第15話 父親
「ああ、お腹減った」
慶子は、松江からの帰りに駅前で買ってきた食材を袋から出し始めた。
「今日は疲れてるだろ?何か出前でも取るか」――正義は慶子を気遣った。
「あら、いいわね。おそばが食べたいな」
慶子が電話機の横から近所の日本そば屋の品書きを持って来た。
「あなた、何にする?」
「そうだな、かつ丼にしようかな、カレー南蛮も捨て難いな……」
「子供達を呼んで来るわ」
慶子が立ち上がったその時、電話が鳴った。
「はい……」
受話器を取った慶子の表情がみるみる険しくなっていった。相手が一方的に話しているらしく、慶子の時々「ええ」とだけ無愛想に答えるのがしばらく続いた。茉莉子と恭輔も慶子の長電話が気になって正義のところにやって来た。
「誰から?」――茉莉子は息を吸い込む声で正義に訊いたが、彼は無言で首を横に傾けた。すると、慶子がそんな正義の方を見て、何かを訴える表情をした。
「少々、お待ちください。今、主人に聞いてみますから……」
慶子はそう言って受話器を手で押さえた。
「葛西東小の教頭先生から。これから島田校長とお詫びに来たいって。――澤田先生にも今回のことは謝罪させます、って言ってるけど、どうする?」
「家なんかに来てもらったって――今更謝る必要もないだろう。向こうは在学証明書を返してほしいだけだよ」
慶子もその通りだと思った。正義の意向を教頭に伝えた。が、その後もなかなか電話は終わらなかった。
「茉莉子だって、澤田先生の顔なんて見たくないだろう?」
正義は声を抑え、同意を求めて言った。
茉莉子は黙って頷いたが、恭輔はそのやり取りが面白くなかった。
――校長先生に家に来てもらえばいいのに。そうしたら、今回の転校がなくなるかもしれない。
すると、慶子がうんざりした顔でようやく受話器を置いた。
「これから学校に行って来るわ。どうしても会って話がしたいんだって。あなたも一緒に来てよ」
「向こうの用件なんだから、こっちは二人で行く必要ないだろう?」
「分かったわ、ちょっと行って来る……」
慶子は端から期待していなかった。
この時、茉莉子と恭輔は、昼間、松江からの帰りのバスで慶子から聞いた話を思い出していた。――今度もお母さん一人なんだ。
二人は正義との間に、慶子にはない距離を感じていた。正義は、二人にとって二番目の父親、慶子にとって二人目の夫である。四人がこの家で暮らしを共にし始めて一年足らずだった。(つづく)
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