第6話 二十五年前・2

「おぉ」智也が手を挙げて和成に声を掛けた。

「おはよっ」和成も手を挙げて挨拶を返す。学校へ向かう途中、坂道公園付近の曲がり角で偶然一緒になった。和成の父に合わせた登校時間で、いつも遅刻ギリギリの智也に出会うのは、転校して三ヶ月程経つ中で初めてのことだ。

 坂道公園に植えられた木々からは、住宅街とは思えないほど蝉の声が鳴り響いている。

「今日は早いね」

「うん、なんかじいちゃんが出掛けるからって早く起こされたんだよ。カズはいつもこんなに早くきてんの?」

「うん」

「あと二十分寝れたのに」

 智也が大きなあくびをして、それを和成は笑った。

「眠そうだね」

「眠たい。教室で眠ろうかな」智也はまたあくびをした。

「いいんじゃない」 

 和成にもあくびが移り、二人並んで口を大きく開けた。

 二人は今日の授業に体育が無いことを愚痴ったり、暑い暑いといいながら学校に到着した。すれ違う教師や同級生に挨拶をしながら教室に入り、智也は宣言通り机に伏せて眠りにつき、和成はすでに教室にいた友達と駅前にあるゲームセンターに入った新作ゲームの話で盛り上がった。

 良樹とヒロが登校してきて和成の会話に加わり、チャイムの音を合図に和成は自分の席に戻った。

 教師が教室に入り生徒全員で儀式のような一礼をしたあと、いつも通りの一日が始まった。

 休み時間をいつものメンバーで過ごし、最後の授業を終え、掃除の時間になった。和成が入ったグループの担当する掃除はゴミ捨てだった。

 四人で手際良く教室のゴミを集め、教室を出た。学校の隅にある廃棄場に向かう途中、ゴミ袋を持たない智也が校庭に落ちている小枝を何本か拾い始めた。ゴミ捨て担当になった時のいつもの行動だった。

「また焼却炉に入れるの?」良樹が呆れたように聞いた。

「お前には関係ないだろ。どうせ先に帰るんだから。なっ、カズ」

「良樹とヒロも一緒に見ようよ」

「嫌だよ。知らないからな」良樹は呆れた顔を和成にも向けた。

「僕もいい」和成に初めて会った時より一回り太ったヒロは、顔から大量の汗を吹き出させながらつぶやくようにいった。

 廃棄場に到着し、良樹と和成がゴミ袋を置いている間に、智也はすでに焼却炉に掛けられた革製の手袋を手に着けていた。

「俺とヒロは先に行ってるよ」良樹とヒロが背中を向けて歩き始めた。

「じゃ開けるぞ」

 和成が良樹とヒロを見送ったあと智也の待つ焼却炉の前に行くと、智也は鉄の扉に付いている取っ手を掴み下に下げた。ギギイッという音と共に鉄の扉が開き、焼却炉の中から煙と熱気が出てきた。和成は目を細め口を塞ぎそれを防いだ。

「今日はあんまり燃えてないな」智也は焼却炉の中に息を吹きかけた。灰が舞うと同時に焼却炉の中が真っ赤に染まり、炎が燃え上がった。

「カズ、枝」智也は少し後ろで中の様子を見ていた和成に、地面に置いていた小枝を要求した。

「全部?」下に置かれた五本の小枝を両手で抱え、智也に聞いた。

「半分」智也は手を差しだし、焼却炉の中を見ながら答えた。

 和成は五本のうち三本を、智也が差し出している手に置いた。智也がそれを掴み焼却炉の中に投げ入れた。智也の投げ込んだ小枝が炎に包まれると同時に、静かな廃棄場周辺に大きな怒鳴り声が響いた。

「なにしてんだお前等」

 和成は声のした方に目を向けた。先生に見つかったと思ったが、和成が向けた視線の先には、智也よりさらに背が大きそうな見覚えのない男子生徒一人と、背は小さいがやはり見覚えのない男子生徒がもう一人、焼却炉に向かい走っていた。六年生だとすぐに理解した。

