第3話 悪魔? 天使!
数分後、僕らは落ち着きを取り戻した自己中かまってちゃん――いろいろ恥ずかしいようで顔を赤くしていた――の話を聞くことになった。
「まずは自己紹介からしておくよ。とは言っても名前はないんだけどねー」
スタート直後の失速に苛立って立ち上がる僕を手で制しつつ彼は続ける。
「私は君たちが言うところの悪魔なんだけど『人間界』……あ、この世界のことね、で実行部隊をやらされているくらい下っ端でねえ。まだ名前をもらえていないんだよ。
向こうじゃ「おい」とか「お前」とか呼ばれてね。誰がお前の古女房やねん!とか突っ込みたかったんだけど相手は上司だし、格上だしでなにも言い返せなくってさあ、切なかったよ。(中略)と言うわけで、当面は悪魔さんでもミスター悪魔でも好きなように呼んでくれればいいよ。ああ、私のお勧めは悪魔様だね」
ここまで聞いて改めて怖くなった。
自分を悪魔だというかまってちゃん、これは絶対に違法な葉っぱどころか危ない薬の常習者ですよ!
さっきの異常はハイテンションもきっと薬による躁状態というやつだ。
分からない人はテレビの特番でよくやっている『密着!警察二十四時』系の番組を見れば、こんなのがよく出てくるぞ。
つまりは皆さんピンチです。
相手は狂人、冷静に見えてもちょっとした拍子に暴れだすかもしれない。
当然今までそんな場面に遭遇したことがない一般ぴーぷるの僕に上手い返しができるはずもなく、とりあえず気になったことを尋ねてみる。
「えっと、人間界?に来ているのに下っ端なんですか?」
「当然だよ。私たちにとってこの世界は危険でいっぱいだからね」
どうしてそんな当たり前のことを聞くのか、という顔をされた。なんか腹立つ。
「じゃ、じゃあ偉い悪魔はどうしているんですか?」
「元の世界で命令だけだしてふんぞり返っているよ。嫌だよねー、自分では何もしないくせに口ばっかり出してくる上司ってさ」
このまま話を続けると、サラリーマンの愚痴みたいになりそうだ。
「悪魔がいるなら、天使もいるんですか?」
慌てて変えた話題にもかまってちゃん改めアクマ男は平然と答えてくる。
「残念だけどいるよ。いなければいろいろと楽だったはずだけどね」
はあ、と大きくため息をつくアクマ男。
「でも、今回に限ってはもう邪魔されることはないよ」
「どうしてですか?」
「やられて私たちに捕まっているからね」
「捕まっているんですか……」
「うん。君の腕にしがみついている、その子」
驚いて隣を見るとばっちり視線があった。
「そうなの」
僕の問いかけにコクリとうなずく彼女。
「すごい!天使って本当にいるんだ!感動した!」
僕は感動のあまり天使ちゃんの両手をつかんで、ぶんぶんと大きく振っていた。
それに驚いたのか彼女は目を白黒させていたが、そんな表情もとてもかわいい。
「君、私の話のほうはまるで信じていなかったのに、その子のことはずいぶんあっさりと信じるんだね……」
おっさん声でかまってちゃんなアクマ男に呆れたように言われたけれど、全力でスルー。
「あー、ちなみにその子は生まれたばかりだからねー。だから話せないんだよー。おーい聞こえているかーい?」
何かとても大切なことを話しているようだけど、僕は彼女と見つめあうことで手いっぱいだった。
ちなみに両手とも彼女の手をつかんでいるので、物理的にも手いっぱいだったりする。
「はあ、まったく最近の若い者ときたら自分の聞きたいことしか耳に入らないから困るよ。とにかく、こちらからの情報提供はしたからね。後で知らなかったと言われても受け付けませんよー。……だめだ、全く聞いてないな」
アクマ男は僕への説明をあきらめて、手近にあった箱を椅子代わりにしてタバコ(のようなもの)を吸い始めた。
そして一本目のタバコ(みたいなもの)を吸い終わり、携帯灰皿に後始末をしたころ、
「えーーー!話せないってどういうこと、って生まれたばかり!?」
僕は大声をあげていた。
「遅いね!?」
と突っ込みを入れられるが、それどころではない。
だって目の前の女の子は僕と同年代かそれ以上にしか見えない。
「いや、でもこの子こんなに大きいし!?」
もちろん身長のことですヨ。
「あなたとは違うんですよ。だって天使なんだから」
後から考えると何の説明にもなっていないのだけれど、彼女が天使だと信じていた僕は何となく納得してしまった。
「話を戻すと、その子は天使で私は悪魔。これはもう決定事項で現在反対意見は受け付けておりませんのであしからず。
……さて、ここからが本題だ。後藤大介君、聞くところによるとなんだか面白い力を持っているそうだね?」
ニヤリと笑うアクマ男。その笑い方は名前の通り薄気味悪いものだった。
「な、何のことでしょうか?」
「ごまかしても無駄だよ。『願いを叶える手』、学校でもずいぶん人気者のようじゃないか」
バレてる!
