第10話 そして僕は神にな、らないよ!!

 それからが大変だった。


 もしかすると事件そのものよりも大変だったかもしれない。

 九条院と羽歌はあちらの世界の後始末があるとかでさっさと姿を消してしまったため、僕一人で事情を説明する羽目になったのだ。


 九条院の暗示によって、二人のことを覚えている人はいなかったものの、その分僕が一人で動き回ったことになってしまった。

 そのため先生たちには叱られ、警察には説教され、母親に泣かれて、父親に怒られた。


 特に時限爆弾を持って走ったことは、生徒の皆からは勇気ある行動とプラス評価だったのに対して、大人たちからは無謀で危険な行為というマイナス評価でしかなかった。

 まあ、あの時は必死で頭よりも先に体が動いたというのが本当のところだったりする。


 結局、あの時限爆弾は極限状態に置かれたことで見た集団幻覚ということにされた。

 唯一人北郷だけは調達――学校のあちこちから盗んだ――したもので作った本物だと最後まで主張していたけれど。

 ちなみにあの箱に入っていたへたくそな粘土細工は美術部の部長さんのもので、あの後原形をとどめないような立派な作品になった。


 事件後の僕の学校生活は二つの大きな変化があった。

 一つは良いことだったが、もう一つは残念ながら悪いことだ。


 良いことの方から言うと、追いかけっこが無くなったことである。

 あの鬱憤晴らしで言いたいことを言ったのが良かったようで、生徒会主導で「無理やり触ってもらうようなことはしない」という取り決めが行われた。

 これによって僕の生徒会へのふくしゅーは無期限延期となった。


 さて、問題の悪いことの方だけど……


「お?おはようゴッドハンド」

「ゴッドハンドおはよー」


 生徒の皆から変なあだ名で呼ばれるようになったことだ。

 北郷の物質変換能力を弾き出すためにやったあれが、おかしな形のデモンストレーションになってしまったようだ。

 さらに、生徒たちの中では集団幻覚とされた時限爆弾も僕がその力で変化させたことになっていた。


 そして、今や僕の手はただ願いを叶えるだけでなく、いろいろな奇跡を起こす『神の手』になってしまったのだった。




「うあーー……」


 ある日の昼休み、クラスメイトからの尊敬のまなざしに耐えきれずに僕は屋上へと避難していた。

 ここは本来入ってはいけない場所なのだが、数少ない避難場所として追いかけっこ時代から度々利用していた。


 梅雨の合間の太陽に照らされた屋上は寝転がると熱ささえ感じられる。太陽と屋上に両面を焼かれながら、購買で買ってきた総菜パンをかじる。

 うまい。

 さすがは毎日五十個限定のすぺしゃるカツサンドだ。


「あの二人、今頃どうしているのかな?」


 最近は時間があると天使と悪魔の二人のことを考えていた。返事がないと分かっていてもつい声に出してしまう。


「羽歌、天使のままなのかな?それとも悪魔になっている?九条院さんは名前をもらえたのかな?」

「天使のままだぞ」


 聞こえるはずのない声が聞こえて慌てて飛び起きるが誰もいない。


「こっちだ」


 声につられて視線を上げると、羽歌が落下防止用の柵に腰かけていた。

 どうしてここに?元気だった?いろいろなことが頭を駆け巡るが、僕の口から出てきたのは


「おかえり」


 だった。

 そしてその言葉は正解だったようで、羽歌は満面の笑みを浮かべると


「ただいま」


 と僕の胸に飛び込んで……来なかった。


 自分の羽でゆっくり下りてくる。

 ですよねー。二メートル以上ある柵の上から飛び降りたら危ないよねー。


「感動の再会のところを悪いけれど、私もいるからね」


 振り返ると校舎への入り口の上に九条院が膝を組んで座っていた。


「久しぶりだなゴトウ。元気だったか?」

「それなりにね。でも二人ともいきなりいなくなるから後始末が大変だったよ」

「それはこちらも同じさ。それにマスコミが来ないように細工していたから、その分楽だったはずだよ」


 言われてみればあれだけの大事件なのにニュースになっていない。

 警察の取り調べの後はいたって普通に元の生活?に戻れていた。


「えっと、それはありがとうございました。ところでそちらも大変だったって、何があったんですか?」

「なかなかに無理矢理な話題転換だね。まあ、いいか。実はあの事件の後、珍しくうやむやにされずに犯人の追及が行われたんだ。そして大物の天使と悪魔数名が共謀していたことが判明した」

「うっわ、それは大変だ」

「で、捕まるのを嫌がったその連中、なんと隠し持っていた持ち出し禁止の能力と一緒にこっちの世界に逃げてきちゃったんだよね」

「え?まぢですか?」

「残念ながら大マジだ。現在、天使・悪魔混成で逃げた連中の行方を捜している」

「組織の再編も同時に進められているけれど、悪魔側、天使側ともに派閥争いをしているから時間がかかりそうだね」


 あちらの世界は今でも後始末の真っ最中のようだ。


「そうなると、二人も逃げた連中を追いかけているの?」

「違う。私たちには別の重要な仕事があてがわれている」

「別の仕事?」


 逃げた大物の天使や悪魔を追いかけるのと同じくらい重要な仕事となるとかなり難易度が高そうだ。


「後藤君、君の監視だ」


 全然難しくありませんでした!


「なして!?」

「いくら悪魔と天使の協力があったといっても、なにも力を持たない君が物質変換能力者に勝ってしまったことに上は驚いて、いや危機感を持っているんだ」

「私たちの知らない能力を持っているのかもしれない、と考えている」

「えー、ただ運が良かっただけだと思う……」


 誰も彼も皆、僕のことを買いかぶり過ぎでしょう。


「それも含めての監視だよ。という訳でこれから世話になるよ、ゴッドハンド」

「よろしく頼む、ゴッドハンド」

「二人までその呼び方するのはやめて!」


 一歩間違えばいじめだよ、ほんと……


「悪い悪い、少しからかい過ぎたね。ちゃんと後藤君と呼ぶよ」

「うん。私もゴトウと呼ぶ」

「ぜひともそうして下さい」


 なんだかどっと疲れた。

 おかしい、普通もっと感動的なシーンのはずなのに。

 などと考えているうちに予鈴が鳴る。

 あ、昼ごはん食べ終わっていない。


「さあさあ、勉学の時間だ。教室に戻ろうか」

「授業か、楽しみだ」


 二人に急かされて、カツサンドの残りを口に詰め込む――ああ、もったいない――と、僕は教室へ戻り始めた。


「ところで、さっきの話の逃げた連中を捕まえるのを手伝ってくれない?」

「え゛?」

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