第7話 再開は突然に

「……トウ、…いき…?おい、ゴトウ?」


 遠くから声が聞こえる。

 それとお腹のあたりが微妙に重い。

 少しずつ浮かび上がってくるような感覚の後、突然強烈な頭痛に襲われる。


「痛って……」


 あまりの痛みに頭を抱えて身もだえる。


「こらこら、無理させちゃだめじゃないか」

「むう、すまない……」


 誰かが話しているようだけれど、耳鳴りでほとんど聞き取れなかった。

 誰かが頬にそっと手を添えてくれる。

 ひんやりとした感触に落ち着きを取り戻した僕は再び意識を手放したのだった。


 意識が戻ると先ほどとは打って変わって頭の中がすっきりしていた。

 が、お腹のあたりには相変わらず重さを感じる。

 何だろうと思って目を向けると、僕の上にまたがっているかわいい女の子が見えた。


「もう大丈夫?」


 僕の胸に手をついて、目をうるませながら尋ねてくる女の子。

 思わずドキンと胸が高鳴る。……あれ?前にも似たようなことがあったような気がする。


「目が覚めたようだね。悪いけれど時間がないから、さっさと起きてくれるかな」


 横合いから図太く低い男の声が聞こえる。見ると声とは不釣り合いな線の細い男が立っていた。


 その瞬間、僕は三週間前の出来事を思い出していた。


 願いを叶える(と思われている)力を狙って僕を誘拐したこの男、実は悪魔でよく調べてみると僕にはなんの力もないことが分かった。

 そして女の子の方は天使で、いろいろあって男と一緒に行動するようになっていた。


「なんで二人がいるんですか?それよりここはどこなんですか?」


 僕は女の子、天使こと天津羽歌を下ろして上半身を起こしながら、悪魔こと九条院武典に問いかけた。


「ここはどこ、の説明をすると、君の通う学校の保健室だね」


 言われて見回すと、確かにそこは保健室だった。

 生徒たちとの追いかけっこで生傷が絶えない僕は保健室の常連になっていて、寝ていたベッドも何回か使わせてもらったことがあった。


「それじゃあどうして二人が僕の学校にいるんですか?まさか、他の生徒の誰かが力を与えられた人間だったとか!?」


 続けて尋ねる僕を九条院は手で制すると、


「まあ、落ち着いて。とにかく順番に話していくよ」


 事のあらましを説明し始めた。


「まずは復習からだね。覚えていると思うけれど、私たち悪魔と天使は人間を使って権力争いをしている。

 無作為に抽出、分かりやすく言うとランダムに選ばれた人間に、これまたランダムに選ばれた力を与えて、善いことをするか、はたまた悪いことをするかで勝負している。代理戦争みたいなものかね」

「当の本人たちにそのつもりが全然無いのが問題ですよね」


 僕の皮肉に首をすくませる九条院。


「その点は私たちも申し訳なく思っているね。話を戻すと、今回力が与えられた人間の居場所がまったく分からなかった。いつもなら一週間もあれば見つかるのに、なんと三年以上も行方不明だった」


 この三週間で不明期間が一年プラスされていた。


「こんなことは前代未聞で、最初はのんびり構えていた上の連中も焦り始めて、急きょ探索の増員となったわけだ」

「それが私や、九条院の部下たちのタナカにサトウ、スズキ」


 羽歌が継いで説明する。


 ……ん?何か違和感が……


「あれ?羽歌が普通に喋っている!?」


 確か出会ったすぐの時はしゃべることができなくて、しばらくして話せるようになった時も片言だったはずだ。

 今でも少しかたい感じはあるけれど普通に話すことができている。

 驚いて見つめると羽歌は照れてうつむいた。

 いちいちかわいい子である。


「そこは成長したとでも思っていてちょうだい。次いくよ」


 それた話を強引に戻そうと、九条院が声を上げる。

 おっと、いけない。今は説明を聞かないと。


「で、途中間違えて後藤君を捕まえてしまうという不幸な出来事もありながらも、ついに私たちは力を与えられた人間を見つけ出した。

 名前は『北郷晋(ほんごうしん)』、社会情勢に疎い君でも聞いたことがあるんじゃあないかな?」


 言われて考えてみると確かに聞いたことがある名前だった。

 しかし、どこで聞いたのかすぐには思い出せない。

 わざわざ社会情勢とつけたくらいだから僕の身近な名前ではないはずだ。

 そうなるとニュースか何かで、ということになる。


「……あ!」


 一人思い当たる人物がいた。でもそれは……


「たぶん後藤君の想像している人物で間違いないよ」


 おそるおそる九条院に顔を向けると、彼はきっぱりとそう言い切った。


「先週起きたハイジャック事件の逃げた犯人?」

「当たり。その容疑で指名手配されている男だ。それと、公表されていないけれど裏社会において特定の団体には所属していないフリーの爆発物製造家でもある。

 彼はどんな相手でも依頼があれば爆弾を作ってきたから、その筋の人たちには名前自体は結構前から知られていた。でも、一度たりとも表舞台に出てきたことがないから半ば伝説上の人物だったんだ」


 おいおい、なんですかそのトンデモ設定……


「まあ、過去には大量殺人鬼もいたわけだし、それだけなら特に問題は無いのだけれど、ってそんな顔しなでもらいたいな。あくまで人選はランダムなんだからねえ」

「できれば次回からの選考基準を改正してもらいたいです」


 ふくれっ面で僕が言うと、


「上には一応報告しておくよ。考えてもらえるか約束はできないけれどね」


 九条院はそう言ってため息をついた。下の意見が通りにくいのはどこの世界でも同じみたいだ。


「話を戻すと、私たちにとって問題なのはここから。あいつには本当は与えられてはいけない力、物質変換の力が与えられていた」

「簡単に言うと物を作り変える力だね。どうやら北郷自身は爆発物にだけ変化させられると思っているみたいで、先週のハイジャック事件の証言に『いつの間にか犯人が爆弾を持っていた』、というものがある」


 あまりのチート能力に目が点になる僕。


「何千年か昔に一度与えられた時に世界を滅ぼしかけて禁止能力として封印、保管されていたはずのものだから危険性は折り紙つきだよ」

「なんでそんな危ない能力が出てきているんですか!?」


 叫んだ拍子に頭痛がぶり返してうずくまる僕を羽歌がやさしくなでてくれた。温かな感触についうっとりしてしまいそうになる。


「封印が解かれた経緯ついては調査中だね。上の誰かが絡んでいるのは間違いないだろうけれど、もしも悪魔、天使の両方が関わっているとしたら、うやむやにされるかもしれない」


 悪魔はともかく天使でもかい!聞く人が聞けば絶望して身投げしてもおかしくないような話だった。


「やばい人にやばい能力を持たせてしまったことは分かりました。それで、どうして二人はうちの学校にいるんですか?」


 尋ねると、二人はとても残念なものを見る目をした。


「君、今の流れでそういう分かり切った質問をするのかい?」

「いやまて九条院、これはいわゆるお約束というやつかもしれない」


 羽歌サンおかしな方向に解釈をするのはやめて下さい。

 そして九条院サンも「なるほど」とか納得しないで。


「ふぅー。あのねえ後藤君、北郷を追いかけている私たちがここにいる理由なんて一つしかないだろう」

「だってそれだと北郷がうちの学校にいることになっちゃうじゃないですか」


 そんなことがある訳がない。いや、あって欲しくない。のだけれど、


「その通りだ」


 あっさり肯定されてしまった。僕は三度意識が遠くなるのを感じていた。


 ああ、ここがベッドの上でよかった……

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