第拾参話 【2】 ただいま
それから僕は、地面の固い感触を背中に感じて、目を覚ましました。
寝ている所が固いと、おちおち寝ていられません。というか結局、僕は最後の最後まで、八坂さんの手のひらの上で踊らされてしまいました。だから納得いかないし、モヤモヤしちゃっています。
それでも、もう終わった事。戻れた事を喜ぼう。
それよりも、八坂さんが最後に言っていた事が気になります。
黒い太陽って、なに?
それと天照大神様も、その時が来るまでって言っていた。
という事は、僕の知らない事がまだまだ沢山あるって事? そしてまた、妖怪達の存亡に関わるような事が起きるって事?
そうだとしたら、僕はまだ消えるべきじゃないという事なんですね。
もっともっと人間達と良い関係を築いて、その時に備えろと言う事ですか。
だけど僕はもう、神妖の妖気を無くしてしまっていて、天照大神の力も感じません。稲荷神でもなんでもない、ただの妖狐になっちゃいました。
それでも、僕自身の妖気は存在しているし、白狐さん黒狐さんから貰った妖気もある。何も出来ない訳じゃない……かな?
そうやって自分の状態を確認していると、僕の奥底にまだ何か、変な力の欠片の様なものがありそうなのを感じました。
それはとても小さくて、今までは天照大神様の力で隠れてしまっていて、気が付かなかったですね。悪いものじゃなさそうだし、まだ使える状態じゃないので、これはしばらく様子を見ましょう。
それと、なんで裸なんでしょうか?とにかく服、服が欲しいです。
それから、ここはどこ? なにかの柱の陰なんだけれどーーって、これって真っ赤な鳥居じゃないですか。という事は、ここは神社?
「椿……」
すると、そんな僕の耳に、聞き覚えのある声が聞こえてきました。この声は、白狐さんだ。
「あのバカ。絶対に戻るって言ったのに……そのまま消えちゃうなんて」
「うぅ……椿ちゃん~椿ちゃんのバカぁ!!」
その後に、美亜ちゃんと里子ちゃんの声も聞こえてきました。
それならここは……あっ、重軽石の置いてある社。しかも、空が真っ赤じゃない。という事はここは、人間界の伏見稲荷大社?
確か皆は、京都駅辺りの所まで戦いに行っていたから、その後わざわざここまで来たのですか。もしかしたら、僕が戻って来るかも知れないと思って。
皆、そんなに僕を心配して……。
だけどもうちょっとだけ、鳥居の陰から様子を見ておこうかな?
皆がどれだけ、僕の事を心配してくれるのか、ちょっと見たくなっちゃったよ。
「うぅ……私がもっと強力なお守りを作れていれば……」
「座敷様、あなたは十分力を尽くしました。ただ、それに応えなかった椿様が悪いんです」
皆神妙な面持ちをしていて、凄く重い空気が流れています。
そんな中、泣きながら自分を責めているわら子ちゃんに、龍花さんがそう言っています。
龍花さん、厳しいですよそれ……。
「こんな事になるなら、あの時みたいに……」
「落ち着け。椿はちゃんとやってのけたんだ。自慢の娘として、胸を張らないとな」
「自慢? こんな事で自慢なんて出来ないわよ! 傍に居てないと、自慢も出来ないでしょう!」
「あぁ……それもそうか」
そして僕のお父さんとお母さんも、重い口調でそう言っています。
う~ん……流石に、そろそろ出て行った方が良いのかな? 早く皆の元に行きたいけれど、白狐さんと黒狐さんの様子も見たいです。
泣いてる? 泣いてくれているのかな? 後ろからだと良く見えないや。
「白狐、黒狐。あんた達、良く泣かないでいられるわね」
すると、丁度妲己さんが白狐さん達の前に行き、顔を覗き込みながらそう言いました。
えっ? 泣いていない? そんな……2人とも、別に悲しくなんかないんだ。ちょっとショックです。
だけどその後、妲己さんの言葉に反応するようにして、2人がこう返しました。
「椿と約束したからな。ちゃんと戻ると。だから我等は、いつまでもここで待っておく」
「そうだな。あいつが帰って来るまで、ここ伏見稲荷で待つさ」
白狐さん、黒狐さん……僕の方が泣いちゃいそうなんですけど。
戻るって言った僕を信じてくれているから、泣かないのですね。そんなの、嬉しくて胸が張り裂けそうになっちゃいますよ。
今すぐにでも、僕は無事だって伝えたい。でも、服が……裸は流石にマズいですよ。
「んっ? あっ、わっ……! 虫が」
とにかく、何か体を隠すような物がないか、もう一度辺りを確認していたら、僕の鼻に羽虫さんが……まずい、くしゃみが出そう。だけど、裸で皆の前には出たくないです。我慢をーー
「は……はくちっ!!」
ーーする前に出ちゃいました。
するとその瞬間、皆の視線が一斉にこっちを向き、僕の隠れている鳥居の所に集まりました。
あっ、尻尾見えてる? 見えちゃってる?
「その尻尾、椿……か?」
あ~見えちゃっていました。白狐さんが恐る恐る確認してきていますよ。
もうこれはしょうが無いです。ただ、体は見えないようにしないと。
「えっと……た、ただいま」
そして僕は、ゆっくりと顔だけを鳥居の陰から出して、皆に向かってそう言います。
だけどその瞬間、皆がもの凄いスピードで、こっちに駆け出していました。
逃げないと! 僕裸なんだってば! このままじゃ、裸のままで胴上げされちゃう! でも、裸だから逃げられない!
