第6話「体育って、素敵」





 炎天下の中、見目麗しい女の子達が小さなボールを追いかけて汗をかくその景色は、私には楽園だった。

 普段は綺麗に整ったその顔に、今は大粒の汗をかき、体のラインが徐々に姿を現す。艶かしいその光景は、私の体を一層熱くさせる。

 このまま日陰でそれを観察していたいのだが、今日ばかりはそうはいかなかった。

 遠くの日向でクラスメイトと仲良く話をしている百合子。それを見て私は少しだけむすっとする。

 額から流れる汗をぬぐい、私は日陰から一歩日向へと出て行く。

 暑い。すごく暑い。

 このまま脳も体も溶けてしまいそう。

「あれー、比奈理ひとり? 百合子ちゃんは?」

 いつの間に横にいた遥は、笑顔で問いかけてくる。

 見れば分かるだろう。私を置いて他の女の子といちゃいちゃしてるよ。

「百合子ちゃんとペア組んでるんじゃないの? ほら、一番奥のコート誰もいないからやってくれば?」

「……今から行くつもりだったし」

「後でえりさ連れて試合しにいくから」

「来なくていい」

「そう言わないでよー。じゃ、また後でね」

 手を振って去っていく遥。

 全く、本当に油断できない。

「ゆりちゃん」

 私は百合子の近くまで行き、声をかける。

 輪になって話していた百合子は、私を見るとそこから輪から離れてこちらに向かってくる。

「なに? まだどこのコートも空いてないから休んでてもサボってるなんて思わないよ」

 私ってそんなに体育サボってるっけ。一ヶ月に一回は休んでると思うけれど、それは女の子だったら誰でも起こりうる事なので見逃して欲しいものだ。

「一番奥のコート、空いてる」

 私は遥に言われた通り、百合子を誘って一番奥のコートを使おうと提案する。

「本当だ。じゃあやりに行こっか」

 百合子はベンチに立てかけておいたラケットを持って、一番奥のあまり目立たないコートに向かう。私もその後に続き、だらだらと歩く。

「ゆりちゃん。運動するときはやっぱり眼鏡はずしたほうがいいんじゃない」

 前を歩く百合子に話しかける。

 百合子は器用に後ろ歩きでこちらを見ながら返事を返してくれる。

「うーん。でも眼鏡がないと何も見えなくなっちゃうし……」

「だったらさ、いっそのことコンタクトレンズにすれば?」

「私、目薬とかさせないし、それに目に物を入れるってちょっと怖くて」

「汗とかで曇ったりしないの?」

「たまにするけど。それはね、仕方ないよ」

 私は後ろ歩きをする百合子を止めて、眼鏡を取る。

「な、何するの比奈ちゃん」

 レンズ越しではない百合子の瞳は、太陽の光を反射させて宝石のように輝いていた。少し潤んだ瞳と暑さで上気した頬、そして艶やかな唇。

「……やっぱりゆりちゃんはずっと眼鏡かけてた方がいい」

 私は眼鏡を百合子に返す。

 眼鏡を外した百合子を見たら、きっとみんな百合子にちょっかいを出してくるに違いない。だってこんなに可愛いし。

「いきなりどうしたのかと思ったじゃない」

「どうもしてないよ。ただ今日も百合子は可愛いなってだけ」

 すると百合子は顔を真っ赤に染めて、片手でせわしなく髪をいじっている。

「ば、ばか。こんな場所でそんなこと言わないでよ」

 照れてる姿も可愛かった。

 私はそんな百合子に、もう少しだけ意地悪をしたくなった。

「じゃあ、誰も見てなかったらいいの?」

 百合子の後頭部を抑えて逃げられないようにしてから、顔を近づける。

「今なら誰も見てないけど、いい?」

 私達がいるこのコートはあまり目立たず、人気がほとんどない。

「ねぇ、ゆりちゃん。いいでしょ? 誰も見てないし」

 私は徐々に百合子の唇に迫っていく。

「え、あ、ちょ、ちょっと比奈ちゃん」

 戸惑いつつもあまり抵抗しない百合子。

 あと少しで唇が重なる。

「百合子ちゃーん。比奈理ー。試合しにきたよー」

 えりさを引き連れた遥がこちらに向かって歩いてくる。

 私達はすぐに離れて遥達の方へ向き直る。

「あれれ? 二人は試合もせずに何してたのかなー?」

「別に話してただけだよ」

「そうは見えなかったけどなぁ」

 嫌味な笑顔で私を見る遥。

 そんな遥を見て、隣で話を聞いていたえりさは叱るように言う。

「遥、二人が何をしてようが別に関係ないでしょ。それより今は体育の時間です。テニスをしましょう」

「えりさつまんなーい。もっとお喋りを楽しもうよー」

「今はお喋りの時間じゃないでしょうが」

「はいはい。分かりましたよーだ」

 拗ねたように言う遥は、ぶつぶつと文句を言いながら試合の準備をする。

「まぁ、みんな素人だし、お手柔らかにお願いね」

 遥と話していたときとは別人のように優しい口調のえりさに、百合子は少しだけびっくりしていた。

「えりさは本当に遥にだけは厳しいよね」

「当たり前よ。私の幼馴染があんなちゃらんぽらんなんて、許せないもの。手厳しくなるわ」

 笑いながら言うえりさ。その笑顔はなんだか少し百合子の笑顔に似ていた。

「さてと、先生に目を付けられる前にちゃっちゃと終わらせよう」

「そうだね」

 えりさは小走りで遥のいる反対のコートに向かう。

「先にサーブどうぞー」

 遥はラケットを振り回して叫んでいる。

 きっと横のえりさは、あぶないでしょ。とかって言ってそうだな。

「ねぇねぇ」

 百合子がなんだか遠慮気味に声をかけてくる。

 体育着の袖を引っ張るとか天然でやる子、百合子ぐらいしか見たことないんだけど。全く何しても可愛いなこの子。

「えりさって、もしかして」

 さっきの会話で何か感じたらしい。まぁ、よく見てればばればれだけどね。

「えりさって、遥ちゃんのこと、好きなの?」

 私は返事を返さず、ただ微笑を返す。

 それを見た百合子も、微笑を返してくる。

「それじゃ、私が先にサーブ打ってもいい?」

「いいよ。どうせ私運動音痴だからサーブなんて打てないもの」

 そう言って百合子は自分の位置につく。

 私はポケットに入れておいたテニスボールを取り出し、軽くバウンドさせる。

 久しぶりに打つけれど、きっと大丈夫。百合子にはかっこいいところを見せることが出来る。

 私は天高くボールを放ち、力の限りラケットを振る。

 私の汗と一緒に打ち出されたボールは、真っ直ぐ相手のコートに落ちて行く。


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