第13話 白いから天使、黒いから悪魔。間違いない
こうして僕は臨時のエンジェル&デビルハンターとなったのだけど、基本囮役なのでこれといって特別なことをしていた訳ではなかったりする。
せいぜい放課後繁華街をうろつくのが日課になった程度だった。
そしてその成果はというと……大成功だったりする。
九条院たちの噂の流し方が絶妙だったのか、それとも逃げた連中が間抜けなのか、平均すると一週間に二人のペースでおびき寄せられていた。
かくして夏休みに入る頃には主だった者たちの大半も捕まえることができていたのだけど、ここにきて新たな問題が出てきた。
捕まえた天使と悪魔の誰一人として、持ち去られた能力の行方を知らなかったのだ。
いずれも名だたる天使や悪魔たち――の割には随分間が抜けていたけれど――がほとんど何も知らされず、まるで使い捨ての駒のように扱われていたことにあちらの世界では動揺が走っていた。
とまあ、こんな所で話は現在に戻ることになる。
夏休みももう直ぐ折り返しとなるこの日、僕は久しぶりに囮役から解放されてクラスメイト達――悪かったね、男ばっかりだよ!――と近くの市民プールに遊びに来ていた。
ちなみにマイク改め田中も誘ったのだが、三河さんとデートということで断られた。
もちろん「リア充撃滅しろ!」とその場にいた全員から祝福されたのは言うまでもない。
しかしそんな時に限って珍客というのは現れるらしい。
ここ数日姿を見せなかった天使&悪魔がまとめて襲って来たのだ。
僕は皆を危険にさらさないように、
「ぐわあ!体が冷えて腹が痛くなってきた!ちょっと便所さ行ってくるべ!」
と叫ぶと急いでその場を後にした。
後から冷静に思い返すと、水着の――当たり前――お姉さんたちや女の子たちもいたのに、ものすごく恥ずかしいこと言ってるな……で、逃げ込んだのが競技用のプールが並ぶ一画の、よりにもよって飛び込み競技用のプールだったという訳。
とにかく羽歌や九条院が合流して来るまでの時間を稼ぐ必要があったので、僕は特に策もないまま飛び込み台を駆け登った。
昇降用の階段は一つしかなく、一番上まで登り切った僕は逃げ場を失ってしまった。
そこに追いかけてきたたぶん悪魔――黒っぽい服を着ていたから――が追いついて来た。
「はあ、はあ、どうやら、ここまでの、よう、だな……はあ、はあ」
のだけれど、運動不足なのか思いっきり息を切らせていた。
その時になって僕は初めてここに誘導されていたことに気付いた。
「くそっ!最初からここに追い込むつもりだったのか!?」
「お前が、勝手に、逃げた、だけ……」
悪魔が何か言っていたが、それどころじゃなかった。
何とかして逃げなければいけない。
しかし肝心の階段は悪魔の後ろにある。いくら息が上がっているとは言っても、その脇をすり抜けるのは至難の業だろう。
そうなると僕が取れる行動は一つしかなかった。
振り返ると飛び込み台の先へと向かって走り出す。
「待て!」
と言われて待つ奴はいない。
そのまま大きくジャンプすると、
「どわああああーー!!」
悲鳴というよりむしろ奇声を上げながら、十メートルの高さから眼下の水面へと向かって落下していった。
だけど、ここで一つ誤算があった。
相手は天使と悪魔、つまり飛べるのだ。
水面の少し手前でおそらく天使――白っぽい服を着ていたから――が両手を広げて待っていた。
抗う間もなく哀れナイスミドルな天使の腕の中に飛び込むことになった僕。
「げふう!!」
「あだっ!!」
水面とは比べ物にならない強い衝撃を受けた次の瞬間、天使もろとも水の中にいた。
十メートルという高さからの落下は天使が予想していた以上の衝撃だったようで、受け止められずに一緒に墜落してしまったのだ。
上下も分からない状態にパニックを起こしかけるが、運良く背中がプールの底に触れたことで冷静さを取り戻すことができた。
天使との接触によって肺の空気をほとんど出し尽くしていたので一刻も早く水上に戻らなくてはいけない。
頭の中で警報が鳴ったのはそんな時だ。
このまま水面に出るのは簡単だが、そうすると上にいた悪魔に居場所を教えてしまうことになる。
泳ぎが下手な僕が天使同様に飛べるはず――どうしてさっきは走っていたのかって?きっと飛ぶことを忘れていたんだよ――の悪魔から逃げられる可能性は低い。
それ以前にこれまで走り回ってきて体力を消耗しているので、力尽きて溺れてしまうかもしれない。
こみ上げてくる苦しさを必死に耐えて、出来るだけプールサイドに近い場所に行けるよう斜め上に向かって水底を蹴った。
「ぶはっ!」
何とか息が切れる前に水面に出ると、プールサイドは目の前だった。
鉛のように重くなった体を水から引き揚げたところでダウン。
げほごほとせき込みながら地面をのたうち回った。
真夏の太陽に熱せられたプールサイドは火傷しそうなほど熱くなっていたはずだが、疲れ切った体にはそれすらも心地良かった。
だけどいつまでもこうしてはいられない。上体を起こすと天使がまだプールの中でもがいているのが見えた。
水を吸った服が重りとなって上手く動けないようだ。
教訓その一、着衣のままで水に入らないこと。
そして悪魔の方はといえば僕を追いかけて来ずに、なんと溺れる天使を助けようと水面上をホバリングしていた。
僕は今とてもレアな光景を目にしているのではないだろうか。追いかけられていたことも忘れてのんきなことを考えていると、
「あ、落ちた」
天使を引き上げようとした悪魔が重さに耐えきれずに落ちてしまった。
さて困ったぞ。
いくら追いかけ回された相手とはいえ見捨てて行くのは後味が悪すぎる。
しかし要救助者の二人とも僕よりも体が大きいうえにパニックになって暴れている。
下手に近づけばしがみ付かれて僕まで溺れてしまう。
「ゴトウ、大丈夫か!?」
聴き馴染みのある声が響いたのはそんな時だった。
走り寄って来る羽歌と九条院に片手を上げて無事であることをアピールする。
それにしてもタイミングが良すぎはしないか?
「つかぬことをお聞きしますが、どこかで見ていて登場する機会をうかがっていた、ことはないですよね?」
「おいおい私は悪魔だぞ。そんな正義のヒーローがする様な真似をする訳ないだろう」
嫌悪感をあらわにして九条院がそう言った。
怒るポイントがずれている気がしないでもないが、不快にさせたことはこちらに非があるので僕は素直に謝った。
「私たちの方こそ来るのが遅くなって悪かったね。どうやらあの連中、私たちが気付かないように力を使わないでいたらしいんだ」
いまだに溺れている二人を指差して九条院が言う。
僕を捕まえようと天使が飛んだことで初めて連中の居場所が分かったのだそうだ。
「それで、助けなくて良いんですか?」
「その気になれば力を使って浮かび上がることもできれば、水を弾くこともできる。ああやって我々を油断させる罠かもしれない」
羽歌は警戒を続けたままだったのだけれど、僕にはとても彼女の言うようには見えなかった。
「仮にそうじゃないとしても悪魔に天使だからね、意識を失ったところで死ぬわけじゃない。むしろ気絶してくれた方が安全に引き上げられるというものだよ」
注意、あくまでもあちらの世界の人の話です。
溺れている人を見かけたらすぐに近くの大人に助けを求めましょう。
そして数分後、気絶した天使と悪魔は簀巻きにされて九条院の部下の三人に連行されるという、何とも締りのない幕引きとなったのだった。
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