第拾参話 【1】 天岩戸

「んっ……えっ? ここは……?」


 意識が無くなっていた僕は、何処かに着地したような感覚に陥って、一気に意識が戻りました。


 そこは、僕が過去の映像を見たり、謎のお面を被った子供達と会っていた、あの真っ白な空間でした。

 だけど、なんだか雰囲気が違います。こんな大きな岩なんてあったっけ?


 しかも、その岩の真ん中には、縦に筋が入るようにして亀裂が入り、それが奥まで続いていました。更に、その上にはしめ縄まで。


「僕、これ知っているような……」


 すると僕の後ろから、いきなり声が聞こえてきます。


「それは、天岩戸あまのいわとだよ」


「うひゃっ?!」


 さっきまで命を賭けた勝負をしていたから、まだ体が警戒態勢を取っていましたよ。急に声をかけられてビックリして、尻尾の毛から耳先まで全部総立ちです。


 だけどこの声は、良く聞いた声でした。


「君達か……」


 狐のお面を被り、真っ白な薄手の襦袢じゅばんを着ている、あの子供達です。この子達も、天照大神の分魂……そして、僕の中にずっと居た子達です。


 それだけ、僕の方が使命を真っ当出来そうだと、そう認識されたのかも知れないです。

 僕が妖狐として産まれる前に、既にこの子達は僕の中にいた。つまり僕も、この子達と同じ格好をしていた時があって、使命を達成するその時を、ずっとずっと待っていたんです。


「その顔、ちゃんと僕達の事も思い出したようだね」


「はい……そして君達との別れ際に、あの扇子を……」


 僕はそう言いながら、その子達の元に近付いて行きます。


 僕が、神休めの舞いを舞う時に使う扇子。あれを使う時にだけ、この子達が出て来ていたのは、僕の中にいるこの子達の力と、その扇子とが繋がっていたからなんです。


「そして君は無事、天照大神様の精神と融合し、見事ここまで来られた。あとはーー」


「僕のこの力を、その天岩戸にいらっしゃる、天照大神様の魂に返せば、その体も復活する」


 だけど、全ての力を渡したら僕は……。


「ここは、高天原の最果て。景色も何もない、天照大神様が休む、唯一の空間。だから、使命を終えた君も、ここで休むんだよ」


「…………」


 だけど、僕はまだ休みたくない。皆の元に帰りたい。いったい、ここからどうすれば……。


 ただ気が付くと、僕の姿はいつもの妖狐の姿になっていました。

 それでも、あの天岩戸の前に行き、また白金色の姿になって、全ての力をあそこに向かって放出すればいいはず。そうしたら、天照大神様は完全に復活して、また高天原に神々が蘇る事になります。


 そうすれば今の世の中も、少しは良くなるかも知れません。

 そう。皆の為を思えば、全ての人の幸せな未来を作れるのなら……。


 だけどその為に、僕は自分の幸せを捨てないと駄目なの?


「どうしたの?」


 すると、狐のお面を被った子供達の中で、ある1人の男の子が、僕の様子に気付いてそう言ってきました。


「そっか……やっぱり君は、一時でも人間だったから、少し人間味が強いようね。そこは、少し失敗だったかな?」


「いや、しょうがないよ。あの時は、アレしか方法がなかった。あのまま暴走し、更には華陽にその力を取られていたら……今、この時は来なかったんだよ」


 その男の子の後に、別の女の子が話して来たけれど、またその後に別の男の子が返してきます。

 皆同じ狐のお面を被っているからややこしいですよ。顔を見せて欲しいけれど、確か全員同じ顔だったような……。


「さぁ、これは凄い事なんだよ。覚悟を決めたんだろう? 行こう」


 覚悟? 僕が覚悟したのは、死ぬ覚悟なんかじゃないです。どんな事が起きても、たとえこの力を失い、ひ弱な妖狐になったとしても、皆の元に戻るんだという覚悟ですよ。


「僕はもう……妖狐椿は、消えてしまうんでしょう? それなら僕はーー」


「それでも、君は行かなければならない。このままだと、また第二第三の天津甕星が出て来るよ。そうしたらもう、今度は誰も救えないよ? 今、天照大神様を復活させるしかないんだ。それに君はもう、選定陣を起動する時に、その体を失ったんだよ?」


 そうでしたね。僕の体はもう、選定陣の器になってしまって、選定が終わると同時に消滅したはずです。


 だけど、それでも……。


「僕は、皆の元に帰ります」


 僕が決意した目で、目の前の子供達にそう言った瞬間、後ろから信じられない人の声が聞こえてきました。


「その言葉に、嘘偽りはないようだね。椿君」


「や、八坂さん?!」


 そう。そこには、スーツ姿で初老の男性の姿をした、八坂さんの姿がありました。

 その格好は、校長先生をしていた時の格好じゃないですか。今更なんで? というか、なんでここに?! 消滅したんじゃ……。


「私も天照大神の分魂だよ? 君が魂だけになった瞬間、その君の魂に引かれ、私も一緒に、この場所に来られたのさ。だだそれだけだ」


 そう言ってくる八坂さんは、校長先生をしていた時のような、あのあっけらかんとした態度をしています。しかも雰囲気も、その時に近いですね。

 天津甕星から離れたから? いや、昔の八坂さんもこんな感じではなかったし、もっと尖っていましたね。


 それならなんで、またそんな格好をして、その時と同じ様な雰囲気なんでしょうか?


