第拾弐話 【2】 過去を糧に未来へ
天津甕星の体からは、邪念や怨念が消えていっています。
本当にこんな神様達が居るんだって思ったら、希望を持たない訳ないですよね。
そして僕は、粉々になった御剱の破片を浮かして、それを自分の手に集めていきます。
ついでに天津甕星の体にも、その破片を付けておきました。だから、また1つになろうとするその欠片は、相手の体を引っ張ってきます。僕に向かってね。
「ぬぉ……?! くっ! あの刀剣か!? まだそんな力を……!」
「稲荷大社の社から生み出されたこの刀剣を、舐めないで下さい!」
それでも、また元の刀剣にするには、再度打ち直さないといけないから、今は刀剣には戻せません。だけど、1つに固めてこんな事は出来ますよ。
「纏え、御剱!」
「くっ……おのれぇ!!」
そのまま僕は、火車輪を取り付けている右腕に、集まった御剱の欠片を纏わせます。そしてその後に、いつも通り火車輪を展開させて、集めた御剱の欠片を広げていきます。
それは、大きな天使の輪っかみたいになって、展開させた火車輪を、更に囲うようにしています。それから、その一部が後ろに伸びていき、何枚もの天使の羽の様になっていきます。
「このーー!!」
その後、天津甕星に付いている最後の一欠片が、同じ場所に向かおうとしている途中で、僕は火車輪にも妖気を流し込み、炎の輪っかにします。
「邪魔を、するな! 余の邪魔をするなぁ!!」
「邪魔しますよ。だってあなたは、過去そのものなんだから! あなたの方が、未来を生きようとする人達の、邪魔なんです!」
「過去を、忘れると言うのか。捨てると言うのか! それは結局ーー」
「違います! 過去を忘れるんじゃない! 過去を悔やんで、未来への道が閉ざされるくらいなら、悔やむんじゃなくて、未来への糧にして、先に進めば良いだけでしょう! そこから進まなければ、いつまで経っても地獄なんですからね!」
だけど、僕のそんな叫びに、天津甕星はまだ言い返してきます。
「悪しき人は……醜き妖怪は……地獄で生きよ! 凄惨な事をしておきながら、今更先の希望を夢見るか!」
もうあなたの言葉は、ただの暴論でしかないですよ。だって……。
「生きている者は皆、明日を夢見ます。明るい明日をね。それを邪魔する権利なんて、誰にも無いんですよ。だけど、お前が邪魔しようとするのなら、もう消えて下さいってだけです!」
「ぬぅぁああああ!!
すると天津甕星は、剣にした腕に、残った邪念や怨念を流し込み、更に巨大にしていきます。
この場所もろとも崩壊してきそうな勢いだけど、これさえ押し返せれば、もしかしたら……。
「はぁぁああ!!
僕はいつものように、火車輪の炎を逆噴射させて、勢いを付けるけれど、この攻撃には、御剱の力も加わっています。
大きな羽みたいにして、後ろに広がっている御剱の欠片は、その一つ一つが力強く輝いていて、火車輪の炎と合わせると、まるで太陽の光のように感じます。
更に、火車輪の逆噴射させた炎が、その御剱の欠片を包むようにして伸びていき、僕の腕に力を与えてきます。
そして、僕はその拳で、相手の剣の攻撃を受け止めます。
「ぐぅっ!! ぅぅうううう!!」
「バカめ! 素手で剣を受け止めるなど、無謀にもほどがーー」
そうですね。拳で剣を受け止めるなんて、普通は考えないです。それでも、なんとなく僕は、これで勝てると思ったのです。
手が斬られて痛いけれど、真っ二つにはされていない。
押せる……このまま押せ返せる!
