第18話 転校生
「はい、どうぞ――」
富沢のややぶっきらぼうな声に反応して扉が開き、二人の女性が中に入って来た。一人は背の高い活発そうな女性、もう一人は落ち着いた中年の女性だった。
先に入って来た背の高い方の女性が富沢の方を見て軽く頷くと、立ち上がっている四人に向かってお辞儀をした。
「六年二組担任の香坂です。よろしくお願いします」
続いて森下の挨拶があったが、彼女は三年一組の本来の担任が産休中であることを付け加えた。いずれにしても、これまで男性教師のクラスにしかなったことのない恭輔は、物足りなさを感じた。
その後、茉莉子と恭輔は、それぞれの教師に連れられ、これから一ヶ月あまり通うこととなる教室に出向いて行った。
森下と恭輔が三年一組の教室の前に着くと、白いキャップの似合う、体操着姿の女の子が軽い足取りで寄って来た。
「転校生?」
「そうよ、これから紹介するから中野さんも教室に入って――」
森下はそう言いながら、教室の扉を開けた。
ちょうど休み時間らしく、教室内はやけに騒がしかった。恭輔は鬱陶しい熱気に押された。
森下は生徒達を席につかせ、教壇に立って板書を始めた。
『新田恭輔』――縦書きの達筆な四文字の右側にはルビが振られた。
彼女に促されて教壇に上った恭輔は、ストーブのコークスが燃え過ぎているせいか、目と頬の辺りがぼおっとするのを感じながら、不慣れな名前で一言二言、自己紹介をした。
「新田君は、今日はこれで帰って明日から登校します」
森下と恭輔が教壇を降りて教室の外に出ようとすると、小柄で髪がサラサラの男の子が走り寄って来て、ひと声掛けるが早いか走り去って行った。
――俺も一日で慣れたから、お前も一日で慣れろよな。
恭輔は呆気にとられたが、悪い気はしなかった。
校長室に戻る途中の廊下で森下から聞かされた話によれば、彼は半年前にこの学校に転校して来たということだった。
四人は、受付で来賓用のスリッパを返し、校舎の外に出た。
帰り道で話題をさらったのは、正義の教頭の話や恭輔のクラスの印象の話でなく、茉莉子の自己紹介の話だった。
「黒板に自分の名前を書かされてさ、『糸』偏まで書いちゃって、慌てて手で消して書き直したよ。もう、焦っちゃった」
茉莉子は白くなった手を見せながら興奮気味に話した。
「昨日、お父さんに言われてたでしょ?自分の名前を書かされるかもしれないから気をつけろ、って」
慶子は相変わらず軽率な茉莉子に呆れ顔である。
「まあ、前の学校では『緋浦』だったのが、今日から急に『新田』になったんだから、仕方ないよ」
正義は茉莉子をかばった。
「でもね、そのお蔭でクラスの皆の笑いを取ったよ」
茉莉子はやはり懲りていない様子だった。(つづく)
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