エピローグ
最終話 僕たちの戦いはこれからだ!?
それまでドタバタしていた反動か、だらだら過ごしていると夏休みの残りはあっという間に去ってしまった。
九月に入ったからといって太陽が自己主張を緩めるようなことはなく、八月と変わらない、もしくはそれ以上の暑さとなっていた。
「暑い……」
一日中クーラーの利いた部屋で過ごすという生活を続けていたおかげで、僕は登校するだけで一日分のエネルギーを使い果たしていた。
ありがたいことに教室に入ると冷房が利いていて少し生き返ることができた。
「お、おはようゴッドハンド。生きていたみたいだな」
さわやかに失礼なことをぬかすクラスメイトの脇腹に、あいさつ代わりに手刀を突き入れてやる。
「おふっ!」と変な声を上げて悶絶するが、周りにいた連中は特に騒ぐわけでもなくそれぞれの会話に華を咲かせている。
うむ、夏休みをはさんでも我がクラスは平常通りだな。
旅自慢に部活自慢、ひと夏の体験自慢!?を聞き流しながら自分の席に向かう。
ふと見ると、隣の席はまだ空いたままだった。
「ふぅ」と小さく息を吐いて席に着くと、机の中に小さな紙切れが入っていることに気付いた。
周りに気付かれないように慎重に開けると、中には『放課後屋上まで来られたし』とだけ書かれてあった。
女子からの告白の呼び出しにしては文章が固過ぎるし、男子からの僕を引っかけようとするいたずらならもっとハートマークなどが散らされているはずだ。
そうなると誰の仕業か、なんて考えるまでもない。
とりあえず当面の問題は暑苦しい体育館での始業式をどう乗り越えるか、ということだった。
「遅い!」
なまった体に鞭打って全速力で屋上に駆け上がった僕を迎えた第一声がそれだった。
「やれやれ、随分とだらけた毎日を送っていたようだね」
続けて追い打ちがかけられるが、膝に手をついたまま「ハア、ハア」と大きく息をするのに精一杯で言い返す気力すらなかった。
「全く、私たちはあちらの世界とこちらの世界を走り回っていたというのに!」
完全な八つ当たりだけど、今まではそんなことを一切言わなかったのでこれも打ち解けてきたという証拠かな。
だけど困ったことに彼女のご機嫌斜めな状態はあの日から続いたままのようだ。
「さて、遅れたことについての申し開きを聞こうか」
「そんなこと言って、本当は全部知っているんでしょう?」
「いやいや、もしかしたら万に一つくらいの可能性で誰かに告白されていたかもしれないだろう?さすがにそんな所を覗くほど野暮じゃあないよ」
ジロリとねめつけてみるけれど、全く効果がない。それどころか倍以上になって嫌味が返ってきた。
全力疾走で汗だくな上に、昼下がりの太陽にあぶられてもはやグロッキー状態の僕はそれに耐える余裕がなく、体を支え切れずに倒れ始める。
「おっと!ゴトウ、いくらなんでもなまり過ぎだ。明日からは私と一緒に早朝ランニングをするぞ」
いち早く僕を抱きとめると、彼女は一方的にそう決めてしまった。
こうなると反抗しても無駄だ。僕は「ういー」とやる気のない返事――せめてもの抗議のつもり――をすると、甘い香りを胸一杯に吸い込んだ。
「ご褒美はそれくらいにしておかないとつけ上がるよ」
「それもそうだな」
何という非常&無情なお言葉。
あわれ可哀想な僕は柔らかな胸から引きはがされたのであった、まる。
「それで二学期開始早々、何の話題で盛り上がっていたのかな?」
おや?改めて尋ねてきたということは本当に知らないのだろうか?
僕はポケットからスマホを取り出すと、ある画像を呼び出した。
「皆からこれについて聞かれていたんですよ」
二人が「どれどれ」と言って覗きこんだ画面には、ルシフェルに首を絞められている僕と倒れ伏している羽歌が写し出されていた。
「最近の画像はきれいだね。盗撮がなくならないわけだ」
「その割にはどこにも下着などが写っていないな」
「どうして盗撮の話になっているんですか?違います。これ自体が問題だったんですよ」
炎天下の下、ボケ倒す二人に突っ込みを入れる。このやり取りも久しぶりだ。
「問題と言ってもこの周辺にいた全員に記憶操作が施されたから、問題になりようがないのだけれど?」
実は夕方の帰宅時間帯の駅前ということもあって、多くの人たちが僕たちのことを目撃していた。
そこで騒ぎにならないように記憶操作が行われた、のだけれど
「画像の方はなんの対処もしていないから、ネットでいろいろ噂になっているそうです」
撮った記憶が一切ないのにフォルダに残されていた謎の画像ということで、結構な騒ぎになっているそうだ。
しかも最初に投稿した人に呼応して十数人の人が同じ画像や動画、体験談をアップしたものだから、真夏の怪奇映像として一気に注目されてしまった。
「一応ネット上では個人が特定できないようにしてあったらしいですけど、ちょっと画像解析ができる人なら元の画像に戻すことができるみたいです」
それ以前に見る人が見ればすぐに僕だって分かる――つまりネットを徘徊していたクラスメイトに見つけられてしまったというわけだ。
「それで「一体何をやっていたんだ」と問い詰められていたということか」
「そういうことです」
「どうやって誤魔化した?」
実際誤魔化したのだけれど、人に言われるとすごく悪いことをしたように聞こえるのは何故だろう。
「自主映画を撮っている人の手伝いということにしておいたよ。下見と役のイメージ作りのつもりだったのが、熱が入ってああなった、と言っておいた」
「下見ならばその映像がなくても当然だから、それ以上突っ込まれることもない。後藤君、腕を上げたね」
いい笑顔でサムズアップしてくる九条院。
だけど悪魔である彼に褒められても、人を煙に巻くスキルが上がったと言われているようで素直に喜べない。
「この件は上に報告しておくよ。騒ぎになるとまずいと判断したなら、勝手に火消しに動いてくれるだろう」
「水が多過ぎて、大洪水になるかもしれないけれどね」
本当に向こうの世界の人たちに任せて大丈夫なのかしら?
