第4話 違う、これは戦闘だ
東 |陸玖(りく)と西 |七海(ななみ)は争った。
「今日は大河君と遊園地に行ったの。楽しかったなぁ……あ、それでね、大雅君ってお化け屋敷が苦手でね、家族みんな心霊系がダメで私のこと凄いって……」
「……つまり、あいつもだな。よし……今度こそ」
美弥子からのデートの話を聞いて陸玖は悪魔のように笑うと七海に電話をかけ、ようとして向こうから電話がかかって来る。
「もしもし?」
『こんばんは。ちょっと誘いたいことがあってねぇ……』
「奇遇だな。俺も今誘いたいことがあった」
互いに愉悦を噛み殺しているかのような声だ。しかし、会話だけ聞くと楽しそうにも聞こえる。
『遊園地。そう……近くにあるでしょ? あの一時期前に絶叫系が流行ってた、あそこ』
「……あぁ、そうだなぁ……今はリニューアルしたお化け屋敷が有名になってる、あそこだろ?」
互いに声が若干強張る。それはそうだろう。両方とも得意分野に引きずり込もうとして同時に苦手分野が出現したのだから。
『……えっと? お化け屋敷は人気過ぎて確か並ぶことになるから絶叫系で……』
「安心してくれ。楽しみで仕方ないから待つ程度どうってことないし、最悪ファストパスがある。何なら絶叫系を端折って……」
『くっ……行くに決まってるでしょ? 絶叫系の方が楽しみだわ……来週の土曜で良いの?』
「あー……まぁ部活あるけど諸角先輩が好きにしろって言って来るから多分大丈夫かな?」
『……日曜でもいいけど』
「いや、楽しみだから土曜にする。首洗って待ってろ」
『そっちこそ。何ならおむつ履いて来ていいわよ。じゃあね』
陸玖は難しい顔で電話を切った。相手の必死になる顔が楽しみだが、それと同時に絶叫系に対して無様な姿をさらして笑われるのは嫌だ。もうこの時点で頭の中は幼稚園のことでいっぱいで美弥子の話もいつもより適当になってしまう。
尤も、それでも普通の家庭の数十倍の仲睦まじさだが。今までが異常だっただけだ。
「……むぅ、つまんない……」
陸玖が部屋に戻った後、美弥子は若干不満気にそう言って兄妹なんてそういう物なのかななんてことを考えながらソファに寝そべった。
土曜日が来た。
「姉ちゃん、そんなに着飾ってどうすんのさ? 相手はアレでしょ? 美弥子のお兄さんでしょ?」
「……仮に、私が普通の格好をして出掛けたとして、そこで『はん。その程度?』みたいな顔で笑われた時の屈辱感……! 大雅、お姉ちゃんは負けられないの」
「……でも、そんなに気合い入れなくても……それじゃまるでデートみたいだよ」
弟に言われて七海はその形のいい鼻で笑う。今日のコーディネートは動きやすさを重視しつつもガーリーな色で統一し、軽く羽織る物で全体をまとめるというものだ。アクセサリは着けるか着けまいか悩んで幾つかの環が連なったブレスレットを着けておく。
「デート、ふっ……これは、戦争よ。デートは確かに勝負服を着て出かけるものだけど……本当の勝負に勝負服を着ていくのは当たり前じゃない」
「……上手いこと言おうとして全然言えてないよ?」
「いいの。さて……そろそろ行こうかな? 奴の吠え面が楽しみ……精々いい声で鳴いてくれると嬉しいな。じゃあ、行ってきます」
「……行ってらっしゃい」
釈然としない気分で大雅は姉を見送った。
(ちっ、奴の方が早かったか……これでも10分前には着いたんだけど……)
待ち合わせ場所に居た陸玖を見て軽く舌打ちしたい気分になる七海。相手はこちらを見るなり勝ち誇った顔をしている。
その出で立ちは黄土色のブーツに割とタイトな空色のデニムのパンツ。上は黒のシャツ。その上に寒色系の上着を羽織りジャケットを着ていた。
アクセサリにシルバーネックレスと中心にオニキスが嵌められたクルスアクセサリーもついていて髪型も固めて来たようだ。
「よぉ、来たか」
「待たせたみたいねぇ……」
「ふふっ、そうだな。まぁ、気にしないでいいよ」
七海が気にすることを分かっていてそう言ってくる陸玖。しかし、あまり謝りたくもないのでさっさと遊園地に入って行く。目的は、当然互いの弱みだ。
