地獄草
テルヤマト
本文
「ねぇ、アキ。地獄草育ててる?」
「何それ?」
アポロチョコを食べて私は友達に聞いた。
「地獄草ってのはさー、サイト上で育てられる植物のことだよ」
「えっ? どういう事?」
「だから、ゲームみたいにお花を育られるのよ」
「ガーデニングゲームってやつ?」
「うん、そう。これがなかなか楽しくてさ」
「何が?」
「その地獄草の餌ってのがさ、言わば愚痴なのよ」
女友達のユミに勧められたその地獄草を育てるゲームの内容はこのようなものだった。
まず、地獄草というのは、あるサイト上にある無料ゲームの事らしい。
これを遊ぶにはまず携帯で会員登録を済ましアカウントを取得する必要がある。
私はとりあえずどんなものか試してみようかと思ってユミから教えられたURLでサイトへと携帯を繋いだ。
そういえばユミは友達招待の特典がどうこうの言っていたが、いったいどういうことだろう?
会員登録をしたら早速地獄草を育ててみる事にした。
ゲームのタイトル画面は黒い背景で、血のように赤い文字で『地獄草』と描かれていて、いかにもこれがオカルト性がものだという事が窺えられる。
決定キーを押して画面を進めていくと、最初に植える種を三種類のうちから一つ選び、次に鉢を、最後に地獄草の名前を付ける。私はとりあえず自分の名前をもじって『アキ草』と名付けることにした。
地獄層は、水をあげる代わりに自分のメッセージを与えることによって成長する。それも愚痴や悪舌など、質の悪いもの程成長しやすくなる。なんとブラックな植物だろうか。
まあここまでは私でも理解できる範囲内だった。
他の有名無料ゲームサイトに行けば育成ゲームというのは山ほどある。
木や花を育てるだけでなくて動物や宇宙人、成長させる点では村や星だって育成ゲームの中に入ってくる。
ゲーム会社がこういう育成ゲームを無料で提供してくからには、必ずどこかで利潤を図るためのパワーアップアイテムやそういう類のものを売っているものだが、この地獄草に関してはそれがない。
それどころか、この地獄草を花を咲せるまでに成長させると、その花が自宅にまで送られてくるというのだ。
無償でこういうことをされると、嬉しさを通りすぎてかえって気味が悪い。
その花は自分が投げかけた悪口の結晶が送られてきているのと等しいからだ。まあ、ネット上で地獄草は育てているので、送られてきた花が地獄草ではないのは確かなはずだ。
……にしても、悪口で育てるとは実に面白い発想だと思うが、こんなゲームをやっていることを誰かに知られたらかなり危ない気がする。
止めるなら今のうちだったが、手が自然と動いていた。
『あなたの地獄草に魂葉(ことば)を吹き込んで下さい』
そんなメッセージが画面に映し出されて、その下には文字を入力するためのスペースがある。私はそこをクリックした。文字の入力画面になる。メールを打つ時と同じ画面だった。
――さて、どう書けばいいものか。
世の中への不満を書けばいいのか、それとも今度の中間テストへの
いろいろと考えた後、私は携帯のボタンをプッシュした。
『世界史のテスト範囲マヂで広すぎっ! 野口のやろう自分の子供が勉強好きだからてみんなそうだと思うなよ!!』
とそんな風に書いてやった。
正直世界史のテストにはうんざりしていた。
だからこれはうさ晴らしのついでだった。
決定を押して、最後に確認の画面を進めると、地獄草に魂葉が吹き込まれていくアニメーションが流れた。具体的に言えば地獄草の鉢植えにジョウロで水をあげている映像なのだが。
ひとおとりおえて私は一息つきながらベッドの上に横になった。
なんだかスッキリした感じだ
どうしようか。もう一度魂葉を吹き込んでみようか。今度は何を地獄草に吐き出そう?
そう思ってまた携帯を開いた。
マイページに映る地獄草の鉢植えはまだ発芽すらしていない。
――もっとあげたほうがいいよね?
応えるよりも先に指先は動いていた。
その日から私は地獄草にのめり込むようになった。
毎日、毎日、つまらない事があればその度携帯を開き、まるで地獄草に相談するかの如く魂葉を吐き出していた。
魂葉は地獄草の為に
地獄草のサービスに、自分の地獄草と相手の地獄草を交換するというものがあり、ユミからも交換のお誘いが来たが、私は乗らなかった。
自分で育てた地獄草に変な愛着が湧いてしまっていたのだ。
今や私の地獄草は大量の本葉が茂り、一種のムラサキキャベツのような色をたたえていた。
ある時地獄草にこんな魂葉をかけたことがある。
『冴島と安浦の2人、バカップルすぎ! あんなにイチャイチャしてウザすぎだっての! 早く別れちゃえ』
これはただ端に、私が想いを寄せていた冴島という一つ上の先輩が安浦という同級生の女子と付き合っている事に腹を立てた私のセリフであったのだが、この魂葉をかけた数日後、冴島と安浦は突然別れる事になった。
しかもそれが起きる前の日の魂葉で私は、『安浦死んじゃえ』とかけていた。
その一週間後、安浦は駅のホームで誤って線路上に飛び出して事故死した。
ある時には『不況すぎて困るんだけど~! うちのバカ親もっとこずかいアップしろよ!!』と魂葉をかけた翌日、母親から何の理由もなしに一万円を渡された。
このように、地獄草に語ったことが現実になるものだから、私は地獄草恐ろしくなって、ついには魂葉をかけるのを止めてしまった。
しかしサイトの会員登録はまだ残しておいたままだった。
何故かそこまでの気が回らなかったのだ。
地獄草の成長が止まったままの日々が続いたある日、ユミから一通のメールが届いた。
地獄草 テルヤマト @teruyamato
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます