第2話 混沌の倉庫(刑事ドラマ仕様)

 目が覚めるとそこは不思議な感覚のする場所だった。

 知らないはずなのに知っている、そんな不思議な感覚。

 寝ぼけ眼で周囲を見回してみると、どうやらここは倉庫のようで、大きな箱がいくつも積まれていた。


「ああ、刑事ドラマとかで出てくる倉庫みたいなのか」


 疑問が解けてぐっすりと眠れる……って眠っちゃだめだよ!

 今は五月で夜はまだまだ冷え込みが厳しい季節だ。着の身着のまま眠れば、死にはしないだろうけれど確実に風邪をひいてしまう。


「だからそれどころじゃないって!」


 寝起きで少々ずれた考えをしている脳みそに突っ込みを入れる。


「だいたい結構温かいから風邪をひかずに済むかもしれないじゃないか」


 こちらもまだ正常には作動していないみたい。

 とりあえず現状を把握することが重要だ。


 まず、僕は制服のままドラマ仕様の倉庫に放り込まれている。

 ここまではオーケー、理解できている。


 次に特に防寒具も与えられていないのに季節の割には温かい――ここでエラー発生。

 別に気温が高い訳でも暖房が入っているわけでもない。

 現に床に触れている背中や左半身は結構寒い。


 そこで『右半身の特に右腕に何か温かなものがくっついている』という仮説をを立ててみる。

 で、検証のため右を向くとかわいい女の子が僕の右腕にしがみついて眠っていた。


 はい、またエラー。


(なにが起きている!?)


 必死に考えを巡らせてみるものの、混乱した状態ではなにも分からない。

 とりあえず思春期男子にありがちなエロい方面に考えが向きそうになるのを懸命に自粛する。


 しかしそんな僕の心の葛藤を無視するように、女の子は「う~ん」と悩ましげな声をあげて身じろぎをする。

 女の子の援護もあって油断するとすぐにエロ方向に転がりそうになる思考を正常に保とうと、僕は記憶が途切れる前のことを思い出すことにした。


「ああ!美人のおねいさんと仲良くなり損ねた!」


 いやだから違うだろう僕。


 状況から考えるに十中八九あの声の主が僕をここに連れてきた犯人だろう。つまりあの声は偽物である可能性が大きい。


「うう、また男の純情を弄ばれた……」


 しまいにはぐれるぞ、と心の中で悪態をつく。

 でもそのおかげでこんなかわいい女の子の抱き枕になっているのなら、それはそれで悪くないかもしれない、とも思ってしまう。


 ……どうも思考がそっち方向にいってしまうな。

 もしかして余裕があるのかしら?

 僕って実は大物!?


 はい、現実逃避をしているだけですね。


 だって真剣に考えると怖いんだもん!誘拐だよ、誘拐!


 せめてこの子が起きてくれればいろいろ話し合えたかもしれないのだけど、全く起きる気配がない。

 と、僕がいろいろあたふたしているうちに時間切れとなった。入り口と思われるシャッター、ではなくその横にある扉が開いて誰かが入って来たのだ。


 僕は扉をあける音につい


「誰だ!?」


 と言ってしまった。

 そしてすぐにそれが失敗だったと思い知ることになる。


 入って来たのはどこか中性的で体の線が細い一瞬男か女か迷うような人物だったが、


「おおっと、男の子のほうは目が覚めていたのか」


 えらく野太く低いおっさんの声でしゃべり始めた。


「今、君「誰だ!?」と言ったね、言ったよね!いやあ、久しぶりにそういう台詞を聞いたよ。創作ものの中ならよくあるんだけどねー、現実にはなかなか言う人がいないんだよねー。

 あ、そうそう私が誰かという話だよね。私はね、誰だと思う?あはははは!この台詞もなかなか現実じゃ聞けないでしょ?いないよねー、そんなこと言うやつ。いいからさっさと名乗れよ!って思うよね。それで(以下続く)」


 なにこの異常にハイな人?あれですか最近はやりの違法な葉っぱでも使っているのですか?

 僕の疑問をよそにおっさん声は延々としゃべり続けている。そのやかましさについに僕の隣で寝こけていた女の子も目が覚めたようだ。


 起き上った女の子と目が合う。


「あ、えっと、お、おはよう」


 噛みかみになりながら挨拶をすると、女の子はコクリと頷き返してくれた。

 改めて見るとめちゃくちゃかわいい。

 そんな子と至近距離で向き合っていると分かったとたんに顔が熱くなってくるのを感じた。


 誘拐されたと分かった時よりも、今のほうが緊張しているような気がする。

 ドキドキと心臓の音だけがやたらと大きく頭の中に響いていた。


「ちょっとー!人に尋ねておいて放置するとかひどいんじゃありませんかねー!?」


 おっさん声が無視されてわめいているが、僕らはおかまいなしに見つめあっていた。

 とは言っても僕の方が彼女から目が離せないでいただけで、彼女の方はただぼんやりと僕を見ているだけだったのだけれど。


「いい加減にしないとキレるぞ、コラ!」


 どすの利いた声音にやっと我に返る。

 そんな僕を見ておっさん声は嬉しそうな顔を浮かべたが、すぐに表情を引き締めた、のかと思えば泣きそうになって、


「ごめんね、別に怖がらせるつもりはなかったんだけどね、やっぱり無視されるのって悲しいじゃない?だから、話を振ったからにはちゃんと聞いてほしいわけでね。それでついきつい言い方をしてしまったわけで(以下続く)」


 どうやら僕は思っていた以上に面倒くさいのに捕まってしまったようだ。


 延々と言い訳を続けるおっさん声改め自己中かまってちゃん、そして相変わらずぼんやりと周りを見回している美少女、後ついでに僕。


 倉庫の中はなかなかにカオスな状態になっていた。

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