第拾壱話 【1】 最終局面へ

 真っ暗な空間の中で、八坂さんの声だけが聞こえてきます。


「これが、私が経験した事です。更に人は、これを教訓に戦争を止めようとはせず、次々と戦争を起こしている。この広島よりも酷い現状が、今現在、地球上にありふれているんですよ?」


「そうですね。それは分かっています」


 確かに今でも、戦争をしている国は沢山あるし、自国の人達同士で争ったりしていますからね。

 宗教の違いでって言いますけど、極端に言うと、日本でその手の戦争が起きたとしたら、大阪と東京が喧嘩して、内乱を起こすようなものかな?


 これだから関西人は、これだから関東人は。そんな理由で戦争をしているのです……。


 もちろん政治的な事とか、他にも色々な要因があるけれど、それでも僕達からしてみれば、同じ人間、ましてや同じ国同士の人達なのに、なんで殺し合いをしているのか、理解に苦しむのです。


 だから妖怪の中には、人間に嫌気をさす者だっているし、人間を道具のように扱おうとする者だって出て来ますよ。


「さて……これだけ酷く醜い習性を持つ人間を、妖怪達を、どう考えれば助けようと思うのか、どう考えれば信じる事が出来るのか。君の答えを聞きたいね」


「…………」


 それから八坂さんは、僕にそう聞いてきました。

 だけど、どれだけ人間の醜い所を見せられても、それでもやっぱりーー僕は人を信じています。


「答え、ですか。そんなのは簡単です!!」


 そう言って僕は、右手にある御剱の感触を確かめると、それで思い切り前方を斬りつけました。

 すると、その切り口から光の筋が出来て、そのまま一気に広がっていき、目の前に広くなった一ノ峰の景色と、禍々しい天津甕星の姿が見えました。


 そしてその後、僕は空中に浮いている、鏡のような物に目を向けます。そこには、僕の信じていた光景が広がっていました。


 僕のいる場所の光景を見てなのか、一生懸命に戦う妖怪さん達を見てなのか、自衛隊の人達や、警察官の人達が、他の妖怪さん達と協力しながら、人々を選定者達から守っていました。そしてなんと、戦闘能力の無い妖怪達まで助けています。


「これを見たら誰だって、少しは信用しようって、そう思いませんか?」


「…………」


「今この時でも、裏でこそこそ動く人もいるでしょうね。でも、そんな人達ばかりを見ていたら、心が荒んじゃう。だけど、その人達を見捨てるのも違うよね。その人達にだって、過去にそうなってしまった理由がある。それなら僕は、どんな人達にでも、その過去に否定はせず、未来を間違った方へと行かないよう、修正してあげます。それが、本当の神様のやることじゃないかな?」


 そう言いながら僕は、ゆっくりと天津甕星に近付いて行きます。今喋ってきているのは、八坂さんですね。


「それが確実に出来れば、誰も苦労はーー」


「苦労をしてこそ、夢は叶えられるんです。そんな苦労から、あなたは逃げたんですよ」


「ぐっ……」


 僕の言葉に、八坂さんは言い返せないでいます。

 ということは、もう少しでーーと思った所で、八坂さんの……いや、天津甕星の雰囲気が変わります。


「もう良い。どれだけ綺麗ごとを言おうと、どれだけ今が良かろうと、人々はまた繰り返す。醜い事を、永遠に、永遠にと繰り返す」


「それなら僕は、何回でも修正してあげます! 醜い所じゃなく、人間達の綺麗な所が、もっと出やすいようにしてあげます!」


 だけど、もう僕の叫びに、天津甕星は一切動じません。分かってはいました。こいつは、倒さないといけない。


 こいつは、こいつらは……敗者の怨念の塊なんです。いわば、過去の亡霊なんです。

 だから、倒さないと。そうしないと、人間達にも妖怪達にも、未来はやって来ないんです!