「「「「「椿~!!!!」」」」
「わぁぁああ!! ちょっとストップ、皆スト~ップ! 僕、服を着ていないんです!」
そんな事を考えている内に、皆僕の元にやって来てしまって、もうとっくに飛び付いて来ていました。僕の今の容姿なんてお構いなしですね!
「椿ちゃ~ん、よ、良かった~!」
「びぇぇ~ん! 姉さ~ん!」
里子ちゃんに楓ちゃんはワンワン泣いてるし、雪ちゃんも僕に抱きついて離れないよ。そしてびっくりしたのは。
「椿……このバカ。心配かけさせるんじゃないわよ」
美亜ちゃんまで泣いてる?! 嘘……あの美亜ちゃんが、僕の事を想ってそんなに……。
わら子ちゃんは当然ずっと泣いているし、ヤコちゃんとコンちゃんまで僕に抱きついて泣いています。
この様子だと、皆には自己紹介しているはずですね。それから……。
「椿、良かった……お帰りなさい」
「本当にヒヤヒヤしたぞ。何回心臓が止まると思ったか。もう少し、皆を不安にさせないような戦いを心がけないとな」
僕のお母さんとお父さんも、微笑みながらそう言ってきます。流石に泣いてはいないけれど、目がちょっと潤んでいますよ。
そして皆に抱き締められて、身動きが取れなくなった僕の元に、白狐さんと黒狐さんが最後にやって来ます。
それとその後ろには、天狐様と妲己さん玉藻さん。そして、あの四神達もいました。だけど、あの神様達はとっくに帰っていて、その姿がなかったです。一言お礼が言いたかったのに。
とにかく、この2人にもしっかりと言わないと。ただいまって。
「ただいま。白狐さん黒狐さん」
「あぁ、良く戻った椿」
「本当に、良く無事に……」
すると、僕を抱き締めている皆に混じって、白狐さん黒狐さんまで抱きついてきました。
「ちょっと……だから僕、服が!」
尻尾で重要な所は隠しているけれど、それでも恥ずかしいんだってば!!
だけどその後、僕の頬に当たったもので、そんなものは吹き飛びました。
「白狐さん……? 黒狐さん……?」
僕の頬に当たったのは、2人の涙でした。泣いてる? 白狐さんと黒狐さんが、泣いてる。
「本当に、どれだけ心配したと思うとるんじゃ。何回も何回も危うい目にあって……」
「椿。お前はもう、皆の一部なんだ。お前が辛い思いをしたり、体が傷ついたりしたら、俺達だって同じように辛い思いをするんだ」
そう言って、強く強く抱き締めて来る2人の腕は、他の皆とは比べ物にならないほどに、優しかったです。尚更言わないと、あの事を……。
「白狐さん黒狐さん……僕、力を使い果たしちゃって、もう神妖の妖気は無くなっちゃったんです。普通の妖狐になっちゃったんです。立派なお稲荷さんにはなれないかも知れない……それでも、お嫁に貰ってくれますか?」
「当然じゃ」
「当たり前だ」
迷い無く即答されました。そうだよね、この2人はそうだよね。
あれ? でもちょっと待って下さい……僕、今どっちに言ったっけ? あっ、2人に……。
「へぇ~椿、あんた良い度胸してるじゃない。結局2人のお嫁さんになるのね、ふ~ん」
すると、僕の言葉を聞いた妲己さんが、殺気を放ちながら僕に近付いて来ます。
「いや……その、あの……ちょっと感情的になっちゃって……ご、ごめんなさい!」
「まぁ、別に良いわよ。それならさ、私も2人と結婚していいかしら?」
「はい?!」
何を言い出すんですか?! 妲己さんは!!
「おぉ、それは良いな。それなら万事解決じゃな!」
「ちょっと! 白狐さん!!」
同意しないで下さいよ! あ~もう、なんでこうなっちゃうの!!
「ほほほほ。面白い場所じゃのぉ~」
「全く……騒々しい奴等だ。だが、玉藻……お前がやった事も許されんぞ?」
「あら怖い。だけどあの時、高天原で私がアレをしなければ、神々と一緒に妖怪も滅んどったぞ?」
「それで免罪になっているだけだ。良いな? 以後行動には気を付けろ」
「ほほ、了解じゃ。さて、私も混ざって来るかの」
玉藻さんと天狐様が、真剣な表情で何かを話をしていたと思ったら、玉藻さんの方がこっちに走ってきました! 玉藻さん、あなたとは知り合ったばかりでしょう!
「さて。我々も、まだまだ弟子が不出来なようだからな。また、ここ京都に住まわせて貰おうか。龍花、覚悟しておけよ」
「はっ……! 分かりました」
その後、四神の1体である青竜さんがそう言うと、他の四神達も、それぞれの弟子の元に向かっています。
そして龍花さん達は、膝を折って頭を下げているけれど、良く見たら体が震えているような……龍花さん、虎羽さん、朱雀さん、玄葉さん。ご愁傷様です。
「さて、椿よ。帰ったら挙式じゃな」
「あ、あの……その前に、そろそろ服を……」
だけど、そんな僕なんかは無視して、白狐さんがお姫様抱っこをして来ました。皆はまだ、僕を抱き締めたかったみたいだけれど、白狐さんに譲っています。
でも、皆さっきまでの暗い表情なんか無くて、明るい笑顔になっていました。だから僕も、嬉しいです。皆の元に帰れて。
また皆と馬鹿やって騒いで、里子ちゃんの美味しいご飯を食べて、悪い妖怪退治の任務にあたる、あの充実した日々に帰れるんです。
天照大神様が言ったその時まで、しっかりと楽しんでおきますね。
そして、沈んでいく太陽を見ながら、僕は皆と一緒に帰っていきます。あの家に。
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