第5話 続・ランナウェイな日々
それから数日、僕はいつも通りの生活を送っていた。
校長先生のとりなしで生徒たちから追いかけ回されることはなくなったけれど、皆の目が獲物を見つめるハンターのようにぎらぎらしているのも相変わらずだった。
レアアイテムを隠し持っているモンスターにでもなったような気分だ。
あの後、確認の意味も込めて僕に力があるのかどうかを天使ちゃんに調べてもらうことになって、そしてその結果、やっぱり僕にはなんの力もないことが分かった。
「これで追いかけっこの日々からは解放される」
と思ったのだけど、
「いやあ、それは無理じゃないかなあ。ほら、人間には力の有り無しそれ自体が分からないから、疑われたままだと思うよ」
無情な言葉を突きつける九条院(仮)。さすがは悪魔だ。
「でも、ないって証明されたわけだし……」
それでもしつこく食い下がる僕。
「説明、無理。天使、悪魔、誰も信じない」
「あ……」
天使ちゃんに指摘されて納得した。
確かに、今日ここでのことをどう説明しても信じてもらえないだろう。
せいぜい生温かい目で見られて「いろいろあって疲れているんだよ」と言われるのが関の山だ。
そんなわけで、僕はいまだに『歩くドラゴンボ〇ル(七個セット)』だと思われたままだったりしている。
そうそう、天使ちゃんは結局九条院(仮)たちと一緒に行動することになった。
悪魔になるかどうかはともかく、まずは自分が生まれるきっかけになった力を与えられた人間を見つけたい、ということだった。で、
「いつまでも『天使ちゃん』じゃ呼びにくいね。せっかくだから君が名付け親になってみないかい?」
ずいぶんと軽い調子で言われたので、僕は最初何のことか分からなかった。
とまどう僕に対して天使ちゃんはなぜか乗り気だった。
「それ、良い。名前、あなたに、つけて欲しい」
だからそんな熱のこもった眼で見つめないでもらいたい。思わず勘違いしそうになっちゃうよ。
それに気の利いた名前がすぐに思い浮かぶなんてこと……
「羽歌、
あった。
まあ、なんだ。平凡な僕にもたまには何かが下りてくることがあるみたい。
「天津、羽歌。私、羽歌」
かみしめるように自分の名前をつぶやく天使ちゃん改め羽歌。
「へえ。なかなか良い名前じゃないか」
九条院(仮)にも好評なようだ。
まあ、『天使』の読み方を変えて文字を入れ替えただけなのだけれどね。
こんなやり取りを最後に、彼らとは音信不通になってしまった。
時々あれはおかしな夢を見ていただけなのかと思ってしまう。
彼らと出会ったことを証明するものは何もないからだ。
白い大きな羽や、ましてや九条院武典と書かれた名刺が僕の部屋にある――なんてこともない。
そんな物思いにふけっていると、突然教室の扉が大きな音を立てて開いた。
驚いて目を向けると、そこには校長先生が立っていた。
「後藤君はいますか?」
近くにいた生徒に問いかける声が聞こえたので、手を挙げて「います」と答えた。
すると、校長先生は笑顔で近づいてくると僕の両手を握り、
「後藤君、君のおかげで娘の出産が無事終わりました!つい先ほど連絡があって母子ともども健康だそうです。
あ、後、私の出世も決まりました」
と大声で言ってきたのだ!
瞬間、教室内の空気が変わった気がした。
僕はうすら寒いものを感じて、つい、
「ここでそんなことを大声で言われるとまずいんですけど!?って出世の方も本気だったんですか!?」
と叫んでしまったことで事態は悪化した。
教室のあちこちから「後藤のおかげ?」とか「やっぱり本当だった」とか「出世……」というつぶやきが聞こえてくる。
本能的な危機感を覚えた僕は校長先生の手をふりはらうと、教室から逃げ出した。
「後藤が逃げたぞ!」
「追えー!」
ぶっそうな叫び声を背中に受けながら近くの階段へと向かう。
いつかと同じように階段をかけ降りる(注、危険ですので真似しないでください)。
かくまってくれる人もいないので、一階に着くとそのまま校舎を走り続けた。
ふと振り返ってみるともう話が広まったのかとんでもない数の人が追いかけて来ていた。
「まてー!俺の願いをきけー!」
「ない!僕にそんな力はないから!」
響いてくる大声にそう返しながら、僕は校舎から飛び出していった。
僕の追いかけっこな生活はまだまだ続きそうだった。
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