 八坂さんはまた、天津甕星に体の優先権を取られ、中に引っ込んじゃいました。

 だけど、僕はもう遠慮なんかしません。迷うこともしません。


 だって、決めたから。前に進むだって。


「結局、貴様の心は折れなかった訳か。無駄だったな、八坂よ。まぁ、良い。それなら、力でねじ伏せるのみ!」


 すると天津甕星は、大きくて禍々しくなっている腕を思い切り振りかぶり、そして僕に向かって振り抜いてきます。

 それだけで地面は抉れ、周りにある石の鳥居や石の灯籠も、次々に破壊されて崩れていきます。


「御剱、天神神威斬てんじんかむいざん!」


 だけど僕は、御剱で前方を振り払い、天津甕星の出した衝撃波を切り裂き、ついでに同時に飛ばした真空の刃で、相手を攻撃します。


「甘いな、余はーーぐぉっ?!」


「さて、甘いのはどっちですか?」


「バカな……? 余が、斬られた?」


 僕が放った真空の刃は、見事に相手を切り裂き、天津甕星はそのまま、地面に膝を突きました。ようやくですね……。


「くそっ……負の怨念が、邪念がそうそう……なっーーこれは?!」


「うん。そうだよ、大丈夫。過去を悔やむのは良いけれど、悔やんでばかりいたら、もったいないよ。前に、先に、未来に希望を持てば、いつかきっと、その過去の苦しみから、解放されるかもしれないんだよ。だから、進もう」


「バ、バカな……怨念が、邪念が……彼奴あやつに向かって……」


 戦争の敗北者。恨みを持つ者。

 たとえそれが念だけでも、光をうらやまむ想いもある。そして光に包まれるのは、幸せに包まれる事と一緒なんです。


 戦争をしている人も、戦争の犠牲者も。


 人を殺した人も、殺された人も。


 犯罪を犯した人も、犯罪に巻き込まれた人も。


 不幸を嘆く人も、不幸に気付かず落ちていく人も。


 誰でも皆、光を、幸せを求めている。ただちょっとだけ、求め方がおかしい人がいるから、それを僕が正して上げます。


 だって僕はもう、稲荷神なんです。


「ぬぐぅぅ!! 人の怨念が、邪念が、そう簡単に貴様の光に惹かれてたまるか!!」


「そうですね。まだ、あなたの邪な目的を望む人もいる。ただ、その人は怖がっているだけなんです。この光に包まれたら、自分が自分じゃなくなる。だから怖いんです」


 そして僕は、天津甕星に纏う黒い邪念のオーラに向かって、もう一度手を伸ばします。そして、言い聞かせます。


「大丈夫です。あなたはあなたです。例えどんなに汚くても、誰もが『こいつは幸せになったらいけない奴だ』って言われていても、あなたが幸せを望めば、それで変わったとしても、あなたはあなたなんです。それがきっと……本当のあなたなんです」


「ぬぐっ……くぅ! 貴様ぁ、その語りを止めろぉ!!」


 う~ん、やっぱり駄目ですか。


 どれだけ言っても、全く心が清らかにならない人だっています。生まれの境遇、育った環境。それで荒んでしまった人達は、そう簡単には僕の言葉を聞かない。


 だからあとは、動くだけです。


「天神のみそぎ


 そして僕は、手を影絵の狐の形にして、そのまま天津甕星に向けると、そこから沢山の光を放ちます。

 浄化の風じゃない、これは浄化の光。避ける事も出来ないこの究極の力で、あなたは浄化して下さい。天津甕星。


「ぐぅぅぁあ!! 星神の邪光破じゃこうは!」


「くっ……!」


「はぁ、はぁ……甘い、甘いわ! 堕ちたとは言え、余は星神! 光など、この通りよ!」


 そんな……! 僕の光が当たったのに、逆に自らも黒い光を発して対抗してきました。

 しかも、その光に当たった僕の光が、黒い光に変わっていっている?!


 だけど、これくらいで押されたりはしません! 皆が見ている。皆、僕が勝つのを望んでいる。

 ただ勝つだけじゃない。ただこいつを否定するだけじゃない。過去の怨念、邪念も全て受け止めて、未来への糧にしないと、この戦いの意味はないです!


「皆、皆……過去の亡霊も怨念も、今生きている人達の邪念も全部、僕が受け止めて、明るい未来に修正してあげます! 今ここで、生きとし生ける者を選定するのは早すぎです!」


「黙れぇ!! 人類は奢りすぎたのだ! もう十分、選定されるに相応しいだろう! 消え失せろ。無駄に足掻く、希望とやらよ!」


 だけどここに来て、天津甕星は更に力を増していきます。それに次々と、相手の元に邪念が集まっている。


 まさか……今この映像を見ている人の中で、僕に負けて欲しいと、そう思っている人がいる?!


 そんな……! まだそんな人達がいるなんて……それなら、その人達をなんとかしないと、僕はこいつに勝てない。いったいどうしたら……。

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