第2話 挨拶代わりの

 ……ちょっとだけ、可愛いと思ってしまった少し前の俺を殴り殺して埋めたい気分だ。


 目の前には、怨敵……いや、美弥子の彼氏を自称している詐欺師(推定)が美弥子と楽しげに会話をしており、俺の前に居るその姉は美弥子を睨んでいる。

 美弥子は視線に気付いて場の空気を何とかしようとし始めた。何ていじましいんだろう。


「えぇと、それで……会ったけど……どうするの?」

「わ、わかんない……けど、取り敢えず、立ち話も何だし……どこか寄る?」

「そ、そうしよっか! お昼ご飯、まだだしね?」


 これが目の前にいる見知らぬガキの言葉ならいざ知らず、美弥子が言うのであれば仕方がない。

 4人は揃って近くのファミリーレストランに移動し、そしてボックスに案内されて座る。


 場を盛り上げようとしている美弥子の献身的な働きに乗っかるようにして動くガキ。もう少し甲斐性見せろよな……


「えっと、何食べる?」

「そうだな……」


 美弥子は俺の隣、気に入らないことにガキの前。つまり、相手の姉が俺の前となる。奴め……何てだらしねぇ顔してやがる……


 まぁ、俺も人のこと言えない自覚はあるけどな。天使……いや、女神に近しき存在である美弥子が近いんだ。仕方ない。


「……激辛5倍カレーにしよっかな」

「お兄ちゃん辛いの好きだねぇ……」


 おい、向こう……誰の舌が馬鹿だって? 美弥子がいるから何もしないが俺は基本的に男女平等宣言採択してるからな? 男女問わずボコるぞ?


「じゃあ、あたしはこのパフェに……」

「姉ちゃんホンット甘いの好きだね……」

「……そっちの味覚の方が馬鹿なんじゃねぇの? いや、頭の中まで糖蜜漬だからわかんねぇのか」

「……あ゛?」


 おや、聞こえてしまったようだ。まぁ聞こえるように言ったんだけどね。


「大雅ぁ……? ああいう風になったらいけないよ? 人の味覚にケチ付けるような心が狭い人だからね?」

「姉ちゃん、そういうのは……」

「美弥子、あれが自分の言ったことすら覚えてない脳内花畑の住人だ。頭の中までプリンが詰まっててその原料に舌がおかしくなるまで甘いのをひたすら摂取して最終的に腹にプリンより汚い色した黄色い油を溜め始めるんだぞ。よかったな失敗例を先に見れて。美弥子は気を付けような?」

「お、お兄ちゃん……」


 美弥子の顔が引くついている。ガキも半笑いだ。おや、どこぞの悪鬼かと思えば目の前に自称彼氏の姉がいた。





 気に入らない。ふっふっふ……私をここまで虚仮にしてくれたんだから、覚悟は出来てるよね?


「味も感じられない鈍感馬鹿男が言ってくれるじゃない? あぁ、私を怒らせたいわけね? そういえば、辛さって痛覚だからね……怒らせて罵倒されたいわけだこのド変態が。ドM。いいわよ、寛大な私はその底辺過ぎる主張に乗ってあげましょうじゃないの」

「はぁ? 本当に脳内糖蜜漬かお前。プリンの糖蜜仕立てとか信じらんないな。30過ぎて絶望の渦に叩きこまれればいいのに。美弥子? こんなのと付き合っていけるのか? 無理だろ? じゃあ今から付き合うのも止めておいた方が良いぞ?」


 余裕ぶってるわねぇ……どこまでその余裕そうな顔が続くかな?


「そっちこそ30過ぎてから頭皮に悩まされると良いわ。知ってる? 心が活性化していても体にはストレスになっていることだって多々あるのよドM。痛みでしか頭の中に情報を叩きこめない愚かな鈍感ド変態には言っても無駄かもしれないけどね」

「……言ってくれるじゃねぇか。甘さ以外の油っぽいとか全ての味覚を感じられない昆虫みたいな雑魚の舌してるくせによぉ……人間様に上等な口利いてんじゃねぇよ。知ってるか? 舌の構造的に味を味わえるのは人間くらいだってことをよ」


 おや、案外早かった。頭皮系の煽りに弱いのかな? ただ、謝るには少し遅すぎるよ?


