第12話 『囮』っていうか『生き餌』扱いのような……
「おいおい、そんなことでわざわざ保健室に来ないでくれるかな」
「全くだ」
結局あの後、先生の配慮――決して厄介払いという訳ではない、はず……――で僕は保健室に行くことになったのだが、ついて早々九条院に小言を言われてしまった。
保険医の南先生がいれば激怒ものの台詞だったが、あいにく今日は出張らしい。
さらに僕に付き添う必要がある羽歌は授業を中断させられて、すっかりご機嫌斜めになってしまっていた。
「いや、二人にとっては何でもないことかもしれないけれど、僕にとっては十分ビックリどっきりイベントなんだけど。普通の高校生には窓の外に人影が浮いているのが見えることなんてないんだから」
一応反論してみるものの二人には盛大にため息を吐かれてしまった。
「ゴッドハンドともあろう者が情けない限りだな」
「呼ばれたくて呼ばれている訳じゃないからね!?」
「ゴトウ、一つ言っておく」
九条院に突っ込みを入れた直後に、今度は羽歌が声を掛けてくる。
「な、何?」
真剣な表情に思わず気圧される。普段はきれい可愛いのだが、天使だけあってか真面目な顔をすると途端に凛々しくなるのだ。
「普通の高校生などというものは存在しない。皆何かしらの悩みや問題を抱えているのだ」
どこか遠くを見つめる姿は様になってはいたが、話の内容はどこかずれたものだった。
脱力する僕をよそに九条院が面白がってその後を継ぐ。
「確かにそうだね。例えば後藤君の親友のマイク君(田中新太郎)だって、三河さんとの交際も順調で周りからは『リア充撃滅しろ』と毎日のように熱い祝福を受けているのだけれど、呼び方をいつ本名に戻してもらうか悩んでいるよ」
「マイク呼び嫌だったのかよ!?田中の方が良いならいつでもそう呼ぶよ!」
衝撃の事実に、僕は思わずそう叫んでいた。
一応補足しておくとあの事件以降『爆発』という言葉にトラウマを感じる生徒が多いため、うちの学校では『リア充撃滅しろ』という言い方が代わりに広まった。
そもそもその言い回し自体を使わなければいいという話なんだけれど、一度染みついたスラングというのは簡単には止められないものらしい。
「他人から見れば大したことじゃなくても、本人にとっては重大な問題だということは往々にしてあるということだね」
「いや、僕が言いたいのはそんなドキュメンタリーっぽいことじゃなくて――」
「もしも普通の高校生というカテゴリーがあったとしても、爆弾魔を手玉に取る様な人間はそこには当てはまらないと思うよ」
話がおかしな方向に転がって行くのを感じて僕が上げた声を遮って九条院はそう言うと、ニッコリと悪魔的な笑みを浮かべたのだった。
やっと追いかけっこの生活が終わったと思っていたのにこの有り様だ。
「普通の中学生だったあの頃に戻りたい」
たった数ヶ月前のことのはずなのに、随分と昔のことのように思えてしまう。
それだけこの数ヶ月間の生活が濃いものだったのだろうが、その濃さが思い描いていたもの――例えば部活動に没頭するといった青春的な感じ――から余りにもかけ離れているのが問題だった。
「だからゴトウ、普通の中学生というものもありはしないぞ」
「話がループしそうだから同じネタは勘弁して」
疲れ果てておざなりになった僕の突っ込みに、羽歌は小さく「むぅ」と唸る。頬を膨らませた顔も可愛いじゃないかこいつめ。
ついその姿に見惚れていると九条院が先を促してきた。
「それで、後藤君は何を聞きたい訳かな?」
「あ、ええと、つまりあの人影というか物体というか、一体何なんですか?」
「あちらの世界から逃げ出した大物の一人だよ。でも思いっきり隙だらけだったから、あっさり捕まえられたけれどね。今頃は私の部下たちがあちらの世界に連行している所だろう」
つまりは先日起きた事件の黒幕の一人だったという訳か。
「えっと、そんな大物が何をしに来たの?」
「ゴトウ、私の話を聞いていなかったのか?狙われていると言っただろう」
「うぇええ!?」
「詳しい話は本人に聞いてみないと分からないけれど、逃げ回るのにも限界が来ていたから後藤君を使って起死回生を図った、とかそんな所だろう。
おそらくこちらの上の連中と同様に後藤君に何らかの力が宿っていると考えたのだろうさ」
どうして皆僕を特殊能力者に仕立て上げるのだろうか。
今度は知らない間に異世界の人たちにまでものすごい勘違いをされてしまっているみたいだ。
「すごいな。お前は私たちも知らない特別な力を持っている、のかもしれない」
「そうだね、二年前だったら泣いて喜んでいたかもね……」
さすがに高校生にもなって中二設定はきついものがある。
さらには保留になっているだけで『自律移動式ドラゴンボ〇ル七個セット』の肩書も残ったままなのだ。
これ以上は本当に勘弁してもらいたい。
「ふむ。しかし奴らのその思い込みは利用できるな」
「えっと……それは一体どういうことでしょうか?」
突然の九条院のつぶやきに嫌な予感しかしなかったが一応尋ねてみる。
ここ数カ月の経験として、自分の与り知らない所で話が勝手に進むことこそが最も厄介なことだと痛感してきたからだ。
「今日の一件を後藤君の手柄だと吹聴すれば残りの連中もやって来るのかな、と思ってね」
「ほほう、こちらから追い立てるのではなく、おびき寄せるということか。それは名案かもしれないな」
予想の斜め上をいく九条院の提案に、なんと羽歌が同調してしまった。
「ちょっと待って!それって僕を囮に使うってことだよね!?」
「そんな風に言えないこともなくはないな」
「持って回った言い方してもダメ!大体天使が嘘なんて吐いて良いの!?」
「別に嘘をつく訳じゃない。あいつはゴトウに能力反応が無いことに驚いて錯乱していたから、本当に後藤の手柄だ。それをちょっと誇張するだけ」
「誇張するのもアウトでしょ!?」
「むう……どうしてもダメか?」
羽歌に上目遣いで見つめられて前言を撤回したくなってしまった。
「自分の武器を的確に用いるとは羽歌の成長は著しいな、と思ったけれど、やっぱりただ後藤君がチョロイだけか」
そんな僕に九条院からきつい一言が飛んできた。
「ほっといて下さい!とにかく僕は囮なんてやりませんからね!」
「そうか……残念だな。協力してくれるなら何か特別なお礼を用意しようと思っていたのだけれどね」
図星を突かれて強情になっていると、今度は絡め手がやってくる。
だけどそう思い通りに行かせてなるものか。
ここは毅然とした態度をとらなくては!
