第3話
「……ちょっと扇風機探してくる」
「断言しよう、この学校に扇風機はない。代わりと言っては何だが、僕はクーラーのファンをおススメしておく」
「俺にどんなエグイ死に方をさせるつもりだよ!」
真白の中でのエアコンと扇風機の立ち位置がわからない僕はため息を吐くことしか出来なかった。
そもそもその二つで死にたいのなら、僕がどちらかを抱えて殴りかかるしか方法はないのではないだろうか?
「……止めないでくれ。俺はもう終わったんだ」
一欠けらも止めた記憶はない。
「はは、見てくれよこの様――」
テスト勉強を一緒にしてから数日後――今日は期末テストがすべて返ってきたのだが、彼の言葉通り、赤色しか見えないのが現実である。
そもそもテスト前日、九九の七の段まで出来て大喜びし、夕食を作りゲームをして寝てしまったのである。よく考えなくても我々は高校二年であり、テストに九九は出ない。
因数分解で多少は九九も使ったが、そもそも真白は因数分解を知らないだろう。
「おいシロ、因数分解って何だ?」
「何っておま――えっと……そう! 世界中のあらゆる数を分解していく俺が作った必殺技だろ?」
「……ほう、続けろ」
「世界はあらゆる数字で成り立っており、俺はその数字を――つまり、世界を壊すことが出来る」
大袈裟な身振り手振りで何か始まったが、ツッコむ前に一応全部聞いておこう。
「この世界はあまりにも数字で溢れすぎている。俺の頭が世界についていけない……税金、スピードメーター、時間――もう、数字に囲まれるのはごめんだ! 俺は突然神から与えられた数字を壊す力を持ってコンビニに入ったのだった」
「ほぅほぅ、それで?」
「コンビニにも数字がたくさん書いてあった。時計、割引クーポン、値段――こんな世界はもう嫌だ! 俺は壊すぜ!」
興奮気味に真白が机を叩くのだが、ここは僕の机だ、あとで貴様の頭も叩かせてもらうぞ。
「俺はそう決心し、おもむろに『うもぉ棒』を手に取り、念じる。
ああ、もう聞きたくないのだが、これはそろそろツッコむべきだろうな――。
「今回も激しい戦いだった。しかし、我々は勝ったのである。また一つ、数字を消し去った――」
「10円菓子じゃねぇか! それと、随分規模のちいせぇコンビニ強盗だな! お似合いだよ!」
「ありがとう!」
褒めてはいない。
と、いうか、壮大な話でも始まると思ったが、やっていることがただのコンビニ強盗とは恐れ入った。
「……1年の時の教科書をよく読め、そこに因数分解について書いてあるぞ」
「おお、失くしたと思った秘伝書、そんなところにあったのか!」
真白が因数分解の祖であるのなら、きっと世界はお花畑で溢れていただろう。今がそんな世界ではなくて心底ほっとする。
さて、そろそろお花畑から現実に引きずり戻そう。このままでは埒が明かない。
「で、補習どうするんだ?」
「……扇風機探してくる」
「その件はもういらん」
「助けてくれよぉ!」
ああ、鬱陶しい。
抱き着いてくる真白。普段から困ったら抱き着いて来る奴なのだが、毎回だとウザくて敵わん。僕は青い狸のようなよくわからない物体ではないのだが……。
「……そうやってすぐ人に頼るくせして自分では何もしてこなかっただろう? 自業自得だ、大人しくセンセにしごかれてこい」
「お、俺だって普通の先生なら補習くらい出るよ!」
いや、出ないだろう。行くと言って駄菓子屋に寄り、忘れていたとかほざいてサボる未来しか見えない。だが、まぁ言わんとしていることはわかる。
「……ウチの担任な」
「だろう? 想像してみろよ、夏休み明けたら、俺が内股で登校してくるんだぜ?」
「吐きそうなことを言うな」
「ひでぇ!」
泣き顔を僕の顔に近づけてくる真白だが……ええぃ、鬱陶しい!
そもそも、何故真白がその補習を嫌がっているのかというと、その補習を発案したのが僕たちの担任であり、担任の自宅に行かなければならないということである。
いや、どのセンセの家に行くのも嫌だが、担任である鶴ケ井 源之助センセはさらに嫌なのである。
何故かと言うと、この担任、あまりいい噂がない。
普段通りであるのなら、言動が所々おかしいが至極真っ当なことを言っており、教師としては尊敬出来ると言って良いほどの人物だろう……服装を除けば。
そして、その噂というのが――。
「ヤだよぉ、オネェになりたくないよぉ」
マジ泣きである。
そう、センセの自宅に行った者はもれなくオネェの道を歩むとい噂があるのである。
以前、真白のような馬鹿――勉強が出来ない不良がいたらしい。そして、その不良も真白のようにセンセの自宅で補習を受けることになったそうだ。
これが噂の根源である。
その不良、登校日の日、女子生徒の制服を着て、さらには化粧をして内股で教室に入ってきたそうだ。
普段は誰にも懐かず、カミソリと呼ばれていたそうなのだが、登校日の日、女々しく腰を振りながら自身がイジメていた男子生徒をトイレに連れ込んだとかそうじゃないとか……。
しかも、なまじ喧嘩が強かったために誰も逆らうことが出来ず、その年は男子生徒のほとんどがオネェになったとかならなかったとか。
所詮噂であるが、思春期真っ盛りな男子生徒にはキツい噂であるのは確かだろう。
「想像してみろ! 俺が女言葉で腰を振ってる様を――」
「おぇぇぇ!」
「……俺がオネェになった暁には、まずはお前から襲ってやる」
「バット持って待ち構えてやるよ」
「なら俺はグローブを持ってくぜ!」
「はいはい、プレイボールプレイボール」
おい金剛、野球しようぜ! の、誕生である。
「お前がボールな」
「ボールは友だち!」
ともかく、真白はセンセの補習が嫌だと喚くのだが、ぶっちゃけ、僕には関係がない。そもそもさっき言った通り自業自得なのだ、センセにしごかれ、オネェになったとしても僕は変わらずに彼を殴り続けるだろう。そうに違いない。
「……薄情者ぉ」
真白が半目で睨んでくるが、痛くもかゆくもない。
「――わかったよ。お前がそこまで言うんなら俺にも考えがある」
「僕は何も言っていないぞ」
だが、この馬鹿に何かしらの考えが浮かんだらしい。しょうがないから聞いてやろう。
「……続けろ」
「お前は……そう! あれだ! かんとくふぶきふとどき」
「……?」
もしかしなくとも、監督不行き届きのことだろうか? いやいや、僕がいつ真白の監督になったというのだろうか?
「プレイボール!」
「貴様に野球を教えた覚えはない!」
「バット持ってんだろ?」
「監督はバットを持って待ち構えない――」
「ともかく! 俺は先生にそう進言するぜ! じゃな――」
真白が手を上げ、走り去る。
「あ、おい待て……ったく、本当、どうしようもないな」
まぁ、センセがそれを聞き入れるはずもないが、行ってしまったのならしょうがない。これを機にあれが真面目になってくれることを僕は祈ろう。
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