第拾弐話 【1】 福の神で負の気を吹き飛ばせ!

 御剱が壊れ、僕の戦力は大幅にダウンしたけれど、それでも僕の中には、色んな人達や妖怪達の、幸せを望む希望が満ちています。


 相手の攻撃を受けても、まだ立ち上がれます!


「くっ……まだです!」


「ほぉ、まだ立ち上がるか。貴様にはもう、主力となる武器は無いのだぞ?」


「主力? 何を見ているんですか? 僕には主力になる武器が、まだ沢山あるんですよ! 狐狼拳!!」


 そして僕は、右腕に付けている火車輪を展開して、白金色の炎を纏って逆噴射させ、威力を付けた拳で相手を殴るけれど、全くビクともしません。

 おかしい……いくらなんでも、相手もそれなりにーーと思ったら、また相手の邪念や怨念が膨れあがっていました。どうなっているんですか?!


「くくっ、攻撃一つとっても注意するんだな。人々の不安や恐れ、そう言った負の感情は、邪念や怨念の良い栄養なのさ」


 そう言いながら天津甕星は、不敵な笑みを浮かべてきます。

 そうか。僕がさっき相手の攻撃を受けてしまい、御剱が壊れたから、皆不安になっちゃって、それが相手に力を与えちゃっているんだ。


 それでも、やるしかないんです。皆が不安にならないように、僕は意地でも倒れてなんかやりません。


「しかし、貴様も妙な事をする。何故わざわざ一対一で戦う? 貴様には分け身がーーあるだろう!」


 はい、その分け身が呆気なく吹き飛ばされました。試しに後ろから襲わせてみたけれど、ダメでした。


 分け身をして戦っても良かったけれど、こいつの強さの前では、この通り全く意味を成しません。だから出していなかったんですよ。


 それでも、今になってなんで出したのか。それは、分け身が吹き飛ばされても良かったんです。ある物を付けられさえすれば……。


星神爆壊砲せいしんばくかいほう


「くっ……白金の浄火槍じょうかそう!」


 それから天津甕星は、僕に向かって剣にしていない腕から、また星を飛ばして来るけれど、嫌な予感がした僕は、避けるんじゃなくて、白金色の炎を纏わせた、槍のような形にした尻尾で貫いてみます。

 すると、その星は衝撃で破裂して、大きな爆発を起こしました。硬質化していたとはいえ、尻尾が痛かったです。さっきまでのとは違っていたよ……。


「イタタ……もう、どれだけ力を込めたんですか……」


「尻尾もろとも吹き飛ばそうとしたのだがな」


「むぅ……僕のこの素敵な尻尾ごと吹き飛ばすなんて、やっぱり油断出来ませんね。タップリとお仕置きしないと……」


「むっ?」


「ふふふふ……タップリとお仕置きして、僕の言うことを素直に聞く、とっても良い子ちゃんにしてあげる」


「何を言い出す? 気でもおかしくなったか?」


 おかしくなったと思う? でも、これも僕の作戦です。


 皆が不安に思わないように、僕は苦しい顔や、あまり真剣な表情は取らないようにしています。

 いつもの僕で、いつもの雰囲気で、これを見ている皆に、何とかなるんじゃないかって、そう思わせるんだ。


 その為には、難敵と戦っているなんて、そんな雰囲気は出しません!


「ふっ。くっ、くくくく……なるほどな。しかし、余の攻撃が貴様を追い詰める程に、そのような考えなどーーんっ?」


「あっ、落としたね。はい、顔に墨~」


「……何故? いつの間に、余の手に羽子板が?」


 そっちが喋っている間に妖具生成で、羽子板と羽の付いた玉を出して、1枚天津甕星に渡したんです。強制的にね。つまり僕は、天津甕星に対して羽根つきをしたんです。


 こんな時に何をって感じだけれど、まぁ見ていて下さい。


「ふふ、はい動かないでね~」


「ぐっ、ぬぅ! う、動けぬ!!」


 影のみさおで捕まえているからね。というか、暴れないで下さい。上手く墨を付けられません。


 ふざけている様にも見えるけれど、実はこれは立派な儀式だったりします。


 皆の不安な顔を見て、ある事が頭に浮かんだのです。あの時期のあの空気、あの雰囲気なら、皆不安にはならないんじゃないかってね。だから、存在するかは分からないけれど、あの神様達を呼べば良いんだ。

 皆の不安な気持ちも、強い恐れも、何もかもをも吹き飛ばす。究極の神様がいるはずです!