「八坂。問題だらけの八阪……何をしに戻ったの?」


 だけど、なんで八坂さんが校長先生の時の格好をしていたのか、それはすぐに分かりました。

 八坂さんは、自分に話しかけてくる分魂の子供達に向かって行くと、そのまま頭を下げたのです。


「色々と迷惑な事をしてしまい、申し訳ありませんでした。つきましてはその罰として、この私がこの魂を使い、天照大神様に力をお渡しします」


 あっ、そうか……八坂さんもあの時、体が消滅したんだ。だから僕と同じように、今は魂だけになっているんだ。


 だけど、罰って……そんなので逃げないで下さい! あなたにはまだまだ、色々と苦しんで貰わないとダメなんです。

 こんなにもあっけなく、その存在を消滅させようなんて、そんなのは許さないです。


「八坂さん! あなたはあんな事をしたんですよ! その魂を差し出すだけじゃ足りませんよ!」


 だけど八坂さんは、僕の方を向かずに、そのまま話をしてきます。


「悪いけれど、これは私が決めた事であり、この分魂の子達も納得した事だよ。君の意見はもう、聞き入れられない。それに……君は君で、まだやることがあるんだ」


「えっ……? 何それ?」


 すると今度は、八坂さんの横から、狐のお面を被った子供達が、僕の方に向かって来ます。

 その様子が、少しおどけた雰囲気なんだけど……あれ? 嫌な予感がします……。


「ふふ。ごめんね、椿ちゃん。ちょっと君を試したかったんだ。八坂のこの言葉に、どう反応するかをね」


「君は、自分の命を蔑ろにしてでも、天照大神様を蘇らせようとするのか、それとも意地でもあの場所に帰ろうとするのか、それを見たかったんだ」


 どういう事? もう僕の頭は大混乱です。だって、八坂さんは今来た……今、来た? そういえば僕、八坂さんが現れた所を見てなーー


 あっ……!! ま、まさか……?! 本当は八坂さんの方が先に、この空間に来ていたとしたら?! 僕よりも先に、体が消滅していたんですよ? それはあり得る!


「や、八坂さん……まさか……」


 すると、僕の動揺に気付いたのか、八坂さんは懐から扇子を取り出すと、それを広げてきます。


 それも良く見た行為ですよ……ということは。


『大成功』


「八坂さ~ん!!!!」


 やっぱり、やられた!!


 集中してみたら、僕の体から神妖の妖気が感じられなかったです。天照大神の力も感じられない。

 そして逆に、八坂さんの方から凄い力を、天照大神の力と、僕の神妖の力を感じます。


 全て演技だったんだ!! 八坂さんが頭を下げたのも全部?! 僕がどんな反応をするのかを見る為ですか? 酷い!!


「君が漂って寝ている間に提案させて貰い、この子達の同意を得て、君の力を私に移して貰った。この空間では、どんな悪どい事も出来ないし、それこそこの子達に永久に封じられてしまうからね。私は、君のその答えが聞けただけで満足だよ」


 すると八坂さんは、ゆっくりと天岩戸に向かい、僕の中にあった力を、全てそこに流し込むようにしながら放ちます。


 因みに、僕は止めようとしたけれど、なぜか足が動きませんでした。というか、足が地面にめり込ーーいや、すり抜けてる!!

 さっきまではめり込んでいただけなのに、今度はすり抜けているし、僕の体も光ってる!


「八坂さん……!! 勝手な事を……」


 そして僕は、あまりの出来事についそう言っちゃったけれど、八坂さんはもう、その体が透けていき、徐々に消えていっています。


 こんなので、こんな形で罪滅ぼしにしようなんて……そんなの、僕は納得出来ません!

 全部勝手に決められて、僕がどれだけ怒っているのか、分かっているんでしょうか。


「椿君、君は言ったよね。過去を悔やむより、糧にしろ。私は私なりに、過去を糧にしてみたのだがね」


「それが、この結果? ふざけないで下さい!」


「ふふ、そうかもしれないね。そうそう……天照大神様が復活すれば、今回の功績で、君は妖狐に戻れる。あの日常に、戻れるんだよ」


 それが、あなたの罪滅ぼしとでも言うのですか? それを僕が納得するとでも?


 だけど八坂さんは、僕の顔を見ると、最後に一言こう言いました。


「黒い太陽を止めろ」


「へっ? なに? それはどう言う事?」


 だけど八坂さんは、そのままフッと消えてしまいました。


 それと同時に天岩戸が開き、中から眩しい程の光が放たれます。

 そのあまりの眩しさに、僕は咄嗟に目をつぶります。それから、優しい声が聞こえて来ました。


「さぁ、椿。またあの日常に、いつもの生活に戻りなさい。その時が、来るまで……」


「ばいばい、椿。またね」


 そしてレイちゃんの……天照大神様の声と、あの狐のお面を被った子供達の声が聞こえたと思ったら、僕はまた、意識が遠のいていきました。

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