第14話 暗躍そして急転
「お疲れ様。後の処理はやっておくから早くみんなの所に戻るといい。トイレにこもっていたと誤魔化すにしても時間が経ち過ぎているからね」
言われて時計を見ると、
「うわ!もう三十分以上過ぎてる!?」
「羽歌も一緒に行ってきたらどうだい?」
羽歌の水着姿!?可愛い系のワンピースタイプも良いが、せくしーなセパレートのビキニも似合いそうだ。
九条院の提案に妄想を膨らませる。
「いや、今回はやめておこう」
「どうして!?」
「ゴトウがエロい顔をしているから、何だか身の危険を感じる」
「ソンナコトナイヨ?」
半眼の疑いの目で見られて僕は思わずうさんくさい片言になってしまった。
「残念だけどフォローもできないくらいエロい顔をしていたよ。後藤君はもう少しポーカーフェイスの練習をした方が良さそうだ」
九条院にトドメを刺されて、僕は一人クラスメイトの所へ戻って行くのだった。
「……行ったようだね。まさか本当に一人で何とかするとは思わなかった」
「本人は我々と合流するための時間稼ぎのつもりだったようだが、結果的に一人で天使と悪魔を倒してしまったな」
「今日くらいはご褒美をあげても良かったんじゃないか?」
「九条院は悪魔のくせにゴトウには優しいな」
「君の方こそ天使のくせに冷たいんじゃないのかい?」
「…………」
「君の問題だから余りとやかく言っても仕方がないが、堕天を悪いことだと考えているなら改めるべきだね。
人と一緒になることで幸せになった者たちも多い。それだけは覚えていてもらいたい」
「……分かった」
「よし、それじゃあ話を後藤君に戻そうか。今日の一件で上は間違いなく彼のことを能力者だと認定するだろう」
「しかも我々が見抜くことができない特別な能力の保持者として、特級の警戒対象とするだろうな」
「厄介だね」
「我々は一貫して能力なしと判断していたから、場合によっては虚偽の報告をしていたと処罰される可能性もある」
「現場の意見に聞く耳を持たないのは、あの連中が居た頃と変わらないからなあ」
「やはり身の潔白を証明するにはあの方法しかないだろう」
「それしかないね。彼には悪いが計画を進めよう」
「ふう、やっと落ちついたぜ。待たせたな皆の衆!」
颯爽とクラスメイトたちがいる市民プールに戻ってみると、
「あ、後藤お帰り。遅かったから先に上がったと思ってた」
友情にあふれた素敵な言葉で迎えてくれた。
そして男ばかりのむさ苦しいメンバーだけのはずが、なぜか綺麗なお姉さんたちと一緒にいるではありませんか!?
「あの、そちらのお姉さま方はどちらさまで?」
「お前がいなくなってから声かけられてさ、人数もちょうど同じだったから一緒に遊ぶことになったんだよ」
人が必死になって走り回って危うく溺れかけていた時にそんな素敵イベントがあっただと!?
クラスメイト達に僕がほんの少しだけ殺意を抱いたとしてもそれは仕方がないことだったはずだ。
だけど過ぎたことに文句を言っていても仕方がない。
大事なのはこれからお姉さま方と仲良くなることである。
丁度全員ビーチボールで遊んでいる最中なので早速混ぜてもらおう。
「後藤、お前が入ると数が半端になるから審判でもしてくれ」
「うえっ!?」
気持ちを切り替えてプールに入ろうとしたところに、ありえない台詞が飛んできて思わず変な声が出てしまう。
「だから人数が合わなくなるんだって」
「またトイレに行って来ても良いぞ」
先程に続いて友情に満ち溢れた言葉に、ふつふつと怒りが込み上げてくるのを感じていた。
そして僕は、
「好き勝手言いやがって、沈没してしまえこのエセリア充どもー!」
叫びながらプールの中にいるクラスメイト達に向かって、本日二度目となる華麗なダイブを敢行したのだった。
さてさて、それからさらに何日か経ち八月も終盤に差し掛かっていた。
夕方にはどこからともなくひぐらしが鳴く声が聞こえてきて、嫌でも夏の終わりを感じさせるのだった。
「今年も夏が終わって行く……」
恒例となっている見回りの合間、駅前で特に何をする訳でもなくぼんやりと過ごしていた僕は、目の前を通り過ぎる制服の一団を見てふとそう呟いていた。
同年代の若者たちが恋に遊びにスポーツに情熱を傾ける中、自分は一体何をしているのだろうか?
「センチメンタルな雰囲気は似合わないから止めた方が良いぞ」
嘆きの元凶の一人である羽歌の一言は相変わらず辛辣だった。
普段なら気にならない言葉のはずだったのだけど晩夏の物悲しさのせいかなのか、その日はやけに耳触りが悪かったのを今でもよく覚えている。
「さんざん人を巻き込んでおいてよくそんなことが言えるな!」
カッとなって発せられた僕の叫びに周りの人からの奇異の目が突き刺さる。
彼女は一瞬悲しそうな顔をした後、一切の感情を消した。
「確かに巻き込みはしたが、最終的な決断をしたのはゴトウのはずだ。何よりこの休み中のことに関しては、お前は既に見返りを得ている。文句を言うのは筋違いだろう」
全くもって羽歌の言うことが正しい。最初がどうあれ、彼女たちの手伝いをすることに決めたのは僕自身だ。
そして夏休み中の手伝いの見返りとして、課題を終わらせる――九条院と羽歌に付きっきりで教えてもらった――という報酬を一月近く前に受け取ってもいた。
しかし、頭では理解できていても感情がついていかないこともある。
この時の僕がまさにそれだった。
「だからってこう毎日毎日こき使われていたら割に合わない!それに羽歌たちはやってきた奴らを捕まえるだけで、危ない目に会うのはいつも僕じゃないか!」
そんなことはない、不意打ちで捕まえられたのは最初に学校に現れた奴くらいのものだ。
確かに僕も危ない目に会っていたけれど、実際に襲いかかって来る天使や悪魔と戦っていた羽歌たちの方が何倍も危険だった。
「……こんな状態では無駄な時間を過ごすだけだな。今日はもう終わりにしよう。九条院に連絡してくる」
わめき散らす僕の姿に羽歌はため息をつくと、きびすを返して歩き出した。
その瞬間僕は言いようのない悲しさに襲われた。『お前はもういらない』暗にそう言われた気がした。
「まあそう言わずにもう少し付き合ってくれよ」
その意識の空白を突くように、気が付くと僕の首に太い腕が巻きついていた。
「あ、ぐッ……」
丸太のように太いのにしなやかに動くその様はまるで大蛇だ。
声帯もろとも首を圧迫されて僕の口からは声にならない声が漏れ出るだけだった。
「ゴトウ!?」
異変に気付いて羽歌が駆け寄って来る。たったそれだけのことがとてもうれしく感じられた。
だけどそんな余裕があったのもそこまでだった。
「逃げろ羽歌!」
「邪魔だ」
九条院らしき声と僕を締め上げる男の声が重なったと思ったら近づいてきていた羽歌が突然倒れた。
その伏した体の辺りから赤い液体がにじみ出てくると、どこかの誰かの悲鳴が合図となって周囲が騒然とし始める。
「う、か……」
何が起きているのかが全く頭に入って来ない。
目の前の光景がひどく作り物めいて見えた。
ただ羽歌に謝りたい、そう思った。
そして僕の意識は途切れた。
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