第9話 決戦の第二体育館

 と、盛り上がってきたところに水を差すようで悪いのだけれど、少し時間はさかのぼる。

 僕は羽歌のデコピンで赤くなったおでこをさすりながら、九条院たちの話を聞いていた。


「今回に限って勝負は無効、悪魔・天使ともに北郷から力を取り返すことで話はついている。いるんだけれど、ちょっと問題が起きていてね」

「今度はどんな問題ですかー」


 投げやりに聞き返す僕をスルーして九条院が続ける。


「三年という長い間、力を持ち続けていたからなのか、北郷と力がくっついてしまっているんだよ。だから取り返すにはどうにかしてそれを引きはがさなくちゃいけない」

「先生、どうやって引きはがすんですかー?」

「良い質問だね。それを今から考えるところだよ」


 ノリは良かったが、返ってきた答えはダメダメだった。


「しかし、力が無くなれば爆弾に変化していたものも全て元通りになるから、それさえ上手くいけばこの件はほぼ解決したと言える状況になる」

「北郷はろくに外にも出ない引きこもりだからな。爆弾がなければ捕まえるのは簡単だろう」


 三人して考え込むもなかなかいい案が浮かばない。


「なにか力が離れる法則みたいなものはないんですか?」

「そうだな……本人がその力を必要ないと思えば、離れやすくなるだろう」

「くっついていないのであれば、別の力を与えてやることでそれ以前の力が飛び出す、という話は聞いたことがあるね」


 別の力、必要ない……それならなんとかなるかもしれない。


「あの、上手くいくかは分からないですけど……」


 と説明しようとすると、


「じゃあその案でいこう」

「採用」

「早いよ!?信頼してくれるのはうれしいけれど、せめて説明くらい聞こうよ!?」


 この切羽詰まった状況の中で、なぜにコントのようなやり取りをしないといけないのか!?


「信頼じゃなくて、ただ失敗しても君の責任にできるというだけ」

「右に同じ」


 感動のあまり目から涙が止まらないよ!


「もういいです。とにかく作戦を伝えます……」




 僕たちが体育館に入るとざわつきが一気に大きくなった。

 北郷は静かにさせようと身構えたが、あまり皆の反感を買うのは得策でないと判断したのか結局何も言わなかった。


「おつかれさまです、九条院先生。後藤君、けがの具合はどう?」

「おつかれさまです」

「心配かけてすみません。もう大丈夫です」


 近づいてきた保険医の南先生とあいさつを交わす。

 九条院は皆に自分は教師であると暗示をかけていた。

 羽歌には姿を消して隠れてもらっている。

 一応、確認ということで南先生の診察を受けていると、生徒の皆からの視線が突き刺さってくるのが分かった。


「ずいぶん熱い視線を送られているね」

「南先生が美人だから、皆妬いているんですよ」


 茶化した物言いの九条院に軽口で答える。

 どうやら北郷の狙いが僕であることは周知の事実らしい。

 よく耳を澄ますと「あいつのせいで」とか「巻き込むな」といった心温まるつぶやきがいろいろな所から聞こえていた。


 何もかも全部放り捨てて一人だけ逃げてやろうか、という考えが頭をよぎったけれど、それでは何の解決にもならないと思いとどまる。

 僕って大人。

 そんなことをやっていると痺れを切らしたのか、北郷が怒鳴り声をあげて僕に壇上に来るように命じた。


「私もできるだけ近くまで一緒に行くよ」


 そう言って九条院がついてきてくれる。

 見えはしないが羽歌も近くにいるはずだ。大丈夫、何も怖くない。


「お前はそこにいろ!おい!ガキ一人でさっさと上がってこい!」


 九条院と目配せして僕一人だけ壇上へ。

 近づいてみると北郷が緊張しているのが良く分かった。

 高圧的なしゃべり方も、そうしないと声が震えてしまうからなのだろう。


 一方、僕はと言うと自分でも驚くくらい冷静だった。

 三週間前、九条院に誘拐されたことで免疫ができているのかもしれない。


(人生経験に無駄なものなんてないんだなあ……)


 なんてのんきなことを考える余裕まであった。


『油断するな。足元をすくわれるぞ』


 耳元で声がしてハッとする。

 羽歌の言うとおりだ。

 失敗すれば僕だけでなくここにいる皆の命が危険にさらされることになる。

 気を引きしめなくては。


「願いを叶える力を持っているというのはお前だな」

「皆が言うにはそうみたいですね」


 あいまいな答えだが、僕自身はそんな力はないと確信しているので、そう答えるしかない。


「なんだそれは?馬鹿にしているのか!?」


 やっぱり突っ込まれた。

 しかしいちいち怒鳴るのをやめてもらいたい。


「そんなつもりはありませんよ。ただ、願いを叶えたと言われても、それを証明する方法がないし、僕自身この力で良い思いをしたことがないから、分からないと言っているだけです」


 だんだん腹が立ってきたぞ。

 どうして僕がありもしない力のせいでこんな目に合わなくてはいけないのか?


