最終話 2人の妖狐の婚礼

 あれから1ヶ月。この間にも、凄く色々な事がありました。


 京都の街で暴れていた選定者達は、結局日本中にも出現していて、主要都市部等は結構なダメージを受けたらしいです。線路は潰されたり、道路も壊されたりね。


 それでこの1ヶ月、日本全国による妖怪の皆が、その修復作業にあたっていました。

 だから、妖怪の存在はもう、人間の皆に知れ渡っちゃいました。


 最初は割と動揺が見られたけれど、妖怪達が街の修復をしているのを見て、人間の人達も徐々に受け入れ始めて来ました。まだ、わだかまりはあるけどね……。


 それで僕は、無理やり妖怪の代表にされてしまって、アイドル活動をしながら、全国各地に妖怪の事を教えて回っていました。

 雪ちゃんが手回しをしていて、人間のプロデューサーを付けていたもんだから、僕はテレビなんかにも引っ張りだこでしたよ。もう勘弁して欲しいですけどね……。


 だけど、これも妖怪の事を知って貰う為なんだから、嫌だとか恥ずかしいとか、そんな事を言っていられないです。

 僕は頑張りましたよ。ポスターなんかも作られちゃってさ……しかもそれが、里子ちゃんと雪ちゃんの部屋にいっぱい飾ってあります。この2人は……もうしょうがないです。


 それでようやく、少しだけ落ち着いてきたので、僕はある事をする為に、おじいちゃんの家にあるお母さん達の部屋で、本気のお化粧をしています。


「ほら、椿。動かないの」


「う~なんだか顔に張り付いている感じがして、気持ち悪いです」


「我慢しなさい。人生に1度きりの結婚式なのよ。綺麗に飾らないと駄目でしょう」


 そう。今日僕は、白狐さんと黒狐さんのお嫁さんになります。だから白無垢しろむくを着て、こんなにもしっかりとしたお化粧をしているのです。


 あぁ、そうそう。結局、2人と結婚する事になりましたよ……なんでこうなったのでしょう?


 それで、もう一人の花嫁の妲己さんはと言うとーー


「あら、似合っているじゃない椿」


 とっくに白無垢姿です。お化粧はまだですけどね。でもね、その格好で腕を組んで柱にもたれかかっているのは、ちょっとどうかと思いますよ。式の最中、お淑やかに出来るのかな? この妖狐さん……。


 とにか僕は、白狐さん黒狐さんと結婚するんだけれど、妲己さんも2人と結婚するんです。

 つまりこれは、ダブルデートならぬ、ダブル結婚ーーって、なんだか違う! それで良いんですか?! 妖怪って!!


「む~」


「だから椿、動かないの」


「う~」


 そのせいで、さっきから僕はずっと唸っています。


「もう。まだ納得いかないの? 椿」


「そりゃあ……」


 だって、白狐さん黒狐さんも乗り気だったし、凄く幸せそうな顔をしてたから、だから……僕が折れたんです。


「全く……あなた小さい頃は、男の妖怪の人達全員と結婚するって、そう言っていたのにねぇ」


「あ、あれは忘れて下さい!!」


 あんなお転婆な時の僕を引き合いに出さないで下さいよ! あれから色々あって、あんな事をしていた自分が恥ずかしいんだから。


「それと椿、私達との間に敬語は無しよ」


「うっ……すいません」


「ほら、また」


「う~」


 僕はどうしても、お母さんお父さんと話す時、ちょっとだけ敬語になっちゃいます。

 空いてしまった親子の時間を埋めるには、まだまだかかりそうです。


「くっ。椿の白無垢衣装……この目で拝める日が来るとは!! さぁ! あとは俺を、感謝の言葉で泣かしてくれ!」


「とっくに泣いているじゃないですか」


「うぉぉぅ……辛辣な言葉で泣きそうだ……」


 ただお父さんに関しては、そんなのを感じさせないくらい接して来るので、ちょっとだけ邪魔になってきたような……。

 白狐さん黒狐さんといる時も、お父さんがどこからかやって来て、邪魔して来るんだもん!


 そういうのが父親なのかなぁ……?


 そしてしばらくして、僕のお化粧も終わり、妲己さんのお化粧も終わると、2人で一緒に玄関に向かいます。


「ほほ。馬子にも衣装とはこの事じゃな」


 すると、そんな僕達を見て、庭で美瑠ちゃんや菜々子ちゃんの相手をしていた、九尾の玉藻の前さんがやって来て、妲己さんに向かってそう言ってきます。


 なんだかんだで、玉藻さんも結局この家に住み着いちゃいましたよ。


「あら。椿、言われてるわよ」


「妲己さんですよ」


 完全に妲己さんに顔が向いているでしょう? 現実逃避しないで下さい。


「はぁ……やっぱりね。玉藻……あんた、喧嘩売ってるの?」


「褒めとるんじゃ」


「褒めている様に見えないわよ!」


「とりあえず止めて下さい。折角のお化粧が落ちますよ、妲己さん」


「ひゃぅ!!」


 なんだか本当に喧嘩しそうな勢いだったので、影の操で妲己さんの尻尾を掴んでおきます。


 白狐さんと黒狐さんの能力はまだ残っていて、前みたいにこうやって妖術は使えるんです。神術の方は、もう使えないけどね。それと、もう一つの小さな力の方も、全く分からないままです。

 それでも良いんだ。こうやって、また楽しい日々を過ごせるのなら、僕はこれで良いんだ。


「ちょっと椿、引っ張らないで! やっぱりあんた、半年でえらく変わったわね!」


「そりゃあね。酒呑童子さんに鍛えられましたから」


 そうそう。その酒呑童子さんと言えば、実はあれから家には戻って来ていません。

 いったい何をしているのかも分からないけれど、傷心旅行ーーじゃない、傷を癒やす為に、お酒のつまみを探し回っているんじゃないでしょうか?


