第20話 『みーーーっ!!』

 重ねられた声に振り返ると、倉庫の入り口に羽歌の姿があった。


「羽歌!?傷の方はもう大丈夫なの?」

「ああ。この通りすっかり元気だ。……しかしこうも上手くいくとは、な。ゴトウ、本当は何かの能力を使っていたんじゃないのか?」

「使ってないよ!能力はほら、全部この中に入っているよ!」


 体にくくり付けていた紐をほどいて例の開運袋を見せると、


「開運……センスの欠片もないな」


 ばっさり。


 きつい一言は健在のようだ。


「そういうことは元の持ち主であるあれに言ってよ」


 だけどそれが僕のセンスだと思われてはかなわないので、慌ててコンテナから突き出した下半身を指差した。


「そういうことなら仕方がないな。九条院もお疲れ様。大分やられたようだが平気か?」

「無傷というわけではないが、おおむね大丈夫だ。君の方こそたいした怪我ではなくて何よりだった。何せ後藤君なんて泣くほど心配していたからね」

「そんな恥ずかしいことをサラリとばらさないでくれませんか!?」


 僕の非難の声にも九条院はどこ吹く風といった顔をしている。

 二人が揃った瞬間から僕のポジションはいつものごとく、いじられ役に固定されてしまっているようだ。

 そして羽歌は九条院の暴露に妙に納得していた。


「夢で会った時にはゴトウの割には落ち着いているなと思っていたが、既に大泣きした後だった訳か」

「大泣きはしてないよ!」


 しかも「ゴトウの割には」って羽歌さん、アナタ普段僕ノコトヲドンナ目デ見テイルノデスカ?


 ……ん?おいちょっと待て、今なにげにすごいことを言わなかったか?


「夢で会ったって何?」

「おまじないのことを覚えていたのだから、記憶が残っているのではないの?」


 疑問に対して疑問が返って来てしまった。

 ここはやはりテンプレ的な反応――『質問に質問で返すとはどういうつもりだ!?』っていうアレ――を……すると面倒なことになりそうなので、普通に答えることにした。


「あれは何と言うか、口が勝手に動いたんだ」

「そうだね、水着のお姉さんから告白される素敵な夢だと思っていたくらいだからねえ」


 のほほんと世間話をするように超極秘事項を暴露する九条院に、僕は再び非難の声を上げる。


「そんな危険なことをサラリとばらさないでくれませんか!?……はっ!殺気!?」

「ほう、私が怪我をおして会いに行ったというのに……そんなに水着の女が良いのか?」


 恐る恐る振り返ってみると、羽歌が半眼で睨んでいた。


 やばい、どこからともなく『ゴゴゴゴゴゴゴゴ』という効果音が聞こえてきそうだ。


「羽歌さん落ち着いて!天使なのに出ちゃいけないような黒い何かが溢れ出てきていますよ!?」

「うふふ、私はいたって冷静よ。さあ、どこから教育もしくは調教し直そうかしら?」


 話し方は女の子っぽくなったけど、内容の方はものすごく不穏当だ!


