第8話 おい、そのソース信用できるのか?
「うわあ、本当にいる……」
全生徒に全教職員が集められている第二体育館には、密集した人の圧迫感と緊張感で重苦しい空気が垂れこめていた。
だけど所々その空気の質が違っている場所がある。
何だろうと目を凝らしてから僕は後悔することになった。
うちのクラスのマイクと三河さんを始めとしたバ・カップルたちがいちゃついて――本人たちは励ましあっているだけのつもり――いたのである。
さすがにリアル爆弾魔がいる前で定番台詞を言うわけにもいかないので、周りの人たちの鬱屈した殺意の波動でピンクの空気が包まれているという混沌空間になっていた。
それにしても周囲の殺意をものともしない空気を読まないバ・カップルはある意味最強だな。周りの人たちにはいい迷惑だけど。
そして保険医の先生をはじめ、数人の先生たちが体育館中を忙しそうに行き来している。
その様子を奥の壇上から神経質そうな顔をした男が落ち着きなく見つめていた。
「あの壇上にいる男が北郷だ」
「なんだかキョロキョロしている」
「不安なのさ。これまで爆破事件の実働経験どころか現場に爆弾を仕掛けたことすらなかったはずだからね。爆弾さえ作っていられれば幸せな職人気質というやつだね」
いやな職人もいたものである。
「でもハイジャック事件を起こしていますよね?」
「あれはちょっとしたことで呼び止めた乗務員を警官と勘違いして、突発的に起こしてしまったものだよ。つまりそれくらい素人で小心者という訳さ」
あの後、ショックな現実から逃亡をはかった僕は、羽歌にその襟首を掴まれて――具体的には気絶しかけた僕にデコピンをくらわして――引きずり戻されてしまい、状況を把握するためにこっそりと様子を見に来ていた。
「現場初心者ではあるけれど、あまり顔を出すとさすがに見つかるよ」
「ういっす」
九条院から注意されて、僕はのぞいていた顔を少し隠すようにする……ってトーテムポールのように三人とも同じ場所から顔を出しているのだから、僕一人が隠れても意味がない気がする。
と言ったら、
「私、天使」
「私、悪魔」
と返されてしまった。
ちなみに第二体育館は校舎や第一体育館に武道場などの陰に隠れてしまい、外部からは見えないようになっている。
そのため、こんなあらかさまに不審者な行動をとっていても誰にもとがめられることはない。
「外部から遮断されている第二体育館に人質を集めたり、「敷地の外壁全部に爆弾を仕掛けている」と脅しをかけたりしているから、下調べはしっかりしているようだね」
「その脅し本当なんですか?」
運動場なども含めると学校の敷地は結構広い。その外壁全部となると、かなりの量の爆薬が必要になるし、時間もかかるはずだ。
「さて、ね。ただ爆発物処理班の調べによると、反応はあったらしいよ」
「壁の一部を爆発物に変換するくらいのことなら、今の北郷には簡単なことだろう」
そうでした。相手はチート能力者だった。
「とにかく学校で躊躇なくスタングレネードを起爆させるくらいぶっ飛んだ相手だということを忘れちゃいけないよ」
運の悪いことに僕が逃げ込もうとした理科室には北郷による改造された時限式のスタングレネード――ものすごく大きい光と音が出る爆弾――が設置されていたのである。
さらに運の悪いことに起爆時間と逃げ込んだ瞬間とが重なってしまった。
結果、僕はまともにそれを受けてしまい、失神。
その時に後頭部から地面に落ちてしまったので、学校に潜り込んでいた九条院が治療と検査のためと機転を利かせて保健室に連れて逃げたのだそうだ。
そして他の皆は人質として第二体育館に集められている、という訳だ。
そもそもどうして北郷がうちの学校に来たのか?それを聞かされたせいで僕は九条院と羽歌の手伝いをせざるを得なくなってしまった。
「北郷がここに来た理由?決まっている。ゴトウ、お前の力が目的だ」
「はい?」
「結構な数の生徒がSOS、じゃないSNSに君のことを書きこんでいるよ。まあ、大半は何かのネタだと思って終わりなんだけれど、彼はそうじゃなかったみたいだね」
つまり、狙われているのは僕なのである。だから僕だけが保健室で治療を受けることが許可されたのだった。
「それにしても物質変換なんていうトンデモ能力があるのに、今さら願いを叶える力なんて欲しいと思うんですかね?」
ふと浮かんできた疑問を口に出す。
「さっきも言ったけれど、北郷自身は爆発物に作り変える能力だと思っているから、君の願いを叶える力に利用価値があると考えたのだろうね」
「そんな力無いのになあ……」
隣の芝生は青く見える、というやつなのかな?
いや、違うか。
「そうそう、今回の件で能力の保管庫を調べたら、願いを叶える力は確かに保管されていたそうだよ。ちなみにいくつか持ち出し禁止になっているはずの能力が消えていたらしいけれど」
今とんでもない問題がさらりと付け加えられませんでしたか!?
「ゴトウ、余計なことは気にするな。目の前のことに集中しろ」
思わず大きな声をあげそうになったところを羽歌の台詞が押しとどめる。僕は落ち着くために扉の影に戻り、深呼吸を繰り返した。
「もう平気か?」
絶妙なタイミングでの問いかけに頷き返す。
「それじゃあ、行こうか」
三人そろって体育館の中へ足を踏み入れる。
ここからが正念場だ。
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