 和成の心臓は一瞬止まったかと思うほどの間をあけて、倒れそうなスピードで動き始めた。

「やべっ、六年だ」

 頭が真っ白になり体が硬直した和成の横で智也が口を開いた。その声で我に返った和成は、初めてここへ来たとき智也が口にした「逃げればいい」という言葉を思い出した。

 急いで焼却炉の扉を閉める智也を後目に、和成は六年生が向かってくる方角とは逆に駆け出した。

「逃げんじゃねえよ」

 後ろから低い怒鳴り声が聞こえてきたが、和成は必死になって走った。

「カズっ――」校舎の角を曲がる時、智也に呼ばれたような気がしたが振り返る余裕などなかった。

 息を切らしながら教室に駆け込んだ和成に、良樹やヒロが驚き駆け寄ってくる。

「どうした?」良樹が心配そうに口を開いた。

「ろくっ……六年生に見つかって……追い……追いかけられた」和成は荒れた息を整えながらしゃべった。

「智也は?」ヒロが聞いた。

「分かんない」教室のドア近くに立つ和成は、焼却炉から初めて後ろを振り返った。そこに智也の姿は無かった。

 和成が教室に帰ってから五分程遅れて、勢いよく教室のドアが開き智也が帰ってきた。目からは涙が流れており、右目は赤く腫れている。服は汚れ両膝には血が滲んでいた。

「大丈夫?」教室のドア付近で智也の帰りを待っていた和成が声を掛けた。

「お前何逃げてんだよ」赤く腫れた目に涙を溜めながら、智也は和成の胸ぐらを掴み睨んだ。

「ごっ……ごめん」和成は後ずさりながら怯えた声を出した。

「何逃げてんだって聞いてんだよ。ぶっ殺すぞ」智也は教室に響きわたる程の大声を出し、和成を突き飛ばした。和成は床に手を付き倒れつ。教室にいた誰もがそれに注目していたが、止める者はいない。

 智也が怒っている姿を今まで何度も見ていたが、これほど怒っている智也を見るのも、その怒りが自分に向けられたのも初めてだった。

 見下ろす智也から目を反らすように何とか立ち上がったが、足が震え今にも倒れそうだった。すでに智也の目から涙は消えていた。

「なんかいえよ」智也は下を向き何もいえず沈黙する和成に問いただすように聞いた。

 和成の頭の中で答えは浮かんでいたが、それを口にしても智也の怒りを治めることは出来ないような気がした。なんとか怒りを治めるような別の答えを考えようとしたがなにも出てこず、下を向き黙っているしかなかった。和成の目には、智也への恐怖と、なにも出来ない自分への不甲斐なさで涙があふれた。

「なんかいえっていってんだろ」

 智也の怒鳴り声と共に顔に衝撃が走り、和成はまた床に倒れ込んだ。肩にぶつかった机が大きな音を立てて揺れ動いた。

 下を向いていた和成は、最初何があったのか分からず混乱した。怒りに染まった智也の顔を見上げると共に左の頬が徐々に熱を持つように痛くなり、殴られたと気づいた。

「なに泣いてんだよ」罵声を浴びせるかのように智也が口を開き和成の胸ぐらを掴んだ。和成は漏れそうになる嗚咽を抑えるのに必死だった。頭の中は初めて殴られた驚きで、ほかのことを考える余裕などなかった。

「先生きた」教室の中で誰かか叫んだことで智也は手を離し大きな舌打ちして自分の席に戻った。他の者も、心配そうな顔を和成に向けながら自分の席へと戻っていった。男子生徒の中でリーダー格になりつつあった智也を怒らせた和成に、声を掛ける者などいなかった。

 止めることの出来ない涙を何度も拭いながら立ち上がり、震える足をなんとか動かして他の者より一歩遅れて自分の席に戻ろうと歩き出した。

「早く席戻れよ、泣き虫」

 智也の声と共に何名かが笑い声を上げた。それが悔しく、睨むことすら出来ない自分が情けなく、和成はただ泣きながら席に着いた。 

 和成が席に着くと同時に教師が教室に入り、生徒全員で一礼をしたあと、教師はいつもと同じような連絡事項を話し「さようなら」の挨拶と共に全員が帰り支度を始めた。

 まだ痛みの引かぬ左頬をさすりながら和成も帰り支度を始め、ランドセルの留め具を机の上で閉めたあと、智也の席に赤くなった目を向けた。

 智也の席には良樹とヒロの他に数人の生徒が集まり何かを話している。そこから一度目を反らし聞き耳を立てたが、帰り支度をしている他の生徒が起こす物音で、和成の席まで話の内容は届かなかった。

