第12話 独白
三人はパチンコ店と道路を挟んで反対側にあるバス停から葛西駅行きのバスに乗った。あいにく並んで座れるスペースは二人分しか空いていなかったので、茉莉子が二人の前に立った。慶子が膝の上のバッグの中身を整理し終えると、それを待っていた茉莉子が口を開いた。
「お母さんは何であの先生と知り合いなの?」
「江川先生のこと?――あの先生はね、昔、大島の家の近くに住んでて、おばあちゃんが挨拶をしてたのを何度か見たことがあっただけだよ。小学校の先生をしてるっていうことしか知らなかったし、勿論、直接話したことなんかなかったよ」
茉莉子は不思議そうな顔で恭輔の方を見てその先の質問を促した。が、恭輔はそれに気づかぬふりをした。茉莉子は仕方なく質問を続けた。
「先生の今の家の場所は知ってたの?」
「知らないよお。おばあちゃんに聞いて大体の場所が分かったから、――あとは自転車を借りて自分で探したんだよ」
「よく分かったねえ」
茉莉子は慶子に調子を合わせて言った。恭輔は姉のそういう口調が好きではなかった。
「他にあてもないから、何としても見つけなきゃ、と思ってあちこち回ったよ。『江川』って表札を見つけた時、電話番号も分からないし、誰かが中から出て来るのを待とうかとも思ったけど、そんなことをして時間をつぶしている場合じゃないから、思い切ってインターホンのボタンを押してみたんだよ。――昔、大島で近所だった新田の娘です、先生にお願いしたい事がありまして……って。そうしたら、お嫁さんらしい人が――学校からまだ戻っていないんですよ……って言うから、この家でいいんだと思って、先生が帰る時間を教えてもらって出直してさ……」
慶子は周囲も気にせず、まくし立てた。
「お父さんに一緒に行ってもらおうとしたけど、――俺は全然知らない人だし、最初から二人で押し掛けない方がいいだろう、って言われて、しようがないから一人で行ったんだよ。母さんだって、もう何十年も前のことだから、先生の顔なんて覚えてなかったよ。でも先生は、――記憶にありますよ、新田さん、って言ってくれて。母さんが玄関口で話し始めようとしたら、――どうぞ、って部屋に通してくれたのはいいんだけど、家の中で猫をたくさん飼ってて、糞やおしっこの混じったにおいがすごくって。だけど、そんなの気にしていられないよ。それで、今回の転校の話をしたら、やっぱり急に険しい顔になって、――大変お気の毒ですが、それはできません、ってはっきり言われたよ。母さん、何度も何度も床に額を擦り付けてお願いしたんだけど、なかなか引き受けてくれなくて。もう必死で、しまいには、先生にお断りされたら子供達は行く学校がなくなってしまうんです、って怒鳴っちゃったよ。そうしたらね、先生、――負けました、って言ってくれたんだよ。今思えば、あんなこと、よくできたよ……あの時は先生が、うんと言ってくれるまで帰らないつもりだったけどさ」
茉莉子は慶子に圧倒され、無言で聴き入るだけだった。慶子は慶子で、親として当然のことをしたまで――そんな気位を持っていたから、子供に感謝や賞賛の言葉など求めもしていない様子だった。恭輔は慶子の独白を横で聴きながら、茉莉子が俄かにおとなしくなったのに気づいていた。(つづく)
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