両者、共にほくそ笑んで入園していく。
「あ、大人2名でしたらカップル割の適応をした方が安く済みますよ?」
「……700円も違うのか」
「じゃあ、それ……」
高校生にとって700円は割と大きい。一時的に休戦し、耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍んで二人は合計で1400円の得をして入園し、まず互いにジャブを打って牽制しておく。
七海は『びっくりミラーハウス』という小屋でコンディションを確かめ、所詮子供だまし、行けると確信した。
陸玖は『スーパーコーヒーカップ』で高速回転してコンディションを確かめ、行けると手応えをつかんだ。
両者、余裕の笑みを浮かべて本日のメインイベントに向かう。
先手を譲ったのはまたしても陸玖だった。
「絶叫系好きなんだろ? じゃあ、先に行こうか。俺の楽しみは最後に取っておくからねぇ」
ホラーハウスのファストパスをひらひらさせながら告げる陸玖。余裕ぶってられるのも今の内と思いながら二人はコースターへと移動して行った。
すぐに案内され、列の隣を進んで行く。陸玖は少しだけ緊張してきたが大丈夫だと言い聞かせて毅然として前を向く。
そんな陸玖の様子を満足気に身ながら少しだけドキドキしながらジェットコースターへと移動していく二人。
目の前で乗り換えが行われているのを目にした時、陸玖は思わず口から疑問が零れた。
「……これ、バーがないんだけど……」
「? 下にあるじゃん」
「はぁ? あんなの、少しズレたら……」
チェシャ猫のような嗜虐的な笑みを浮かべた七海に気付いて陸玖は続けて出かけた弱音を飲み込んで大丈夫だと自己暗示をかけ始める。
その様子を見て逆に落ち着き始めた七海は不安を煽り始めた。
「そうだねー確かに、ズレたら真っ逆さまかも……いや、ズレを検知したら止まるように設定されてるかもよ? 高い場所で止まったりしないと良いね?」
「ば、馬鹿か。こういうのは絶対に事故が起きないように作られてるんだ……」
「でも、この前ニュースでなかったっけ? ジェットコースターで事故があって遊園地の改修が行われたとか……あ、そういえばこの前テレビで」
「大変お待たせいたしました。次の方どうぞー」
会話は途中で中断のようだ。二人は2列になっているコースターに乗る。そして股座の前にある固定具を動かして陸玖は思わず呟く。
「嘘だろ……軽過ぎ……いや、しかも自力で動かせるんだけど……おい、これ大丈夫なのか……?」
「怖いなら私の胸に飛び込んで来ていいよ? 陸玖ちゃんかわいちょでちゅね~って慰めてあげる」
「な、舐めんな」
陸玖の心臓が五月蠅く鳴り始める。スタッフが何か言っているがそんなことを聞きとる余裕はない。ランプが青になった瞬間、コースターは急発進した。
(……ただ速いだけ。落ちない、大丈夫だ。行ける。何よりこいつに舐められてたまるか……!)
割と早いだけか。行けるなと陸玖が思っているとコースターが捻りを上げた途中で急停止した。陸玖は思わず間抜けな声を上げる。その隣では折角セットしていた髪が逆さになっている七海が楽しそうに告げた。
「あれ? 故障かな……? そう言えば、東さんのバーって緩いとか……」
「おい、冗談じゃない……」
陸玖は太腿に力を込めた。いや、込め過ぎると壊れかねない、そもそもこれは今どういう……
「うわぁあぁあぁっ!?」
「あはははははは!」
焦っている中でコースターは急発進。思わず悲鳴を上げた陸玖を見て七海はご満悦だった。
「あはははは……水、要る? お・ね・え・さ・ん・が! 奢ってあげるよ」
降りてしばらくしても笑っている七海に陸玖は敗北感を覚えていた。しかし、ここからは彼のターンだ。
「いや、いい……それより、今からお化け屋敷行くからね……? あんまり水分摂り過ぎないようにした方が良いんじゃない?」
「余裕余裕」
さぁ、その余裕。いつまで持つかな?
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