第16話 蕎麦
慶子が出掛けた後の三人はぎこちなかった。
「お腹が減っただろ。さっきまで母さんとおそばを取ろうって言ってたんだけど、どうする?」
「母さんが帰って来てからでいいよ」
茉莉子は品書きを眺めながら返事をした。
「キョウは?」
正義は答えを訊くまでもないと思ったが、声を掛けた。
「うん、まだお腹すいてないし……」
恭輔は茉莉子と違って食べることに興味がない。茉莉子がそう言うなら別に構わない、というところだった。
「じゃあ、母さんが帰って来るのを待とう」
正義は二人の素っ気ない態度に内心閉口したが、三人無言でそばをすする光景を想像すると、まだその方がましだと思った。
それから三十分程で慶子は戻って来た。
学校側の話は案の定、今回の転校を考え直してほしいというものだった。お詫びというのも学校の体面上、あるいは教頭自身の責任を懸念してのものであることは明らかで、――今回の件は、私の管理不行とどきで、こんな形で転校されては学校としても……そんな弁明を繰り返すばかり。しかも島田校長は急用で不在――慶子は聞く耳を持たず、早々に引き上げて来たのである。
正義もそんな学校の様子を聞いて、葛西東小に今回の転校を阻止するだけの覚悟はないと感じた。
「明日、松江南小には何時に行くんだっけ?」
四人でテーブルを囲んでそばをすする中、正義は慶子に訊いた。
「お昼の一時に校長室に来るように言われてるわ」
「そうか、明日は俺も一緒に行くから――」
茉莉子と恭輔は丼から正義の顔に目を移した。
「仕事は大丈夫なの?」――慶子も正義の顔を見た。夏休みでもないのに、二日連続で休暇を取ることなどこれまでなかったのである。
「ああ、二人の入学式みたいなものだからな。ネクタイを締めて行った方がいいかな……」
正義は何だか嬉しそうだった。
「あっ、いけない、これから江川先生のお宅に行かなくっちゃ」
慶子は学校に行ったせいですっかり予定を忘れてしまっていた。
「乗せて行くよ」――正義の小気味好い一言だった。
「私も行こうかな、お礼を言いたいし――」
茉莉子が姉らしさを取り戻してきたと恭輔は思った。
「それなら、母さんと茉莉子でお邪魔して、俺とキョウは車の中で待っていようか?」
「それ、合格発表の時と逆だね。待っているより自分で行った方が気楽だよ」
茉莉子は正義の提案に乗った。正義と恭輔は顔を見合わせ、にやりとした。
「四人でドライブだね――」
恭輔は、テーブルを囲む皆がこの転校をきっかけに一つになっていく気がした。もう、葛西東小のことは振り返るまいと思った。(つづく)
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