 他の生徒が帰り始め人が少なくなる教室の中で、和成は動けずにいた。まだ話を続ける智也に、いつものように「帰ろうぜ」と声を掛けて欲しかった。

 五人ほどが取り囲む輪の真ん中に座る智也が立ち上がりランドセルを背負ったあと、和成に視線を送った。それに合わせるかのように他の五人が智也と同じように和成に目を向けた。和成はその視線に気づいたが、そこに目を合わせることが出来なかった。

 智也が視線を和成から外し歩き出したことで、智也を取り囲んでいた者達も、智也に着いていく形で動き出した。

 その動きを横目で追っていた和成は緊張で背筋を伸ばした。「帰ろう」と声を掛けられるのか、罵声を浴びせられるのか、また殴られるのかは分からないが、とりあえず謝ろうと決めていた。

 智也は体が痛むのかゆっくりとした足取りで、和成に声を掛けることなく教室を出た。

 和成は智也の後ろ姿を横目で見送ったあと、三分程椅子に座り続け、涙が治まったのをきっかけに席を立ち教室を出た。智也に追いつかぬようにゆっくりと校内を歩き、校門を出て帰り道に目を向けた。そこに智也の姿が無いことに少し安堵した。




 一学期の終業式が終わり、全員で帰りの挨拶をしたあと、和成は飛び出すように教室を出た。

 智也は明日から始まる夏休みの予定などを友達と話しているのか、教室を出た和成には気づいていないようだった。

 後ろから声を掛けられないかと怯えながら、明日からの夏休みに控えて慌ただしい校内を急ぎ足で歩いた。

 あの日から、和成にとって学校は苦痛でしかなかった。智也以外で和成にしゃべりかける者はすぐにいなくなった。それが智也の仕組んだことなのか、自然とそうなってしまったのか、和成に確かめる術はなかった。

 その日の智也次第で、和成の一日は決められるようになった。智也に声を掛けてもらえなければ、一日を誰とも交流せずに過ごした。声を掛けられたとしても、荷物持ちや教師の頼みごとを押しつけられたり、他の生徒の前で辱めを受けた。

 最初は智也に合わせているだけだった良樹やヒロや他の者達も、日が経つに連れ当たり前かのように和成を茶化すようになった。恥ずかしさと悔しさで少しでも反論すると、智也は周りに自分の力を誇示するかのように和成を殴る。和成の太股や肩には毎日のように痣があった。

 あの日から始まった智也の理不尽な言動に、和成も最初は抵抗していた。その抵抗は、また前のように戻りたいと願う和成の気持ちの表れでもあったが、その気持ちはすぐに無くなった。もう戻れないと気づいた。何もしないでほしかった。毎日繰り返される侮辱の言葉と暴力に、これ以上ひどくならないようにとただ笑顔を作りながら耐えていた。

 校門を出た和成は後ろを振り返り、たくさんの荷物を持ち歩く生徒の中に、いつものメンバーがいない事を確認し緊張を解いた。

 下校の時間に智也に捕まると、当たり前のように三人分のランドセルを持たされるようになっていた。そのまま坂道公園やヒロの家に行き、智也の指示に従わされいろんなことをさせられる。

 初めて万引きをさせられたのは、あの日から二日経った坂道公園での「許して欲しかったら――」という智也の言葉からだった。

 財布を取り上げられ佐藤商店に入った和成は、震えながらポケットにお菓子を詰め込み、逃げるように店を出た。

 坂道公園に戻り智也にお菓子を渡し財布を返してもらったが、中に入っていた千円札が無くなっている。智也に聞くと「慰謝料だ」と言われ、和成はうなずいた。

 あの日から今日までの三週間程で、二回万引きをさせられ、二回お金を取られていた。財布とは別にポケットにお金を入れ持ち歩くようになっていた。

 またあるときは、ヒロの家に連れて行かれ四人で話をしている時に、坂道公園近くに建つ誰も住んでいない『お化け屋敷』と呼ばれる二階建ての一軒家が話題に上がり、智也の発案でそこに行くことになった。

