯時間になるとどうなる?」

「えーっと、廊下の電気が消えるよね」

「正解だ! 電気が消えると、我々女子の匂い嗅ぎ隊はだな」

「ちょっと待った」

「え?」

「何その匂い嗅ぎ隊って」

「辻岡ひろし探検隊みたいな」

「どんなアドベンチャーだよ」

「ま、とにかくだ。 電気が消えると、我々の姿は相手から見えにくくなる半面、こちらも動きがとりにくくなる。 きっと風紀委員が寮内を巡回しているはずだからな」

「じゃあどうするの?」

「まだ廊下が明るいうちに行動する」

「そしたらバレねぇか?」

「なぁに、男子寮にいる間は大丈夫だ。 だから電気が消えるまで、二階に続く階段の近くに行き、暗くなった瞬間、一気に階段を駆け上がるぞ」

 なるほど。 さすが慶二と言いたくなるような作戦だ。

「では、フェロモン嗅ぎ隊、出発だ!」

「おー!」

「いや名前変わっているし」

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