「特別なお礼?それってどんなものですか?……あ、別にやりたい訳じゃないですよ。単なる好奇心というやつです」
……だって特別なんだもの!気になって当然じゃないか。
「そうだねえ……例えばどんな願いでも叶えるとかどうだい?たまには願いを叶えられる立場になるのも良いんじゃないかな」
なるほど、確かに魅力的な提案だ。どんな願いでもいいならあんなことやこんなことも思いのままだ。
「エロい事を考えているね。こういう顔をしている時には近づいちゃいけないぞ」
「勝手なことを言わないで下さいよ!羽歌も真に受けて距離を取らないで!」
九条院の台詞に羽歌はあっという間に壁際にまで後退していた。
確かに少しはそっち方面のことも思い浮かべたけれど、そこまで逃げなくても良いんじゃないでしょうか。
こちとら思春期真っ盛りなんだから多少は大目に見て欲しいです。
後、平穏な毎日に戻ることができるとか、ちゃんと真面目なことも考えていた。ほんとだよ!?
「あれ?今更ですけれど天使や悪魔にも性別ってあるんですか?」
「もちろんあるよ。私や羽歌のように見た目通りの者もいれば中性的な容姿の者もいる。そのあたりの個体差は人間と同じだね。過去には人間と良い仲になった者もいる」
「良い仲?」
「恋愛に結婚、ぶっちゃけ肉体関係の場合もあったね」
「そうなんですか!?」
「エロいこと考えている顔……」
九条院の話に食いついた僕を見て再び羽歌が後ずさる。さすがは悪魔、巧妙な罠に見事に引っ掛かってしまった。
「子どもが生まれているケースもあったはずだ」
で、当の本人は何事もなく話を続けていた。僕としてもいつまでも羽歌に白い目で見られるのはごめんだったので、それに乗っかることにする。
「えっと、つまり天使も悪魔も人間と同じような体の造りをしている?異世界の者同士なのにすごい偶然ですね」
確率としてはきっと天文学的な数字なのだろう、とのんきに考えていると、
「偶然ではないのかもしれないよ」
九条院は意味深な言葉を呟いた。
「私たちはこの世界における悪魔や天使のイメージに似過ぎていると思わないかい?」
突然の問い掛けについていけず思わず羽歌の方を見るが、困惑しているのは彼女も同じだったようで首を横に振っていた。
そんな僕たちに気付いて九条院は苦笑いを浮かべる。
「生まれてまだ間もない羽歌と、私たち以外に悪魔や天使に会ったことのない後藤君では答えようがなかったね。忘れてくれて良いよ」
「いや、続きを聞かせてくれ」
「そんな風に止められたら気になりますよ。理解できるかどうかは分かりませんけど、教えてくれませんか?」
九条院ははぐらかそうとしたのだが、羽歌と僕が引き留めると本当は続けたかったのか、続きを話し始めた。
「つまり人間たちが持つイメージの通りに私たち悪魔や天使は創られたのではないかな」
「確かにそれなら様々な能力を持っているのも、その能力を人間に与えることができるのも、説明は付くな。どちらも人間たちが我々に持っているイメージの一つだ」
羽歌は納得したようだったが、
「ちょっと待って!?それはおかしいでしょう。不利益になる悪魔を創る必要なんてないじゃないですか」
「そこが人間の弱くてずるい所だよ。悪魔がいれば例え罪を犯したとしても言い逃れることができるのさ。「悪魔にそそのかされた」とね」
「免罪符という訳だな」
ダメだ、話のスケールが大きすぎる。
「そんなことを考えてしまうくらい、私たちは自分たちのことが良く分かっていないということさ」
そう言うと九条院はこの話は終わりというように手を叩いた。
「話が大分横道にそれてしまったね。それで私たちを手伝ってくれるのなら、人間だけじゃなくて天使や悪魔にもエロい事ができてしまうのだけどやってくれないかな?」
「報酬がエロい事限定になっていませんか!?」
「え?だって君、エロい事好きだろう」
「そりゃあ大好きです!って何言わせるんですか!だから羽歌も飛んで逃げないで!」
さっきまでの真面目な雰囲気はなんだったのだろうか。
結局この後日が暮れるまで二人から説得――のようなからかい――を受け続けて、最終的に僕は首を縦に振ったのだった。
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