十冊目  曖昧模糊な消え入る螢は

「きみってさあ、死にたくなったこととかないの?」


 あったけど、「ないなあ」と返した。


「だろうね。」


「きみには一生わかんないよ。」


 あの時あったよと言っておけば?

 後悔ばかりがつきまとう。

 あのときからぼくの時間は壊れたままだ。

 その晩、夢を見た。


「馬鹿だねえ、きみって本当に。」


「きみが背負う必要なんてないのにさ」


「そんなんだからきみはクズなんだよ。クーズ」


「あたし、救われたんだよ」


「きみが強がってるのを見てさ、凄いなって思ったんだよ」


 きみは笑っている。


「死んだらどうにもならないじゃないか」


「一緒にかくっていっていた小説はどうするんだよ」


「なんとか言えよ。ばーか」


「寂しいじゃないかよ」


「おれはどうしたらいいんだよ。きみは無責任なんだよ。きみなしでどうしろってんだよ。ばか」


 きみは泣きながら笑う。


「死にたくて死んだわけじゃないっつーの。あたしだってもっと生きたかったよ。まさかって思うじゃん、屋上に立ってたら落とされたんだよ」


に」


「あたしは、あたしに殺されたんだよ。あたしはあたしを殺した。あたしの真っ黒で気持ち悪いあたしがあたしを殺したの。おまえなんか、生きてるだけで迷惑だ、って」


「でもね。泣いてたよ」


「あたしは、泣きながらあたしを殺したんだ」


 きみは泣きじゃくって、それでも笑い続ける。


「ねえ、あたしとの小説はきみが完成させてよ。天国がほんとにあるのかわかんないけど、見てるからさ」


 ぼくは、







「ざっけんな!!!!」






 なんで。なんでだよ。

 おれを殺せばよかっただろ。

 一人で死ぬより、

 おれと一緒に。


 置いて行かれたおれは

 どうすりゃいいんだ。


 言葉は届かない。


 それでもきみは笑うんだろう。


 冷たい石の下できみはそれでも変わらず笑うんだろう。


「いきて」


 聖女の様にきみは、恐ろしい程曇りひとつない眼をしていた。


 十冊目 かすか

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