 その「お化け屋敷」と呼ばれる一軒家は、汚れていなければ白を基調とした立派な建物だった。今は広い庭に草が生い茂り、一階の割れた窓には薄い板が張られ、その板も何カ所かは破壊されていた。一階の壁はツタに覆われており、その長さは二階まで達していた。庭に一つだけ置かれた妖精をかたどったような置物が、その建物の不気味さを際立たせた。

 そこで和成は、智也に一人で中に入るように指示された。最初は嫌がったが、智也に怒鳴られ「分かったよ」とつぶやいた。ドアが開いていることは、前に四人で玄関まで行ったことがあり知っている。

「二階の窓からこっちに手を振るまで戻ってくんなよ」

 蜘蛛の巣が張り、埃まみれで薄汚れた屋根付きの玄関のドアノブに和成が手を掛けた時、庭を挟んで道路沿いに設置された門の内側で待っていた智也が大きな声を出した。和成は振り返ることなく中に入った。頭の中は恐怖よりも苛立ちの方が大きかった。早く終わらして帰ろうと考えていた。

 外の光が細く差し込む室内を、智也に指示された窓のある部屋へゆっくりと進んだ。壁には誰が書いたか分からない落書きや、大きな衝撃を受けてできたような穴が多数あり、床にはどこに使われていたか分からない木くずや、誰かが持ち込んだ新聞紙の切れ端などが落ちている。

 階段を上り廊下に対面で並ぶドアの片方を開け部屋へと入った。足下を気にしながらゆっくりと窓から顔を出し、三人がいるはずの道路沿いに設置された門に目を向けたが、そこには誰もいなかった。

 三人も中に入ってきたのかと思ったが、静まりかえる室内で誰かが入ってこればすぐに分かるはずだと気づいた。

 誰もいない門を見つめ、和成の頭の中は怒りの感情で埋め尽くされた。

 外の出ようと顔を上げた和成は不意に驚いた。後ろに誰かいると思った。それがガラスに映った自分の顔だとすぐに気づいたが、忘れていた恐怖心が一気に吹き出し頭の中を埋め尽くした。三人がいないということも、それに拍車を掛けた。

 和成はすぐに振り返り飛び出すように部屋をでた。この部屋に入るまでは気にも止めなかった廊下の隅の暗闇や、赤い文字で書かれた落書きが全て恐怖の対象へと変わっていた。

 もつれる足をなんとか動かし階段を駆け下りている途中、木くずに足を取られ五段ほど転げ落ちた。体中痛んだがすぐに立ち上がり玄関へと走った。

 ドアノブに手を掛け押し開けようとしたが、ドアは動かなかった。和成は焦り力一杯押したり引いたりを繰り返したが開く気配はなかった。

 一階の窓から出ることも考えたが、後ろを振り返る勇気はなかった。ひたすらドアに力を加え続けた。

「誰かぁ開けてぇ」声が裏返るほどの大声を和成が出したのをきっかけに、ドアの向こう側から小さな笑い声が聞こえドアは簡単に開いた。いないはずだった三人は怯えた表情の和成を見るなり吹き出したように笑い出した。

 ドアが開き三人がいたことで、和成の中に一瞬だけ安心感が生まれたが、笑う三人を見て全てを理解した。痺れるように体中に悔しさが広がっていった。

 和成は三人を睨みつけたが、笑い声が止む気配はなかった。

 悔しさが体中に広がり涙が流れ出したのをきっかけに、和成は智也に掴み掛かった。三人は驚いたのか笑い声はピタリと止んだ。

 掴み掛かったが殴ることさえ出来ず、叫び声をあげながら智也の服を掴み体を揺らした。殴りつけるつもりだった。右手の拳は強く握られていた。何も出来ない自分に苛立った。もう一度拳に力を込めた。勇気を振り絞ろうと大きな叫び声を上げた。