「だけどこれであの反射能力は羽歌が与えたものだったと理解できたよ。さすがにあの結末は私も全く予想していなかったからね」


 と、話が方向転換されて羽歌は何やら考え込んでしまった。


 おかげで窮地を脱することができたのだが、事の発端となったのはこの悪魔の一言であったことを我々は忘れてはいけない。

 つまり油断しているとまたからかってくる可能性が高いってことだ。


「その事なのだが、九条院も知っての通り私は生まれてからまだ間もない。その私が封印されるような力を使えるのだろうか?」

「え?天使とか悪魔って生まれつきどんな力でも使いこなせるわけじゃないんですか?」

「そういった規格外もいるけれど、極まれだよ。そしてまことに遺憾ながらあれもその規格外の一人だ」


 九条院の指差した先にはコンテナから突き出した下半身があった。


「ほとんどの天使や悪魔は経験を積んで徐々に力を使いこなせるようになっていく。それでも相性や特性によって、全ての力が使えるわけではない。

 人間だって得意な教科や苦手な教科はあるだろう?その辺りのことは人間も天使も悪魔も違いはないということだ」


 摩訶不思議パワーを国語や数学と一緒くたにしてしまっても良いのかな?という疑問が浮かんだのだけれど、難しい議論になりそうなので突っ込まないでおこう。

 絶対僕に理解できるはずがない。……自分で言ってちょっと悲しくなってきた。


「話を戻すと、確かにあの時私はゴトウに力を授けたが、それは何かの能力というような指向性を持っていたのではないと思われる」

「……そうとも言い切れないよ。誰の影響かは分からないが君の成長速度は著しい。それも過去に例のないほどの早さだ。生まれてからの時間と力の難易度は関係ないだろう」

「つまり羽歌も規格外の一人ってこと?」

「天使としては光栄というか喜ぶべきことなのだろうが、あれと一緒にされるのはものすごくいや……」


 心底嫌そうな口ぶりで羽歌がそういった時、ズボッと何かが抜けるような音が響いた。


「そんなことがあってたまるものか!」

「ルシフェル!?まだ意識があったのか!」

「この私が新米天使の力ごときに、しかも人間に貸し与えた力などに敗れるなどありえない、いや、あってはいけないのだ!」


 うわー、まさにラスボスって感じの台詞ですなー。

 しかも負ける直前のやつ。


「まだだ、まだ終わ――」

「いいや、終わりだ」


 ルシフェルの声を遮って羽歌が取りだしたのはSFチックというかおもちゃのようなハンドガンだった。


「それは!?」


 何かを知っているのだろう、ルシフェルが驚愕の表情を浮かべる。


「ルシフェル、お前が使用している全ての能力を解除する」

「止め――」

「止めるわけがないだろう」


 羽歌は冷たく言い放つと引き金を引く。


 あー、うん、御愁傷様です。


「ぐわあああああああああ!!!!」


 『みーーーっ!!』と甲高い音を立ててビームのようなものが照射されると、ルシフェルは光に包まれて本日二度目の断末魔の叫び声を上げた。


 そして光が治まった時そこにいたのは、マッチョではなくガリガリにやせ衰えたしょぼくれたおっさんだった。


「これがルシフェル?」

「の本当の姿だ」

「いくら天使といえども何千年も生きていれば衰えもする。自明の理だね。それを隠すために普段から体力強化を用いていたというわけか」


 それって能力を使われたらまたマッチョに戻るということじゃないのかな?

 こんな風にのんきに会話していていいのだろうか。


「心配いらない。今のビームには対象の能力を使用不能にする効果もある」

「!?そんなものがあるなら最初から使って下さいよ!そうすれば僕がこんな目にあうことなんてなかったのに!」


 さすがにこれは文句を言わなければ気が済まない。


「僕のことだけじゃないです。それを使っていれば羽歌が死にかけることもなかったし、九条院さんだってルシフェルと戦わずにすんでいたかもしれないんですよ!」

「私たちのことも心配してくれるのはうれしいのだけれど、少し落ち着いて。あのビームは対象の能力を永久に使用不能にしてしまうんだ」


 九条院の言葉は首筋から背中に放り込まれた氷――最近だとあのプールの帰りにクラスメイトにやられた――のように、僕の頭を一気に冷たくしていった。


「それってもしかして……」

「うん。天使や悪魔ではなくなるということだ」


 それなら使用が制限されているのも分かる。

 僕たち人間で例えるならば読み、書き、話すといった他者とのコミュニケーション能力を全て奪われたような感じではないだろうか。

 生きてはいるが、人間らしい社会的・文化的な行為を一切できなくなった状態、といったところか。


 つまりこれは事実上の処刑なのだった。

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