 だから僕は、酒呑童子さんを信じて、帰りを待っておきますよ。


「むっ。準備が出来たか、椿よ」


 そして、僕達が玄関から出ると、その前には屋根の付いた駕籠かごが置いてありました。その近くには、おじいちゃんと皆も揃っています。


 あんまりジロジロ見ないで欲しいんだけどなぁ……。


「うむ。綺麗じゃぞ、椿よ」


 真っ先におじいちゃんが褒めてきちゃった。その後に、皆も僕の姿を綺麗だと褒めて来るけれど、妲己さんが睨んでいるので、そっちも褒めて上げて下さいね。


「椿ちゃん。宴会のお料理、期待しててね! 全力で作るから!」


「ありがとう、里子ちゃん。でも、無理しないで下さいね」


 わら子ちゃんも、まるで自分の事みたいに嬉しそうだし、美亜ちゃんも笑顔になっちゃっています。

 美亜ちゃんは、あれから僕に対しての態度がガラッと変わっちゃって、反応に困っちゃう時があるんです。任務なんて、いつも美亜ちゃんと一緒に行ってるからね。正確には、連れて行かれているんだけど……。


「あの4人は……やっぱり、修行で来られなかったですか……」


 そして僕は、ここにはいないあの4人を思い浮かべて、ため息をつきました。

 そう。龍花さんと虎羽さん、朱雀さんと玄葉さんは、それぞれの四神達に連れられて、修行の旅に出てしまったのです。


 僕とわら子ちゃんを守るんだって、必死になって拒否していたけれど、そのまま引きずられて行っちゃいました。

 今は何しているのかな? 一応お知らせは出したけれど、四神達が許さなかったのかな? 厳しいですね。


「何やってんのよ、椿。乗りなさい」


「あっ、ごめん」


 ちょっと物思いにふけちゃって、声をかけられた僕は、慌てて妲己さんの後に続き、その駕籠に乗ろうとしたけれど、ちょっと待って……僕達を駕籠に乗せて運ぼうとしている妖怪が、顔が達磨で、体が筋肉ムキムキの人間なんですけど? 何これ。


「よし。では頼んだぞ、筋肉達磨きんにくだるまよ」


「うっす!」


「すいません、チェンジで」


「なぜじゃ?!」


 筋肉はもう良いです……。


 ーー ーー ーー


 それから、晴れているのにシトシトと雨が降る中、何時間か駕籠に揺られ、僕達は伏見稲荷にやって来ました。

 僕達の駕籠を運んでくれた妖怪達は、他のお稲荷さん達にして貰いました。もちろん他の皆も、別の乗り物で僕達の後に続いているけどね。


「おっ、来たか。妲己、椿よ」


「おぉ。これは、なんとも美しい……」


 そして、その伏見稲荷大社の前では、白狐さんと黒狐さんが待っていました。もちろん2人とも、きっちりと着物で正装していますよ。


「お、お待たせ。白狐さん黒狐さん」


「ふふ、どう? 世界一綺麗な2人のお嫁さんは」


「妲己さん……」


 何でそんなに自信満々なのかなぁ? だけど白狐さんと黒狐さんが、今までで1番の笑顔を見せている所を見ると、本当にそうなのかもって、そう思っちゃいます。

 2人と目、合わせられないけどね。僕、絶対に顔が真っ赤になっているってば……。


「さっ。行くぞ、2人とも」


「俺達に付いてこい。天狐様の元に向かう」


 そう言うと2人とも、僕達に向かって手を差し出して来ました。それを僕は、妲己さんと目を合わせてから、それぞれ手を取ります。


 僕は白狐さん、妲己さんは黒狐さんの手をね。


 あっ、それと。天狐様の元に向かう為に、このまま山を登ったりはしませんよ。

 天狐様も力が戻ったから、空間と空間を繋ぐほどにまでなっています。つまり、目の前の歪んだ空間に入れば、直ぐに天狐様の社に飛べます。流石は、最強の妖狐さんですね。


 これまでいっぱい色んな事があったけれど、それでも僕は、こうなって良かったかなと、そう思い始めています。

 まだ完全に納得は出来ないけれど、妲己さんなら別に良いです。僕の中にずっと居てくれて、僕を支えてくれた、大切な妖狐さんですからね。


 そして僕は、白狐さんの手を握り締め、2人の顔をしっかりと見ながらこう言います。


「ふつつか者ですが、宜しくお願いします」


「うむ」


「幸せにしてやるぞ、椿」


 そう2人に言われた僕は、顔が熱くなってしまって、また目を逸らしちゃいました。ストレートに返さないでよ、もう……。


 でも、大好きだよ。白狐さん黒狐さん。


 いつまでも、一緒に居ようね。

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