第23話 ドロケイ
テストが終わると二十分の休み時間が始まった。
外の雪はあがっていたが、校庭は使用禁止だった。そのせいか、自分の席に座ったままの子も散見された。
――このまま席にいても大丈夫そうだな。
ほっとはしたが手持ち無沙汰な恭輔は、次の社会の授業の準備をしたかった。だが、もう教科書をうかつに出しておく訳にはいかなかった。
すると、黒のブルゾンを着た色白の男の子が笑顔で恭輔に近づいて来た。
「遊ばない?」――不意な誘いだった。
「うん……」やや反応が遅れた。その男の子が斜視気味だったのも手伝って、恭輔は声を掛けられたのが自分なのか、自信がなかった。
「俺、瓜野」――彼の語調はどこかスマートで、長めの髪型と相まって、恭輔の目には大人に映った。
瓜野は恭輔を廊下に連れ出すと、そこには仲間が三人待っていた。一人は前日恭輔に駆け寄って声を掛けた子だった。
「ドロケイ知ってる?」
「うん」
「じゃあ、グーが泥棒、パーが警官な――」
瓜野の合図で五人が一斉に片手を差し出した。
恭輔以外は皆「グー」だった。恭輔は、四人の泥棒のうち、最初に瓜野を見つけると、追いかけて直ぐに捕まえた。
「けっこう足、速いな」
瓜野は悔しそうな表情など微塵も見せず、飄々とした笑顔だった。恭輔は、何か自分にないものを瓜野に感じた。
それからの時間はあっという間に過ぎてしまった。
「またやろうな」
瓜野はそう言って自分の席に戻って行った。
恭輔は、瓜野が好きになった。――この学校で友達ができたのである。恭輔の頭の中は二重の喜びで一杯になった。
土曜日の授業は午前中で終わりである。
終礼の後、恭輔はまだ乾き切っていない靴下を履いた。瓜野はそれを待って一緒に下駄箱に向かった。長靴に履き替えた二人は、互いの帰る方向が違うのを確認し、正門前で別れた。バス停に向かって歩き始めようとすると、横断歩道の向こう側に両親と姉が立って自分を見ているのに気がついた。正義と慶子は子供達に内緒で迎えに来ていたのである。登校初日、学校から出て来た時の二人の表情をそれとなく観察するために。
恭輔は横断歩道の信号が青になるのが待ち遠しかった。時機は少し早まったが、今朝のプラン通りの報告ができるからである。満足感に笑顔を隠し切れない彼は、取って置きの台詞をかまないように反すうした。
「友達ができたよ!」
信号が変わって両親の許に走り寄った恭輔は、緊張しながらも、落ち着いてイメージ・トレーニングの成果を出した。
「おお、……よかったな」
正義はクシャクシャな顔で息子を迎えた。慶子と茉莉子は笑顔でそれを見守った。――皆、恭輔の暗い顔を想像していたのである。
「その辺で何か食べて帰ろうか?」
滅多に外食をしない正義の提案に、慶子達は歓喜の声をあげた。
昨晩からの大雪が嘘のような、雲一つない澄みきった青空だった。街路樹の銀杏の枝を銀色に凍らせた氷雪が、きらきらと目映い光を放ちながら、淡い雫を落とし始めていた。……
(第3章につづく)
二月の欠けら(ドロウ・ザ・ライン 第2章) one minute life @enorofaet
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