「だいたい勝手な思い込みで毎日毎日追いかけ回されてたまったものじゃないですね。知っていますか?僕はここ二カ月ゆっくり昼ご飯を食べたことがないんです。

 それに必死にすがりついてくるくせに上手くいっても何の礼もないし、失敗したら僕の責任にされるんですよ。

 たいした努力もしてないくせに人のせいにしているんじゃねえよ!」


 いきなりの僕の独白に北郷はあっけにとられていた。

 いい機会だからついでにたまっていた鬱憤を吐き出すことにしたら、思った以上に上手くいっているみたいだ。

 相手がのまれているうちに一気に片を付けてやる。


「こんな力なんてあっても、いいことなんてまるでないです。欲しい人がいるならあげたいくらいですよ」


 そう言った瞬間、「なにを言い出すんだ!?」だの「俺にくれ!」だのと体育館中が大騒ぎになった。

 先生たちが落ち着くように言って回るが、効果がない。

 このまま生徒たちは暴走するのか?


「うるさいぞ!黙れ!」


 しかし、北郷が爆弾をちらつかせながら怒鳴ることで静かになってしまった。

 その様子を見て舌打ちをした後、北郷は僕に向き直った。


「おい、今の話は本当か?」

(かかった!)


 実は僕が待っていたのは生徒たちの暴走などではなくこれだった。

 僕の力を与えると揺さぶりをかけることで、北郷と力の結びつきを弱めるのが狙いだったのだ。

 心の中でガッツポーズをしながら、平然とした顔で答えた。


「誰かに力をあげたい、というのは本当ですよ」


 僕の言葉に北郷は考え込んでしまう。

 おそらく僕を連れて逃げるのと、力だけ奪って逃げるのとではどちらが簡単かシミュレートしているのだろう。

 もうひと押しだ。


「あなたが欲しいのなら差し上げましょうか?あ、でもそうなると今持っている力は手放さないといけませんね」


 ギョッと驚いた顔を見せる北郷。


「ゲームとかアニメでよくあるパターンですよ。能力は一人一個だけ。知りませんか?でも考えるまでもないですよね。爆薬を作る力よりも願いを叶える力の方が絶対便利ですよ」