 和成の体は一瞬で吹き飛ばされ、背の高い草むらに倒れ込んだ。良樹やヒロが歓声を上げる。驚いていた智也の顔は、眉間にシワがより怒りを露わにしていた。

 和成はすぐに立ち上がりまた立ち向かったが、体制を整えた智也に、一回り小さい和成が出来ることは何もなかった。立ち向かっては投げ飛ばされ、何度も草むらに倒れ込んだ。

 何度も投げ飛ばされる内に、立ち上がる気力さえ無くなり、和成は草むらに座り込んだ。涙は止まり気分は落ち着いていた。不思議なほどなんの感情も浮かんでこなかった。

 和成が座り込み動かなくなったのをきっかけに、三人は声を掛けることなくお化け屋敷の門を出て行った。三人の後ろ姿を見送り、視界から消え足音が聞こえなくなったことで和成は立ち上がり、門に一つだけ置かれたランドセルを背負い自宅へと帰った。

 その日から、和成は全てを諦め智也に抵抗することはなくなった。

 学校の校門を出た和成は、夏休みのために持ち帰らなくてはいけないたくさんの荷物を一度担ぎ直し、足早に歩き出した。

 誰にも捕まることなくマンションに帰り、荷物を部屋に片づけ居間のテレビを付けた。

 十八時から始まった毎日楽しみにしている番組を見終わったあと、父親の久志が和成のためにお金を入れている玄関の電話機横に置かれた小さな引き出しから千円を取りだし、いつものスーパーへと晩ご飯を買いに出掛けた。

 スーパーから帰り、テレビを見ながら買ってきた総菜を食べ、お風呂へ入った。

 お風呂から上がりまたテレビを見ていると、久志が帰ってきた。久志はいつものように和成に買い物袋を渡し服を着替え居間に腰を下ろした。

「明日から夏休み?」久志が口を開いた。

「うん」和成は久志が買ってきたアイスクリームを食べながら答えた。

「そうか、休みが取れたら旅行でもいこうか?」

「ハワイとか?」

「そんなに休み取れないな。温泉とか」久志は顔に笑みを浮かべ話した。

「分かった」

 会話が止まり二人並んでテレビに目を向けたあと、CMに入った事をきっかけに久志が口を開いた。

「夏休みの宿題はたくさんあるのか?」

「うん。たくさんある」

「お父さんはいつも夏休みが終わるギリギリまで宿題残ってたなあ」久志は昔を思い出すかのように視線を浮かせた。

「僕もいつもギリギリだよ。まぁ……今年は大丈夫だと思うけど」

「自由研究とかあるのか?」

「あるよ」

「なにするかもう決めてるのか?」

「まだだけど」

「友達と一緒になにかやったらいいんじゃないか。お父さんも子供の頃は友達といろいろ作ったよ」

「いいよ、一人でやるから」

「そうか、まぁ早めに終わらせるように頑張れよ」

「うん」

 会話がまた止まり、アイスクリームを食べ終えた和成は立ち上がった。

「じゃあもう僕眠るね」

「おやすみ。明日お父さん朝早いからお金入れとくよ。夏休みなんだからたくさん遊ばないとな」

「うん、お休み」和成は食べ終えたアイスクリームの空箱をゴミ箱に入れ、歯を磨き、もう一度久志に「お休みなさい」と声を掛けて自室に入った。

 教室で智也に殴られた日から、家で学校の話をあまりしなくなっている。智也のことを父親にいうつもりはなかった。次第に口数が減っていくのを和成自身も自覚していた。

 前は楽しいと感じていた父親との会話が気まずいモノに変わっていた。学校生活への質問に答えるのが苦痛だった。嘘を吐く自分が嫌だった。久志が帰ってくる前に自室に入り寝たふりをすることもあった。

 和成は部屋の電気を消したあと、布団の上に寝転がった。父親との会話からまた逃げてしまったという自覚があった。目を瞑ると嫌なことばかり浮かんできた。明日から始まる友達のいない夏休みがどういうモノになるか、不安でしかたなかった。

 去年の夏休みを思い出した。楽しい思い出ばかりだった。思い出には母親の姿も映し出された。

 和成は一度起きあがり、学習机の上に置かれた母親の写真を見つめ「お休み」とつぶやき眠りについた。


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