第2話 ごめんなさい
恭輔はクラス委員になったものの、白髪交じりの短髪に色黒で彫りの深い顔立ちをした、マラソン選手の出で立ちのベテラン教師と、それまで仲の良かった友達の誰とも一緒になれなかったこのクラスに馴染めなかった。恭輔にとって二年一組は絶対的なホームグラウンドだった。大学を出たばかりの元担任教師、武藤を兄同然の身近な存在に感じていた。
そんな恭輔は藤木を担任として認めなかった。まさに一足早い反抗期が訪れた振る舞いを繰り返した。藤木から注意の電話が家に何度かあった。
春の運動会が終わり、クラスの雰囲気も落ち着いてきた六月の初め頃、恭輔はその反抗的態度の象徴とも言える悪業を犯し、教室の皆の前でこっぴどく説教された。
「……それなら児童委員の賞状も返してもらうよ」
藤木は止めを刺した。
恭輔は弁解の言葉も見つけられず、途方に暮れた。涙ぐみながらしばらく黙り込んでいた。背中に注がれているクラス中の視線を感じる余裕もなかった。すると、無意識の言葉がぽつりと出た。
「ごめんなさい……」
家では数え切れないくらい、日常茶飯事の「ごめんなさい」が、学校では初めてだった。
この時、恭輔は俯いたまま、閃いた。
――「ごめんなさい」ってこういうときに遣う言葉なんだ。
それからの恭輔は人が変わった。まさに優等生、クラスのリーダーだった。
二学期のいつだったか、クラスで各々が好きな同性の名前を一人、紙に書いて提出させられたことがあった。その時、男子で最も票を集めたのが恭輔だった。クラスの男子十八人中、十六人が『ひうら君』あるいは『ひうらきょうすけ君』と書いたのである。恭輔は、そんな投票が行われたことも忘れた頃、慶子からその結果を聞かされた。藤木が家に電話をかけてきたのである。
何で先生はそんなことで電話してきたのだろう?――実際、後期のクラス委員を決める投票では、男女合わせて二十四票を取った。恭輔は藤木の連絡に喜ぶどころか不安になった。が、それに続いて悪い知らせなど、もうないのは勿論だった。
「女子の一番はたしか、『イケ……』何さんっていう子だったかな……」慶子は序での話を続けた。
「池谷さんじゃないの?」恭輔はそう返した。
「ああ、そうかな。多分、その子だわ……」
慶子のいい加減な受け答えに恭輔は無言だったが、心の中では叫んでいた。
――決まってるじゃないか!(つづく)
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