 追い詰めるためにわざと相手の能力を言い当てる。

 九条院に教えてもらった方法だけれど、効果てきめんだった。さすがは悪魔、といったところか。


「二つの力を持つことはできないのか?」


 必死に考えた結果、北郷が出したのはなんとも小物臭く、欲をかいたものだった。


「くわしくは知りませんが、二つ以上の力を持とうとすると体が耐えきれなくなるそうです」


 これは本当のことだそうだ。欲張るとロクなことにならない。おとぎ話で書かれている通りである。


「どうしますか?別に僕は誰にあげてもいいんですよ。でも、力を受け取った人が僕以上に上手く使いこなせる人だった場合、あなたは間違いなく逃げられなくなりますよ」


 ありもしない力について、よくもまあここまで口が回るものだ。僕には詐欺師の才能があるのかもしれない。

 さて、切れるだけのカードは切った。後は相手が乗ってくることを祈るのみだ。


 待つだけの時間というのは結構つらいものだ。

 時間が何倍にも引き伸ばされているように感じる。

 実際にはほんの数秒だったのかもしれない、長い沈黙を破って、ついに北郷が決断を下した。


「分かった。お前の力をもらう」


 安堵のあまり膝をついてしまいそうになるのを懸命にこらえる。

 まだだ、まだ終わっていない。

 相手はまだこの有利な状況をひっくり返すことができる切り札を持ったままだ。


「それじゃあそこに立って下さい。力を送りこむようにあなたの胸を押します。それに合わせてあなたの中にある力が後ろに飛び出るようにイメージして下さい」


 僕の言うことに素直に従う北郷。きっと根は素直な人なのだろう。

 爆弾なんて作らなければ、いや、まっとうな使い道さえしていれば大成功を収めていたかもしれない。


 空しくなる気持ちを抑え込んで最後の仕上げに移る。


 北郷の胸に右手を当てて左手で手首をにぎる。

 なんとも中二病的なポーズだが、こういうのは大げさにやる方がいいらしい。

 でも、九条院の言っていたことなのでだまされた気がしないでもない。

 生徒や先生の皆も息をのんで見つめているのが分かる。


「それじゃあいきますよ。せーのっ!!」


 力を込めて北郷の胸を押す。

 そのとたん彼の背中から何かが出て行くのが見えた。

 次の瞬間、羽歌がそれをつかんで壇上の横へと消える。

 同時に北郷が持っていた爆弾が崩れて粉々になっていた。


「物質変化能力の回収を完了した」


 舞台袖から羽歌が姿を見せる。

 九条院を見ると大きくうなずいた。


「……どういうことだ?」


 ここにきてようやく何かがおかしいことに気づいた北郷が声を上げる。

 僕はにっこり笑って


「だまされてくれてありがとうございます。ついでに捕まってもらえませんか」


 と言った。

 しかし、さすが「はい、分かりました」と素直に捕まってくれる相手ではなかった。


「くそっ」


 悪態をつくと北郷は逃げだした。

 しかも壇上から飛び降りると、生徒たちの集団のど真ん中に突っ込んだのだ。

 まだ爆弾を持っていると思い、パニックになる生徒たち。

 しかし、モーセの十戒よろしくきれいに分かれて道を作る。


「ふう。貸し一だよ、後藤君」


 九条院が上手く誘導してくれたようだ。


「ゴトウ、早くしないと逃げられるぞ!」


 羽歌の声に弾かれたように走り出す。

 出遅れているとはいえ、こちらは二ヵ月間追いかけっこでみっちり鍛えられている。

 対して北郷は引きこもってろくに運動もしていない。

 さらに年齢差もあって、体育館を出たところで追い付き、勝負はあっけなくついたのだった。


「ちくしょう!離せえ!」


 僕に組み付かれてジタバタともがく。 


「はあ、はあ、もう少し運動した方がいいですよ、

「余計な御世話だ!痛たたた!」


 右腕を背後にひねりあげる――僕自身、追いかけっこの時に何度もやられた――とやっとおとなしくなった。

 と思ったとたん、


「くそっ!こうなったら全員道連れにしてやる!」


 どこに隠し持っていたのか、なにかのスイッチを押した。


「これで皆あの世行きだ!ふひゃひゃひゃひゃ!げふっ!」

「はいはい。少し黙っていようね」


 嫌な声で笑う北郷を九条院が蹴りつけて気絶させる。


「こいつは抑えておくから、早く中へ」

「頼みます」


 その場を任せて体育館の中に戻る。


「ゴトウ!こっちだ!」


 羽歌の声のする方に行ってみると、ほぼ中央に小さな箱が置かれていた。

 耳を近づけると、小さくカチ、カチと音がしている。

 覚悟を決めてふたをとると、そこには爆発物と思しき物体とデジタル式のタイマーが入っていた。

 箱の中身が見えた生徒たちが息をのむ。


「……なにこれ?」

「まさか時限爆弾?」


 ゾッと背筋に冷たいものが走る。

 どうして?

 物質変化の能力はもうないはずなのに……


「ゴトウ!時間がないぞ!」


 羽歌の叫びに、ハッと意識を取り戻す。

 タイマーを見ると残り二十秒に差し掛かろうとしていた。

 その瞬間、僕は箱を持って走り始めた。

 後ろから何かが聞こえるけれどかまっていられない。


 体育館を出ると校舎を突っ切る。

 そして運動場に出ると箱を思い切り放り投げる。


 間に合った!


 反転して地面に突っ伏し、爆発の衝撃に備える。


 ………………

 …………

 ……


 いつまでたってもその時が来ない。

 不思議に思って見てみると、箱は転がったままだった。


「私たちが見て来よう」


 いつの間にか追い付いてきた九条院が箱に近づいていく。

 危険だと声をかけようとすると、


「私たちは天使と悪魔だ。爆発しても大丈夫」


 羽歌が僕の肩を優しく叩いて箱に近づく。


「これは……」

「へたくそだな」


 はい?今明らかに場違いな単語が聞こえたのですけれど?


「後藤君、もう来ても大丈夫だよ」


 呼ばれておそるおそる近づいて箱の中を確かめると、箱の中には確かにへたくそな粘土細工が入っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る