第三章 臨時職?エンジェル&デビルハンター

第11話 変な『者』が見える……

「どわああああーー!!」


 悲鳴というよりむしろ奇声を上げながら、僕、後藤大介は十メートルの高さから眼下の水面へと向かって落下していった。


 八月、季節は夏真っ盛りで夏休みの真っ最中。


 場所は市民プール、なのだが正確に言うと飛び込み競技用のプール。

 水泳部などに所属していて、さらにその手の競技の選手でなければまず縁のない場所だ。

 当然帰宅部で二十五メートル泳ぎきるのがやっとの僕に馴染みのある場所ではない。


 それなのにどうして僕がこんな場所にいて、しかも飛び込み台からダイブ――危険ですので真似しないで下さい――しているのか!?




 それは今から一月ほど前に遡る。


 あの爆弾魔襲来事件から数日後、羽歌と九条院の監視の下ではあるものの、僕はそれまでとは打って変わって穏やかな学園生活を送っていた。

 九条院は事件による生徒の心のケアのために派遣されたスクールカウンセラーという名目で学校に入り込み、羽歌はその助手で特に事件で突飛な行動を取っていた僕の専属として、いつの間にか隣の席に居座っていたのだった。


「突然だがゴトウ、狙われているぞ」

「んあ?」


 羽歌がそう言ったのは昼下がりの古典の授業中のことだった。

 大半のクラスメイトと同様に落ちてくる瞼との戦いに必死になっていた僕はつい変な声を出してしまった。


「どうした後藤、寝ぼけて変なものでも見えたのか?それから須賀に山本、テストで泣きたくないなら起きろよ」


 先生の言葉に教室が笑いに包まれる。


 しかし僕はそれどころではなかった。窓の外に正しく『変な者』が浮いているのが見えたからだ。

 唖然としていると、


「とりあえず落ち着け。すぐに行動を起こすつもりはないようだから、今は授業を聞いていた方が良いぞ。ほら、ここは受験でもよく出るそうだ」


 羽歌が何事もないように告げてくる。というかメチャクチャ真剣に授業を受けていた。

 建前、本音ともに僕の監視が任務で授業を受ける必要はないのだが、本人いわく学校の勉強が面白いのだそうだ。

 ちなみに彼女のノートは要点がまとまっていてとても見やすいので、女子たちの間で大人気となっていたりする。


 僕は窓の外の『変な者』に後ろ髪を引かれつつも、羽歌の受験にも出るという一言を受けて意識を授業に向け直した。

 しかし集中できたのはほんの一瞬だった。


 何やら熱い視線を感じて目を向けると『変な者』がじっと僕を見つめていた。

 体中を覗き見られるような言いようのない気持ちの悪さに耐えていると、突然『変な者』は驚愕の表情を浮かべ始めた。


「後藤が能力者ではないと分かって混乱しているようだ」


 相変わらず顔は正面に向けたまま羽歌が言う。


「あれでも天使の中では相当な実力者のはずなのだが……案外小物だったのかもしれないな」


 淡々とした物言いに窓の外を見ると『変な者』は怒ったり戸惑ったりニヤリと笑ったりと百面相をしていた。

 さらにその感情に引きずられるように、頭の上に火が出たり肩のあたりに靄がかかったりしていた。


 すると突然何かに弾かれるようにして『変な者』は飛んでいってしまった。


「九条院の仕業だな。確かにあれだけ力が漏れていれば気付いて当然だったな。どうやって連絡しようか考えていたのだが、手間が省けた」


 羽歌はそれだけ口にすると再び授業に没頭してしまった。僕はといえばあんまりな展開に呆気にとられてしまっていて、


「おい後藤、大丈夫か?まさか本当に変なものが見えているんじゃないだろうな?」


 先生の声もどこか遠くに感じていたのだった。

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