「さ~て、お次はっと~」


「待て。いったい何をふざけて……」


「あっ、顔に塗った墨は特殊性だからね。塗られた人は、塗った人の言う事を聞くんです」


「バ、バカな!」


「はい。というわけで、次はカルタ取りです~」


「そんな事をする訳が……」


「取らないと爆発するよ?」


 もう既に僕達の足下には、何枚ものカルタがありますからね。分け身の僕に読ませます。


「くそっ……!! 余の体が言う事を聞かぬ! こんな事が!」


「はいは~い! いっくよ~朝ぼらけ~」


「バカめ! 百人一首など、神社の防人である八坂の記憶がある余には、朝飯前よ! これだ!」


 なんだかんだやっているじゃないですか。でも残念。


「はい、お手つき~朝ぼらけで同じ出だしの歌がありますからね」


「なっ……ぬぉっ?!」


 そして、天津甕星が取った札が爆発します。


 もう分かると思うけれど、これはお正月の遊びですね。そしてこうやって、僕が遊びながら戦っているのを、今人間界で不安がっている人達に見せれば……。


「くっ……!! バカな。邪念や怨念の力が弱く……?」


 栄養源である負の感情が減るから、邪念も弱まって来るという事です。

 他にも、凧揚げとか色々やりたかっけれど……もう僕が呼びたかった神様がやって来ちゃいましたね。早すぎですよ。1年に1回だからって、この神様は気が早いですね。


「ほっほっ。なにやら面白い事をやっておるのぉ~」


「…………」


 顔が福笑いの顔だ……えっ? これが、あの神様? そのあまりの姿に、僕は絶句しちゃいました。

 だけど、他は神様を感じさせる服装をしているし、そんな雰囲気も出ていますね。


 そう。お正月というのはやっぱり、神様にとっても特別で、色々と大変なんです。

 だから、それを取り仕切る神様が存在していてもおかしくないはず。


 それが、お正月の神様です!


 お正月は、気分を一新させるには持って来いの日です。今はお正月じゃないけれど、こうやってお正月の遊びをして、その神様を呼んでみたんです。こんなに上手くいくとは、思わなかったですけどね。


 でも、ここは伏見稲荷大社なんです。色んな神様が集う場所でもあるから、お正月の神様も来やすいんでしょうね。


「なんじゃ? お正月ではないのかぁ~まぁ、良い。それになにやら、込み入っているようじゃのぉ」


「あっ、すみません。暗く沈んだこの神様の元に、沢山集まって来る邪念や怨念の気分を、一新させて上げたかったんです」


 そう言いながら、僕が天津甕星を指差すと、それを見たお正月の神様は顔を曇らせました。


「いかん。これはいかんのぉ……そんなどす黒い思いを持って、来年のお正月を迎えて欲しくはないのぉ……どれ、私が暗い気分、晴らしてやろう!」


 するとお正月の神様は、両腕を頭上に掲げ、そこから細い光の筋を発します。


「それ、やって来い。幸運の神達よ!」


 それから、お正月の神様がそう言うと、黒い邪念の気に覆われていた上空に、大きな穴が空き、そこから宝船が降りて来ました。


 ま、まさか……!


「「「「呼んだか~?」」」」


「わぁ!! 七福神?!」


 恵比寿に大黒天、毘沙門天に弁才天、福禄寿に寿老人、そして布袋。これ、全員いる!

 これだけの福の神がいたら、幸せをねたむ邪念なんか、全く効果をなさないですね。というか、天津甕星が苦しんでいる……。


「こ、こんなバカな……! こんな奴等……高天原で消えたのでは……!?」


「むっ? ワシらは宝船であちこち旅行しとるからの。高天原にはあまりいないぞ」


「なっ?!」


 恵比寿さんにそう言われた天津甕星は、驚愕の顔をしました。

 どうやら高天原での事件で、この神様達も消滅したと思っていたみたいですね。


 それと、七福神達が来てから、僕の方の力が溢れ出してきています。

 希望を信じる皆の思いが、今度は僕に力を与えてくれています。


 これなら、なんとかなります。幸せや希望を妬み、過去の出来事をいつまでも問い詰める。そんな亡霊達は、僕が全部浄化します。

 そりゃ、過去の過ちは忘れちゃいけないよ。だけど、それで未来を閉ざそうとするのは違います。


 そして僕は、辺りに散らばった御剱の欠片に、僕のありったけの力を流していきます。

 御剱はまだ、その形を失っただけで、使えなくなった訳ではないんですよ。


 そのまま僕は、体から徐々に邪念や怨念が消えていっている、天津甕星を睨みつけます。

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