「ふぅぅ……ぅぅうう!!!!」
「くっ……!! ぐぅ……バ、バカな。何故押し込めぬ!」
ちょっとずつ、ちょっとずつ。それに合わせて相手の腕が震え、足がちょっとずつ後ろに下がって行っています。
これはもう、僕が押している。だけど、油断はしません。ここから止まっちゃったからね。
「くっ……うぅ!!」
「くくくく……そうまでして頑張るか。しかしなぁ、過去の怨念はーー」
「だから、そう言うのはもう良いです! 僕だって、うんざりするほど過去を悔やみましたよ! それでも前に進んだから、こうやって希望が見えたんです!」
それなのに、また過去だ過去だって……いい加減、僕だって頭にきてしまいそうになります。
「だから僕は、過去を引きずり出して来るお前を、ここで倒すんです!」
そして、一歩先を踏みしめて、天津甕星に叫ぶ。
「カナちゃんが死んだのも」
更に一歩。
「湯口先輩が死んだのも」
また一歩。
「もっと言うと、小さい頃の僕が、あそこであんな暴走をしなければ……!」
そしてまた一歩。僕は確実に、天津甕星を押していく。
「ぐっ……!! かっ、な、なんだ? これは……!?」
それと同時に、相手の力が徐々に弱くなっていきます。僕の力に、耐えられなくなっているんだ。
だから僕は、もっと叫ぶ。自分の過去は、間違ってなんかいなかったって、自信を持って言うんだ。
「でも、その過去があったから、僕は湯口先輩に、カナチャンに、そして皆に会えたんです! 僕の過去は無駄なんかじゃない! 未来への糧にして、燃料に変え、ここまでやって来たんです!」
「ぐぅぅぁあ!! 八坂、八坂ぁぁ!! 力を貸さぬか! 力を……天照大神の分魂である貴様も持っているはずの、あの力を! 余に!!」
すると天津甕星は、自分の中にいる八坂さんに向かって、そう叫びました。
だけど八坂さんは、禍々しくなってしまった自分の体で、ポツリとこう言いました。
「私の過去も、やり方次第では、糧に出来たのか?」
「八坂さん……」
あの兄妹の事ですね。確かに相当な事だったけれど、それでも……。
「それがあったから、八坂さんは力を付けたんでしょう? だけど、それを間違った方向に使っちゃったんです。もしそれで、同じような目に合っている子供達を助けようと動いていれば、きっと糧に出来たと思いますよ。今も戦地で、辛い目に合っている子供達に向けていたら……ね」
「…………」
すると、八坂さんはそのまま黙ってしまい、代わりにまた、天津甕星が叫び出します。
「八坂! 八坂ぁぁああ!! 貴様ぁ!! 言うことをーー」
「……あぁ、そんな力、私にはありませんよ、天津甕星様。私は反抗的で、人に対して何の想いも持っていなかった為に、天照大神様は、私にだけは力を渡さなかった。そして、他の分魂との連絡係としたんです」
その後、再度喋り出した八坂さんの声は、どこか暗くなっていました。
これは……なんだろう。今こんな事になってしまった事を、どこか悔やんでいる? 今更だと思うけれど、でもダメです。それは、天津甕星の力になっちゃう!
あれ? でも、相手の腕の力が極端に落ちているような……物凄い勢いで押し返せている。
「やさっーー」
「だけど、少しだけ……君に、未来を賭けてみようかな」
それを見た天津甕星が、続けて何か言おうとした直後に、八坂さんは僕に向かってそう言いました。
そして次の瞬間、天津甕星の体を覆っていた邪念や怨念が、一気にその体から抜けていったのです。
「八坂……!! まさか!! 余への信仰心を、負の信仰心を余から抜いたのかぁぁああ?!」
「天津甕星様。過去は……悔やむばかりではなく、それを糧にする事も出来るのなら、まだもう少しだけ、この世界に生きる者達に、賭けてみましょう」
そして、何もかもが元の八坂さんの姿に戻った瞬間、勢いが付いて止められなくなっていた僕の拳が、八坂さんの胸を貫きました。
「あっ……!!」
だって、全ての力を放出するなんて、思ってもいなかったんです。八坂さんが、天津甕星にその精神を抑えられていても、ここまで動けたなんて思わなかった。だから、止められなかったのです。
でも、八坂さんも八坂さんですよ。何で避けないの? 何で力を抜いちゃうの? 何やっているんですか!
「ぐぅっ……! ふぅ……悪いね、椿君。でもこれは、仕方の無い事なんだ。これから君が行う事の為にも、私はこうなっていないといけない。さぁ、急ぐんだ。君とお正月の神様、そして七福神達の力で、天津甕星は力を失った。今なら『神の選定陣』を起動できる」
「分かっています。その選定陣はもう、僕の中にあります」
あとは、僕のありったけの妖気と、天照大神様の力を、僕の中にある選定陣に流し込めば、完璧に起動させる事が出来ます。
僕の、この体を使ってね……。
これは、最初からそういう仕様だったんです。
そして僕は、自分の中にある大きな塊の様なものに、ありったけの力を流していきます。
すると、それは一気に膨れあがっていき、そして僕の体の隅々にまで浸透していきます。冷えた体で温泉に入ったみたいで、じんわりと温かな力が広がっていきます。
すると僕の腕に、呪文のようなものや紋章のようなものが細かく刻まれ、それが全身に広がっていき、足下にはややこしい模様の入った陣も出現して、それが強く光り輝いていきます。
問題なく『神の選定陣』が起動しました。
それと同時に、八坂さんの体は徐々に霧散していきます。何故か、満足そうな顔をしながら。
ちょっと卑怯ですよ、八坂さん。
だけど、僕だって卑怯かもしれないですね。だって結局、皆との約束、守れそうにないから……。
そして、八坂さんと同じような顔をして、皆とお別れをしないといけないんだから。
だけど、良いんです……僕はこの街が、この京都が大好きなんです。
皆のいる京都が、妖怪が沢山住む、この古の都が大好きなんです。
「皆……ありがとう。神の選定陣ーーーー起動」
そう言うと、僕の足下の陣は一気に広がっていき、妖界と人間界にも出現して、更に大きくなっていきます。
その後、僕はたった1つの事を思い浮かべます。ただそれだけで、選定は終わるんです。簡単ですよ。
だから、こう思い浮かべるんです。
『人間と妖怪が滅びるか滅びないかは、その者達の今後の行い次第。まだ、時期尚早である』
そして僕の意識は、一気に遠のいていきました。
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