「でも最近はそんなことも起きていないし、たぶん偶然だったんじゃないかなあ、と……」
「無意識に力を抑えていることもありうるからね。そのあたりも調べてみればすぐに分かることさ」
そう言いながらにじり寄ってくるアクマ男。情けない話だけれどその時僕は怖くて一歩も動けなかった。
そんな僕を守ろうとするように天使ちゃんがアクマ男の前に立ちふさがった。
「天使として見過ごせないのは分かるがお前では力不足だ。眠っていろ」
冷酷に告げるとアクマ男は彼女の頭をつかむ。
ドクンと僕の心臓が大きく脈打つ。
漫画ならここで僕の力が解放されるはず
「や、やめりょー!」
だけど現実はこんなものだ。
結局僕に出来たのはか細い声――しかも噛んでいる――を上げることだけだった。
「そして無情にもアクマ様の手が彼女の頭を握りつぶす!――ようなことはしないよ。しかし「やめりょー」って君、そこは噛んじゃだめでしょう」
僕の
「そんなことよりその子を離せ!」
馬鹿にされたことで怒りが後押ししたのか、いつの間にか怖くはなくなっていた。
「心配しなくても生まれたばかりの天使を無傷で手に入れるチャンスを捨てたりはしないさ。少しの間眠ってもらうだけだよ」
アクマ男がそう言うと、それまでジタバタともがいていた天使ちゃんが急に静かになり、床に崩れ落ちた。
「天使ちゃん!」
あわてて駆け寄って抱き上げると、確かに眠っているだけのようだ。
規則正しい寝息が聞こえてきた。
ほっとしたのもつかの間、アクマ男はそばにあった大きめの箱を指差して僕に告げた。
「それじゃあ、お姫様には少しの間舞台袖にはけていてもらいましょうか。君とはさしで話をしよう。ああ、その子のことが大事なら逃げようなんて思わないことだよ」
言う通りにするのはしゃくだけど、今は言うことを聞くしかない。
僕は指示通り天使ちゃんをその箱に寝かせると、アクマ男の正面に立った。
「いい子だ。それじゃあ、ちょっと調べさせてもらうよー」
アクマ男は僕のことをじろじろと見まわしていく。いろいろと見透かされているようで気分が悪くなりそうだった。
僕にとってとてつもなく長い時間が過ぎた後、アクマ男は「違う」と一言つぶやいた。
「ごめんねー、ちょっと待ってね」
「おう、タナカか?サトウとスズキも一緒か?
……おい、どういうことだ?お前たちちゃんと調べたのか?力のかけらもないぞ!……ああ!?馬鹿野郎!!お前たち三人とも見つけるまで飯抜きだ!」
どうやら部下に連絡を取っているようだ。
低いおっさん声だからそれっぽい口調でしゃべるとその筋の怖い人そのものみたいなんだけど、いやいや飯抜きって子どもか!
心の中で突っ込んでいるうちに話が終わったようだ。疲れた表情で大きなため息をついている。
そして僕に向き直り、
「ごめんなさい!人違いでした!」
と頭を下げたのだった。
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