第21話 大事なことは相手の目を見て伝えよう‼

「羽歌、大丈夫?」

「ん?何がだ?」


 彼女の様子からはとぼけているのか、それとも何も分かっていないのか判別できなかった。

 だけど生まれてからまだ間もない羽歌に処刑役をやらせたあちらの世界の連中に僕は強い憤りを感じていた。

 するとそんな僕の心を読んだように羽歌が話しだした。


「気にするな。これは私が自分から志願したことだ。もしもこれが失敗したら後は大戦争になってしまう所だったからな。そんなことを他人任せになどできない」


 そこで一度言葉を切ると、もじもじしながら


「それにゴトウは私が助けたかったから……」


 なにやらゴニョゴニョと言っていたがよく聞き取れなかった。


 納得いかない部分はあるけれど、羽歌が自分で決めたことなら僕がどうこう言うことじゃないだろう。

 そんな僕たちを九条院は少し離れた場所からニヤニヤ笑いながら見ていた。


 そうこうしている内に九条院の部下たち――そういえば何度か会っているのにちゃんとあいさつしたことがない。今度会った時には羽歌を助けてくれたお礼も言わないと――がルシフェルを捕縛、連行していった。

 それを見て気が抜けた僕たちは、三人そろって倉庫の床に寝転んだ。


 もの寂しい夏の夕暮れがとんでもない一日なってしまったものだ。


「いけない!家に連絡入れるのを忘れてた!」


 無断外泊の上に朝帰りだ、両親に何を言われるか考えるだけで憂鬱になってくる。最悪数カ月の小遣い停止もありうるぞ。


「それなら心配いらないよ。田中に連絡を入れさせている。昨日から数日間泊まり込みで私たちの研究の手伝いをしていることになっている」


 それはありがたい。これで減俸の危機は回避でき


「そうそう、バイト扱いだと言ったら小遣いをやる手間が省けたと喜んでいたよ」


 ていなかった!?

 減俸どころか没収されちゃったよ!


「本当にバイト代って出るんですか?」

「後藤君は今回の事件解決の功労者だから、あちらの世界から何かしらの報酬はもらえると思ってもらって良いだろうね」

「それはおいくら位なんでしょうか?」


 報酬の金額を聞くなんて下品なのは分かっているのだけれど、小遣いをもらえないとなるとそれにすがるしかないので必死だったりする。


「ゴトウ、すまないが金ではなく現物支給になると思う」

「へ?現物?それってどんな物なの?」

「代表的なのは不老長寿の実かな。後はどんな傷や病気も治してしまう霊薬とか。ああ、飲むと鋼鉄のように筋肉が硬くなるプロテインなんていう変わり種もあるよ」


 いらねえ!

 そんな持っているだけで騒動の種になりそうな物なんていらないよ!


「まあ、もうすぐ二学期が始まることだし、お昼代くらいは私たちが何とかしてあげるよ」


 結局何度も死にそうな目にあいながら僕が手にした報酬は昼飯代だけでしたとさ、トホホ。


「さて、後始末があるので私は先に行くよ。二人とも自分で思っているよりも疲れているはずだから、ゆっくり体を休めてから来ると良い」


 それだけ告げると九条院は僕たちの返事も聞かずにさっさと出て行ってしまった。


  後には当然僕と羽歌の二人が残されたわけなんだけれど……何というか、ものすごく気まずい。

 昨日のこともあるし、夢で会ったことを覚えていなかったこともズーンと重しとなって僕に圧しかかってきていた。


 結局、先に口を開いたのは羽歌だった。


「夢の中でのことは覚えていないのか?」

「……ごめん、おまじないのこと以外は思い出せないんだ」

「……そうか。ゴトウは人間だからな、覚えていられなくても仕方がない」


 仕方がないといいながらもその声はどこか寂しそうで、僕は居ても立ってもいられなく――本当に寝転がっていたし――なった。

 きっと夢の中での僕は羽歌に何か大切なことを言ったのだ、そう確信していた。


「羽歌、夢の中で僕は何を言ったのか教えてくれないかな」


 僕は起き上がると居住まいを正して単刀直入に言った。

 羽歌はしばらく悩んでいたようだったが、僕の正面に座って話し始めた。


「実はあの時ゴトウは大事な用があると言っていたのだけれど、それは現実に戻ってからにして欲しいと言ったの。

 時間もなかったし、それにそういう大事なことはちゃんと目の前で言って欲しかったから……」


 実際に僕は夢の中の出来事を忘れていたわけだから、羽歌の判断は正しかったといえる。

 そして大事な用といえばあの事しかないだろう。


「羽歌、ありがとう。改めて今から言うよ」


 すぅーっと大きく息を吸い込んで……いかん、何だか緊張してきましたよ。

 焦って羽歌の方を見ると、彼女の方が僕よりも緊張しているように見えた。

 俯き加減のその顔は早くも真っ赤に染まっている。

 かわいいなあ。そう思うと良い感じに力が抜けていた。


 チャンスだ、仕切り直してきちんと伝えよう。


「昨日はあんなこと言ってごめん!」


 一気に頭を下げる。

 一秒、二秒、時間が過ぎるのがとてつもなく長く感じられた。


「……あんなことって、ルシフェルに襲われる前に話していたこと?」

「うん!羽歌が一生懸命頑張っていることはよく分かっていたのに、嫌味ったらしいことを言って本当にごめん!!」


 再び倉庫の中を沈黙が支配していく。

 このことに関しては全面的に僕が悪いので、許してはもらえないかもしれないな。


「あの時は私も言い過ぎた。お互い様だ」


 諦めかけた頃、羽歌はそう言ってくれた。


「許してくれてありがとう」

「構わない。……と、ところで、大事な話というのはそれだけなのか?」

「?えっと、ごめん、まだ何かあるのかな?」


 分からずに問い返すと羽歌はみるみる内に不機嫌になっていく。


「そう!それなら私も後始末があるからもう行く!」

「え?え?ちょ、ちょっと何を怒っているのさ?」

「怒ってなどいない!」


 戸惑う僕を残して羽歌は倉庫から出て行ってしまう。っておいおい見送ってどうする。

 追いかけないと!


「羽歌!」


 外に出た所で追い付いて呼び止めると、彼女はこちらを一瞥して「ふん!」と言って飛び去って行ってしまったのだった。


 残された僕は何が何だか分からずにただ彼女の消えた空を眺めていた。


「羽歌の要求値が高かったのも問題だけど、後藤君はもう少し女心について勉強した方が良いだろうね」


 やれやれと九条院が僕の背後で盛大なため息をつくのだった。

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