第20話 雪国

 この日の晩は冷え込みが厳しかった。近年まれに見る寒波に見舞われ、夜半過ぎには辺り一面雪景色となっていた。その後も雪は降り続け、明け方には普通の丈の長靴では役に立たない程の積雪量に達した。

 慶子は窓の外が真っ白になっているのを見ると、子供達だけで出掛けさせるのに不安を感じ、学校まで送って行くことにした。

 バスは動いているんだろうか……

 三人は程度の差こそあれ、同じ不安を抱えて家を出た。

 慶子が先頭に立ち、雪をかき分けたその後を茉莉子、恭輔の順に進んで行った。

 こんな雪の中を歩くのは初めてだった恭輔は、何度も足を取られ、雪の中に手をついた。長靴の中には雪が入り込んで足の凍る思いだったが、前の二人に遅れまいと、必死に前に進んだ。

 普段なら五分もかからない駅前まで、三十分近くかかった。駅前の大通りは除雪が進んでいた。バスが車中を隠す程に窓を曇らせ、けたたましいチェーンの音をあげて通り過ぎて行った。

 バス停には着膨れした長蛇の列ができている。そこで聞こえて来た会話によれば、電車が運転を見合わせているらしい。

「こんなに大勢、一体何台分なんだろう……」

 かなり早めに家を出て来たとは言え、恭輔は学校に遅刻しないか気になった。しかし、最初に来たバスには乗れなかったものの、思った以上に前に並んでいる人数は減って、次のバスには乗れそうだった。

 十分程待つと、バスがターミナルに入って来た。慶子は小銭で、茉莉子と恭輔は通学定期券を呈示してバスに乗り込んだ。勿論、座る席など空いていないし、つかまれる吊り革もない。しかも、後から後から人が押し寄せて来る。恭輔は、もう次のバスに乗せればいいのに、と身勝手な心理に支配されていた。

 超満員となったバスはようやく発車した。三つ目のバス停で降りようとする乗客がいたが、なかなか降車口に近づくことができず、揉みくちゃになっていた。その様子を見た恭輔は心細くなった。彼の直ぐ後ろから乗車した黒いロングコートを着た大柄な男性に後輪の所まで押し込まれ、慶子達と離れてしまっていた。途中、何度か乗り降りはあったが、車内の混み具合は駅を出発した時とさして変わらず、二人に近づくことはできなかった。

「次は松江、玉屋酒店前でございます」――これまで何度か聞いたテープのアナウンスである。

 何がタマヤ酒店だ。そんな店、ないじゃないか――恭輔はそう思いながら覚悟を決め、「降ります」と叫ぼうとした。が、その時、思いがけない幸運に出くわした。――今まで壁となって恭輔の前に立ちはだかっていた黒い大男が前に進み始めたのである。

 よっしゃあ!

 恭輔は、遣ったこともない言葉を心の中で叫んだ。大男を盾に降車口に向かって進んで行った。彼の背中に半ば埋もれながら、ようやく降車口のステップに立った時、急に開けた視界に恭輔はどこかで教わった小説の一節を思い出した。

 ――トンネルを抜けると雪国だった。(つづく)

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