「痛みっていう刺激しか感じられないさらに下等な生物に言われたくないわ」

「はっ! 今、あんたは自分が虫並みの味覚しか持ってないことを認めたな? 俺は違うって言っておく」

「そうね、あんたは虫未満だもの。……あぁ、ケリがつかないわね。やっぱり痛覚程度しかない相手には暴力で分からせるしかないと思うの」

「上等だコラ。言っておくが、ウチの部長の指導の下、男女平等に行くからな? 始まって女性の権利が云々って話は聞かねぇぞ? 謝るんなら今の内だ」

「ちょ、東さん。ウチの姉ちゃんは……」

「大雅は黙ってて? あ、パフェお願いね? さて、自称大雅の彼女のお兄さん。此処じゃ狭いし、表に出ようか。」


 ふん。物理的に叩きのめしてやる……今日はスニーカーだけど素人相手に手加減するなら丁度いいかな?


 そして、私たちは互いの弟妹を置いて駅前の中途半端に地価が上がって企業が撤退し、空き地になった場所へと移動した。


「……最終通牒。土下座して謝るなら今の内よ」

「そっちこそ。さて、俺は優しいから先手は譲ってやる。いつでもかかって来い」


 人を舐めると痛い目見るんだよ?


 地面が軽く抉れるほど力強い踏込から飛び出された膝蹴り。それを東は軽く目を見張りながらも避けて鋭く突きを出す。

 西はそれに対して空中で蹴りを放ち突きを蹴り撃ち落として着陸。しばし、打ち合いをして互いに気付く。


「あんた……」

「あなた……」

死角獣しかくじゅうか……?」

「古武絞打しうち……?」


 互いの呟きがやけにはっきりと聞こえて両者は確信する。


 死角獣は古代、捔力かくじゅうと呼ばれたそれの流れを汲むものだ。捔力は相撲の源流としても名を上げられる日本古流武術の一種だった。

 しかし、その本流は平安時代末にあまりに野蛮で文化的ではないと公から姿を消され、名すら残すことを許されなかった。


 その本質は名の通り、相手の死角からの攻撃であり獣のように低い場所からの動点からの多彩な足技と奇襲を得意とする。


 ただし、死角獣は平和な世の中になり、今こそ流派を増やそうとして若者向けにアピールしようとして格好よく当て字をしたものであり、本当に使っている者たちは捔力で統一している。


 対する古武絞打。これは平安時代、源順が和名類聚抄に記した|古布志宇知(こぶしうち)の流れを汲むものだ。

 こちらは手を使うと言うことである程度文化的で平安時代中期までは認められたが国風文化が盛り上がる中でやはり野蛮とされ、表舞台から姿を消した。


 こちらの本質も音が表す通り、拳を主体とし、殴り、撃ち、掴み、投げる。などの動作を得意とする。


 因みにこちらも捔力と同じようなことをして使用者を辱めているので、古武絞打ではなく普通に漢字では|拳打(こぶしうち)。対外的に言う時はその漢字の音を取って|拳打(けんだ)と呼んでいる。


 まぁそんなことはどうでもいい。要するに、この説明を見れば分かる通り捔力は下半身を主体とする武術。古布志宇知は上半身を主体とする武術で仲が良いモノとは言えないのだ。


「へぇ……弥生時代から続く2500年の歴史に決着がつきそうだなぁ……勿論、拳打の勝利で……」

「まさかこんな所で古武絞打の使い手と出くわすなんて……これは捔力が上だと示せと言う天のお告げかな?」


 獰猛に笑う二人。この後滅茶苦茶喧嘩して弟妹が止めに入ることになる。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る