羽歌のつぶやきがとっても不吉で不安だ。
でも僕たち、というか僕にできることなんてこれ以上騒ぎが大きくならないことを祈るくらいだ。
しばらくは目立たないようにしないといけない。
「それで、こんな暑い所に呼び出して一体どうしたんですか?」
もはや屋上は暑いというよりも熱いと言った方が適当な状態だ。
もしも温度計があれば見たくもないような数字が表示されていることだろう。
熱中症回避のためにもさっさと――と言うには時間が経ち過ぎか――本題に入ることにした。
「暑いから単刀直入に言うよ。遅くなってしまったけれど、やっと準備が整ったので報酬を持ってきたよ」
暑いという割には九条院も羽歌も汗一つかいていない。さすがは天使と悪魔。
しかし報酬というのは一体?
「忘れてしまったのか?願いが叶う力のことだ」
そういえば、そんな約束をした気もする。この二カ月でいろいろなことがあったから、すっかり忘れていた。
願いが叶う力、か。
これで明日からは悪目立ちをすることもなく平穏な毎日を送ることができるようになる。まさに願ったり叶ったりだ。
「それじゃあさっさと終わらせよう。いいと言うまで目をつむっていて」
九条院の言うことに素直に従う。
だけど、この時僕は忘れていたんだ。
彼らが天使と悪魔だということを。
「いくぞ。はい」
羽歌の声に合わせて体の中に温かなものが入って来るのが分かる。
それはすぐに馴染んで消えていってしまった。
「どうだ?」
「融合を確認。成功だ。ふむ、やはりこれまでの後藤君は能力者ではなかったな」
羽歌たちの声からも上手くいったことが分かる。
少しおかしな台詞が混ざっていた気もするけれど……
「もう目を開けて良いよ」
再び九条院に従って目を開けると、目前に巨大な横断幕が掲げられていた。
『祝!能力保持 後藤君願いが叶う力の取得おめでとう!』
さらに二人はクラッカーでパン、パンと小気味いい音を鳴らしている。
「ちょっと大げさすぎやしませんか?」
予想外の派手なお祝いに何だか照れてしまう。
「そんなことないさ。なにせ三年ぶりの勝負の再開だからね」
「勝負?再開?何のこと?」
「何って天使と悪魔の勝負に決まっているだろう」
当たり前のことを聞くなと言わんばかりの羽歌の言葉に目が点になる僕。
「おめでとう後藤君。君は今回の能力保持者に選ばれたんだよ」
「ゴトウが手にした能力は『願いが叶う力』だ。これまでとは違って自分の願いしか叶わないから注意するように」
「ええええぇぇぇぇーーーーーー!!!!何で今更!?ルシフェルの一件で仲良くなったんじゃないんですか?」
「あれは一時的な休戦に過ぎないよ。何千年も対立してきたのに、そう簡単に仲良くなるはずないだろう」
「しかし個人的に仲良くなった連中が第三勢力を作りつつあるな。それはともかく、これからは私が天使代表で、九条院が悪魔代表としていろいろささやいていくからよろしく」
どうしてこうなった!?
「後藤君が能力を使わない限り、私たちは一緒にいられるし、新しく能力者が選ばれることもない。というわけで頑張って誘惑に耐えてくれたまえ。
あ、上からの監査があるから手は抜けないから、そこの所よろしくね」
「がんばれゴトウ!世界はお前の意志の強さにかかっている!」
「そんな無茶振りな丸投げは止めて!」
どうやらこの先も僕の人生は平穏とは無縁のものであるらしい。
「ちっくしょーー!絶対に幸せになってやるからなーーーー!!!」
僕の叫びは青空の彼方へと吸い込まれていくのだった。
おわり
ゴトウ君の手!? 京高 @kyo-takashi
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